« 2017年2月 | トップページ | 2017年4月 »

2017.03.31

パタンのダルバール広場

カトマンズ周辺にはダルバール広場がいくつもある。

ダルバールとは王宮のことらしい。なぜ,いくつも王宮前広場があるのかというと,王宮がいくつもあったからである。

かつてカトマンズ盆地にはマッラ王朝が栄えていた。

そのマッラ王朝が15世紀末から17世紀前半にかけて,バクタプル,カトマンズ,パタンの3つの王朝に分裂し,互いに争うようになった。カトマンズ盆地の狭い範囲にそれぞれの王宮が存在していたので,それに応じてダルバール広場も複数存在しているわけである。

さて,カトマンズ中心部から南に移動し川を越えると,パタン地区に至る。今述べた,マッラ王朝の後継王朝があったところで,旧市街とも呼ばれている。

この中心部のダルバール広場に行った時の写真を載せておく。

広場に入るためには外国人は1000ルピー(だいたい1100円)を払わなくてはならない。

Sdsc_0673

2015年4月25日の昼前にネパールを襲った大地震(M7.8)のため,ダルバール広場にあった寺院等,歴史的建築物のいくつかは倒壊した。

そのため,今もなお復旧工事が続いている。

Dsc_0675

Sdsc_0677
↑これが,ビムセン寺院 (Bimsen Temple)と呼ばれる寺院である。創建された時期は不明だが,1682年に再建されたという。

Sdsc_0679

Sdsc_0694
↑これが,旧王宮を正面から撮ったもの

Sdsc_0695
↑旧王宮の北翼

Sdsc_0696
↑旧王宮の南翼

Sdsc_0700
↑旧王宮の中庭

旧王宮は今ではPatan Museumとなっていて,仏教,ヒンドゥー教の美術品が展示されている。

Sdsc_0701

Sdsc_0702

展示の仕方は結構洗練されているので,一見の価値がある。

Sdsc_0707
↑先日紹介したターラー菩薩

Sdsc_0712
↑人体解剖図

Sdsc_0724
↑美術館の3階からビムセン寺院を望む。

仕事の合間に見物したので1時間程度しか滞在できなかったが,良いものを見た。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017.03.30

『白川静入門: 真・狂・遊』を読む

海外出張中は,業務と全く関係のない本を読むことが好きである。以前,カンボジア出張した時には吉田類『酒場詩人の流儀』を読んだことがある(参照)。今回のネパール出張では

小山鉄郎『白川静入門: 真・狂・遊』(平凡社新書)

を読んだ。

白川静は言うまでもなく漢字学の大家。そして,本書の著者,小山鉄郎氏は共同通信の文学担当記者にして,白川静最晩年の弟子とも言える人物である。

小山鉄郎氏はこれまでも『白川静さんに学ぶ 漢字は楽しい』,『白川静さんに学ぶ 漢字は怖い』といった書籍を通して白川静の漢字学を一般の人々に紹介してきた。

学術的な業績を一般の人に伝えるためには,トランスレータ―というか,サイエンスコミュニケーターが必要である。池上彰の言を借りれば「和文和訳」ができる人が必要。そういう意味で,記者である著者が,白川静の漢字学の要点や,白川静の評伝を書くということは極めて意義深いことだと思う。

というような,意義とか意味とか硬い話はさておき,本書は白川静の漢字学のポイントや文学に与えた影響や,白川静の人柄を伝えていてとても面白い。折口信夫や柳田國男についてもこういう本があったら良いのに,と思った。本書に匹敵する面白い評伝は以前紹介した山本紀夫『梅棹忠夫―「知の探検家」の思想と生涯』(中公新書)ぐらいか(参照)。

本書の読みどころについては,本書を手に取って読んだ方が早いわけだが,それでも小生がピックアップしたところを紹介すると次のようになる:

