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2017.06.06

アレックス・カー『犬と鬼』読書ノート(3)

日本のバブル崩壊はいつのことなのか?

象徴的な出来事は,1989年12月29日の大納会で日経平均株価が史上最高値38957円44銭を記録したことである。この後,年明け以降下落が始まり,二度とこの値を超えることはなかった。

バブル崩壊の引き金として知られているのは,日銀による1990年3月20日の公定歩合の引き上げ(5.25%。引き上げ幅は1.00%)と,同月27日に大蔵省から通達された「総量規制」すなわち「土地関連融資の抑制について」である。

これらを踏まえると,バブル崩壊は1990年初頭と言って良いだろう。

ちなみに,このあたりの動きをまとめたのが,昨年3月に本ブログで紹介した,軽部謙介『検証 バブル失政――エリートたちはなぜ誤ったのか』である(参照)。

検証 バブル失政――エリートたちはなぜ誤ったのか検証 バブル失政――エリートたちはなぜ誤ったのか
軽部 謙介

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さて,アレックス・カー『犬と鬼』では「第4章 バブル―よき日々の追憶」でバブル期とその後を描いている。

先に触れた『検証 バブル失政』では,バブル発生の一因を,日米の政治家や大蔵省の凄まじい圧力のもと,日銀が金融緩和に踏み切らざるを得なくなったことに帰している。

これに対して,本書では,バブル発生の根本的な原因を,大蔵省が作り上げた,簿価会計を中心とする巧妙な「仕掛け箱」=「資金供給システム」にあるとしている。

「資金供給システム」と命名したのはカレル・ヴァン・ウォルフレンだが,アレックス・カーはこの仕掛けを次のように説明している:

「企業にとっては,資金を借りれるだけ借り,買えるだけ固定資産を買い,それを絶対に売らないのが最も得策だった。土地などの資産を担保に資金を借り,その資金を株式市場に再投資する。市場は値上がりし,企業はそれによって『含み益』を手に入れ,それを担保にまた借金をし,それでまた土地を買う。これを延々くりかえしていたわけだ」(98頁)

「含み益」は簿価会計ならではの概念で,株式や不動産の購入時価格と時価との差である。株式や不動産の価格が上昇する間は「含み益」は拡大し,企業の資産は勝手に巨大化する。それを担保にすれば,多額の借金ができる。

高い経済成長が続く間はこの「資金供給システム」は順調に稼働したが,低成長になるやこのシステムはいつ崩壊してもおかしくない状態に陥った。そして,1990年代初頭,公定歩合引き上げと総量規制という一撃(二撃?)がシステムに加わって,本当に崩壊が始まる。

いわば,『検証 バブル失政』はバブル加速とバブル崩壊の近因に焦点を当てており,これに対して『犬と鬼』の第4章はバブル経済を生み出したそもそもの根本原因=遠因に焦点を当てていると言えるだろう。


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『犬と鬼』の第4章は,バブル前後のみならず,バブル後の10年間もカバーして論じている。その論調は,バブル崩壊後も日本市場は異常なままだったというものだ:

「――ところが,日本ではそうではなかった。収益にかかわらず株はつねに上がり続けるというのが常識になっていた。その結果,株価収益率は,ほかの国では夢にも見られないレベルに達した。たいていの国では株価収益率はせいぜい15から25である。1999年7月にアメリカ株式市場が最も膨張したときでも,株価収益率はおよそ30だった。 <中略> 対照的に,日本の平均株価収益率はグラフを突き抜けて伸び続け,1989年には70,96年4月には300を超えた。10年間足踏みしていたにもかかわらず,1999年夏の株価収益率は106.5,アメリカの3倍以上という高みにあった」(94~95頁)

ここで,株価収益率についてだが,株屋の間ではPER(Price Earnings Ratio)と略される。PER=時価総額÷純利益,もしくは株価÷一株当たり利益,で定義される。

ある会社のPERが低いということは,その会社が稼ぐ利益に対して株価が割安である,と解釈される(低PER=割安)が,急成長企業などの場合は,現時点での利益に対して株価が高く,PERがとんでもなく高い数字になることがある(高PER=将来期待)。状況をよく考えながら解釈しないといけない指標である。

上で引用した文章では,日本株のPERが異常に高かったことが述べられているが,それは日本企業が生み出す利益をはるかに超えて株価が異常な高さを示していた,もしくは利益と株価が大きく乖離していた,ということを意味している。

本当にそんなに異常だったのか,そして現状ではどうなっているのか,ちょっと確認してみよう。

日本取引所グループが公開しているPERの長期データ(参照)を見てみると,このような結果となる:

Per

これは1999年1月から2017年5月までの東証一部上場企業の平均PER(連結)を示したものである。グラフが途絶えることがたびたびあるが,これはインターネット・バブル(もしくはITバブル,ドット・コム・バブル)やリーマンショックなどによって,企業が利益を生み出せなくなった時期があるためである。

1999年6月には151.8まで上昇している。その後下がったとはいえ,2004年上半期でも100程度ある。ちょっと異常な状態が続いていたと言えるだろう。

しかし,2004年後半からは大きく低下し,近年はだいたい20前後を推移している。まあ,世界標準というか正常になってきたと言えるのではないだろうか。

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