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2017.04.19

直虎面白いよ,直虎

おんな城主直虎」をずっと見ている。

3月26日放映の第12回「おんな城主直虎」の回はカトマンズ出張中で見られなかったが,それ以外は一応全部見た。

視聴率が低いという話で心配だったのだが,ハッシュタグ「#おんな城主直虎」を覗いてみると,えらく盛り上がっているので,なんか安心した。

こんなにも詳細に国人領主の悲哀を描いたドラマはなかったと思う。

いや,あったか。「毛利元就」とか。真田氏も国人領主だったが,あれは異常。

いずれにせよ,国人領主は大名と領民の板挟みになって大変。小生の先祖は遠州の百姓だもんで,直虎様のご苦労は,ハアわかるだよ。

4月16日放映の第15回「おんな城主 対 おんな大名」は神回。

中野直之のツンデレ&無双,小野但馬守政次の報われぬ思い,龍潭寺警備保障の安定のクオリティ,寿桂尼の威厳,そして,直虎の男装の麗人っぷり。

これまでちょっとダラダラした感じだった「直虎」が一気に引き締まった。


◆   ◆   ◆


ところで,この後見人争い&徳政令騒動はいつ頃の話なんだろう?

以前紹介した,小和田哲男『井伊直虎 戦国井伊一族と東国動乱史』を紐解いてみる。

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同書152頁から153頁によれば,次郎法師が井伊氏の家督としてふるまい始めたことがはっきりわかるのは,永禄8(1565)年9月15日付けの「龍潭寺寄進状之事」という資料からだという。

ということは虎松(後の直政)の後見人として認められたのは永禄8年より前ということになる。

徳政令騒動の方はというと,同書164頁から167頁に,永禄9(1566)年に今川氏真が井伊谷祝田(いいのや・ほうだ)に徳政令を出したこと,そして,次郎法師と銭主・瀬戸方久が結託して徳政令を凍結したらしいこと(「瀬戸文書」)が,述べられている。

ちなみにこの「瀬戸文書」からわかるように,ムロツヨシ演ずる瀬戸方久は実在の人物である。

ということで,後見人争い&徳政令騒動は永禄8(1565)年~9(1566)年頃の話である。

次郎法師(直虎)は天文5(1536)年ごろの生まれだと推定されており,これをもとに計算すると,次郎法師30歳の折の出来事,ということになる。

ちなみに,小和田哲男『井伊直虎 戦国井伊一族と東国動乱史』167頁を読むと,次郎法師と方久は徳政令を一時凍結したものの,永禄11(1568)年10月には,今川氏の圧力によって井伊谷に徳政が実施されたとのことである。

このあたりのことはドラマでは描かれるのだろうか? まあ,永禄11年12月には武田氏が今川領に侵攻するので,それどころではなくなるわけだが。

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