井出穣治『フィリピン -急成長する若き「大国」』
フィリピンはASEAN諸国の中で最も日本に近く,また人口1億人を超える大国として存在感を強めつつある。
井出穣治『フィリピン -急成長する若き「大国」』(中公新書)は,「アジアの病人」扱いだったフィリピンが,今や「アジアの希望の星」に変貌しつつあることを教えてくれる。
フィリピンとこれからどのような関係を築いて行くのか,それが日本の将来を左右することになりそうだ。
本書の中核となるのは,フィリピン経済の可能性についての議論であり,第1章から第5章までが費やされている。
日本,NIES諸国,タイ,インドネシア,マレーシアといった国々は製造業が主導する形で経済発展を遂げてきた。
しかし,本書が紹介するように,フィリピンは製造業の発展を経ずに,いきなりサービス業が主導するという全く異なる発展ルートをたどっている。
ちょうど世界規模でグローバル化やICT化が進展するタイミングだったこともあり,BPO(バック・オフィス・アウトソーシング)を軸としてフィリピンのサービス業は急成長した。
BPOとは,コールセンター,ソフトウェア開発,文書処理といった企業の業務プロセスの一部を外部委託することである。
本書ではフィリピンにおけるBPO発展の一例として,米国などのコールセンター業務の委託先として,訛りのきついインドよりも,癖のない英語を話すフィリピンが好まれることが紹介されている。
このように,サービス業が牽引する形でフィリピン経済は急成長しているわけだが,問題が無いわけではない。
貧富の差,汚職の蔓延,犯罪の多さなど,解決しなければならない社会・経済の問題が山積している。これらに加え,遅々として進まない農地改革,脆弱なインフラ,未発達の製造業といった問題も挙げられる。これらの問題はフィリピンの経済成長にとってのボトルネックとなっている。
これらの問題のうち,犯罪の多さに対するフィリピン国民の危機感が生んだのが,ドゥテルテ大統領である。
マスメディアではドゥテルテ大統領の暴言や強権的手法ばかりが取り上げられる。しかし,ドゥテルテの経済政策はアキノ前政権のそれを継承しており,税制改革とインフラ投資が進めば,フィリピン経済は飛躍を遂げる可能性がある。
日本は輸出入合わせた総額ではフィリピンにとって最大の貿易相手国であるが,そのことを認識している人は多くない。
また,かつての太平洋戦争においてフィリピンは戦場となり,日米の兵士だけでなく,多くのフィリピン人が犠牲となったことは忘れられがちである。
このように現在から過去にいたる,日本人が忘れがちな,日比関係について論じているのが,本書の最終章「地政学で見るフィリピン,そして日本」である。
太平洋戦争で莫大な犠牲が払われたにもかかわらず,なぜ,戦後,日本とフィリピンがうまく和解できたのか,それを知るためにも最終章は必読。
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