中村安希『N女の研究』を読む
先々週読み終えたのだが,読書メモをまとめていなかった。
時間が若干できたので,少し書いてみる。
著者は小生よりも9歳年下のノンフィクション作家。2009年に『インパラの朝』で開高健ノンフィクション賞を受賞している。
最近はこのように小生よりも若い人々の活躍をよく見聞きする,とまあどうでもよい感想を述べたうえで,さて,本書の内容に入ろう。
近年,大企業・外資系企業勤務がお似合いのハイスペックな女性たちがNPO業界で働くことを選択し始めている。それはなぜだろう?という興味から本書の取材活動が始まっている。
本書はN女の具体例を列挙するのにとどまらず,その存在理由についても検討している。その結果,N女を通して,現代社会が抱える問題を明らかにするに至っている。
財政の逼迫によって行政サービスが縮小し,市場原理の下,コストパフォーマンスが低い民間サービスが淘汰されていく中,日本社会には官民どちらからもサービスを受けられない領域が広がっている。ここをケアするのがソーシャルセクターと呼ばれる,社会貢献を目的とした営利・非営利の企業・団体等のまとまりである。そして,NPO(特定非営利活動法人)はこのソーシャルセクターにおけるキープレーヤーの一つである。
NPOというと,行政機関や財団法人などからの補助金や寄付を受けて,無償の活動を行っているボランティア団体のようなイメージがあるが,そういう団体ばかりではない。
実は小生は某NPOの監事をやっているのだが,このNPOは補助金頼みにならない「稼ぐNPO」を目指しており,実際,一定の収益を上げながら活動を行っている。
最近では小生のNPOと同様に,独自の資金調達の仕組みを持ち,収益を活動費・人件費に充当しながら活動しているNPOが登場している。利益の最大化を目指さないという点を除けば,民間企業とほぼ変わらない。本書に登場するのはそういったNPO法人たちである。「クロスフィールズ」しかり,「ティーチ・フォー・ジャパン」しかり,「ビッグイシュー日本」しかり,「ノーベル」しかり。
収益を上げながら活動する,ということは,NPOに勤める人々にも民間企業に勤めるのと同様の知識やスキルが要求される。例えば,ビジネスマナー,企画力,プロジェクト管理能力,コミュニケーション能力,交渉力,……。社会的正義や弱者への共感だけでは駄目。高度なビジネスの知識・スキル・能力を持っていなければN女は務まらないわけである。
では,N女が大企業や外資系企業ではなく,ソーシャルセクターに居るのはなぜか? 実はN女には企業経験者が多い。大企業や外資系企業を選ばなかったわけではない。様々なライフイベントを経験するうちに身近な社会問題に触れ,その社会問題の解決手段としてたまたまNPO業界に入ったというだけである。
社会問題としてはどんなものがあるのか?
例えば,難民,貧困,地域格差,保育,若者無業者,……。かつては,血縁・地縁・社縁といった人と人との「縁」がセーフティネットとして機能し,こういった問題が深刻化するのを防いでいた。そうした「縁」が解体されて,人々の孤立化が進行し,これらの問題が深刻化しているのが現代の日本である。かつての「縁」に代わって社会問題を解決しようとするのが,ソーシャルセクターであり,NPO法人であり,N女たちである。
「N女が大企業や外資系企業ではなく,ソーシャルセクターに居るのはなぜか?」という疑問に対する答えはもう一つある。
N女たちは,企業内の出世競争や硬直化した組織構造から離れ,比較的フラットな組織の中で,自分の裁量・自分のペースで問題解決に取り組みたい人々なのである。とくに出産というライフイベントが職業選択や社会問題に対する意識に与える影響は大きい。あとは育児や家事。男女共同参画がちゃんと実現していれば,女性にばかり育児や家事が押し付けられることもないのだが,現実はまだまだ男女共同参画と言えるまでには至っていない。
そういう現状の中で,ビジネス能力のある女性たちが選ぶ職域として,ソーシャルセクターが浮かび上がってくるわけである。「N男」ではなく「N女」に注目することで,こうした社会的性差(ジェンダー)の問題も明確になって来る。
繰り返しになるが,本書は単にN女を描写するだけでなく,N女への取材を通して現代社会が抱える問題を明らかにした。それのみならず,問題解決の糸口,あるいは希望の芽を見出した,というところに本書の意義がある。
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