『白川静入門: 真・狂・遊』を読む
海外出張中は,業務と全く関係のない本を読むことが好きである。以前,カンボジア出張した時には吉田類『酒場詩人の流儀』を読んだことがある(参照)。今回のネパール出張では
小山鉄郎『白川静入門: 真・狂・遊』(平凡社新書)
を読んだ。
白川静は言うまでもなく漢字学の大家。そして,本書の著者,小山鉄郎氏は共同通信の文学担当記者にして,白川静最晩年の弟子とも言える人物である。
小山鉄郎氏はこれまでも『白川静さんに学ぶ 漢字は楽しい』,『白川静さんに学ぶ 漢字は怖い』といった書籍を通して白川静の漢字学を一般の人々に紹介してきた。
学術的な業績を一般の人に伝えるためには,トランスレータ―というか,サイエンスコミュニケーターが必要である。池上彰の言を借りれば「和文和訳」ができる人が必要。そういう意味で,記者である著者が,白川静の漢字学の要点や,白川静の評伝を書くということは極めて意義深いことだと思う。
というような,意義とか意味とか硬い話はさておき,本書は白川静の漢字学のポイントや文学に与えた影響や,白川静の人柄を伝えていてとても面白い。折口信夫や柳田國男についてもこういう本があったら良いのに,と思った。本書に匹敵する面白い評伝は以前紹介した山本紀夫『梅棹忠夫―「知の探検家」の思想と生涯』(中公新書)ぐらいか(参照)。
本書の読みどころについては,本書を手に取って読んだ方が早いわけだが,それでも小生がピックアップしたところを紹介すると次のようになる:
本書第1章「白川静と文学者たち」では,宮城谷昌光ほか,白川静の著書に影響を受けた文学者たちのことが紹介されている。特筆すべきは,村上春樹の作品群『アフターダーク』や『1Q84』の登場人物たちの謎めいた言動が,白川静の漢字学を踏まえると,一気に氷解するということである。
第2章「白川静『字統』と諸橋轍次『広漢和辞典』」では,少しばかりスキャンダラスな話が取り上げられている。諸橋轍次の偉業ともいえる『大漢和辞典』のコンパクト版として目されている『広漢和辞典』が実は『大漢和辞典』の解説を踏まえず,しれーっと白川静の学説に基づいて漢字を開設しているという話である。
実を言うと,諸橋轍次が『大漢和辞典』を完成させるまでの苦労話が収録されている『『大漢和辞典』を読む』という本を30年近く前に読んで,諸橋轍次に感銘していた小生としては複雑な気分である。
白川静は本当に敵が多く,他の学閥からは無視されたり攻撃されたり大変である。
だが,本書『白川静入門』を読む限り,漢字を行き当たりばったりで解説するのではなく,甲骨文字や金文の研究成果をもとに,体系的に説明することができる白川学説は,他の学説よりも優れているように感じる(もちろん,白川学説に難がある点は承知しております)。
第4章「人間・白川静」は白川静の人柄がよくわかるエピソードがいくつも紹介されている。白川静が,仮名にすれば一字違いの荒川静香のファンで,トリノ五輪の際には大いにはしゃぎ,散歩の途中でイナバウアーまで真似しようとした,というエピソードは非常に面白い。
畏まらずに読んで,白川静の偉大さがわかる,非常に良い入門書である。
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