本書第1章「白川静と文学者たち」では,宮城谷昌光ほか,白川静の著書に影響を受けた文学者たちのことが紹介されている。特筆すべきは,村上春樹の作品群『アフターダーク』や『1Q84』の登場人物たちの謎めいた言動が,白川静の漢字学を踏まえると,一気に氷解するということである。

第2章「白川静『字統』と諸橋轍次『広漢和辞典』」では,少しばかりスキャンダラスな話が取り上げられている。諸橋轍次の偉業ともいえる『大漢和辞典』のコンパクト版として目されている『広漢和辞典』が実は『大漢和辞典』の解説を踏まえず,しれーっと白川静の学説に基づいて漢字を開設しているという話である。

実を言うと,諸橋轍次が『大漢和辞典』を完成させるまでの苦労話が収録されている『『大漢和辞典』を読む』という本を30年近く前に読んで,諸橋轍次に感銘していた小生としては複雑な気分である。

白川静は本当に敵が多く,他の学閥からは無視されたり攻撃されたり大変である。

だが,本書『白川静入門』を読む限り,漢字を行き当たりばったりで解説するのではなく,甲骨文字や金文の研究成果をもとに,体系的に説明することができる白川学説は,他の学説よりも優れているように感じる(もちろん,白川学説に難がある点は承知しております)。

第4章「人間・白川静」は白川静の人柄がよくわかるエピソードがいくつも紹介されている。白川静が,仮名にすれば一字違いの荒川静香のファンで,トリノ五輪の際には大いにはしゃぎ,散歩の途中でイナバウアーまで真似しようとした,というエピソードは非常に面白い。

畏まらずに読んで,白川静の偉大さがわかる,非常に良い入門書である。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017.03.29

ヒマラヤ見えた

ネパール滞在も終わり帰路に就いたわけである。

カトマンズからバンコクに向かう機上からヒマラヤが見えた。

Sdsc_0770

目で見ると絶景なのだが,写真だとどうしても小さくなってしまうのが残念。

Sdsc_0768

チベット,ネパール,ブータンの人々にとって,海抜5000メートル以上は神々の住む清浄な世界なのだそうだ。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2017.03.28

ターラー菩薩あれこれ

以前,「仏画を飾る」という記事で,家に「ターラー(多羅菩薩)」の仏画を飾った話を書いた(2014年12月22日)。

今回,チベット仏教徒が多いネパールに来たということで,改めてターラーの絵を買ってみた:

Sdsc_0670

これは白ターラー。極彩色で美しい。

店主から3500ルピーだと言われたが,3000ルピーにしてもらった。実際は吹っ掛けられているかもしれないが,まあいい。

旧市街パタンのパタン・ミュージアムを訪ねてみたところ,ここにはターラーの像が飾られていた。

Sdsc_0707

観音菩薩が全ての衆生を救いきれないことを悲しんで流した涙からターラーは生まれたという。

チベット仏教の諸派の中にはターラーを本尊に数える派もあり,とてもありがたい尊格である。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017.03.27

ネパールでジェイ・B・バーニーの話を聞いてきた

今,ネパールにいるわけである。とある学会に参加した。

そうしたら,かの高名なる経営学者,ジェイ・B・バーニー(Jay B. Barney)が来ていてなかなか面白い講演をした。

Sdsc_0659

写真の解像度が低くて申し訳ない (^-^;

Sdsc_0662

バーニーは

"How to Publish Articles in Top Tier Management Journals"

というタイトルで話をした。どうやったらトップジャーナルに載るような論文が書けるか?という話だが,まず,バーニーが言ったことは

"I don't know"

ということである。とはいえ,こういうことを心掛けなさいという4項目を話してくれた。

A few rules of thumb, but not algorithm:

  • Study what interests you
  • Rejection is common; and part of the publishing process
  • Good writing is essential
  • Persistence is required

当り前じゃないかと思うが,バーニーですら1年かけて5回もリジェクトされたという経験があるということを聞くと,非常に含蓄のあるお言葉に思えてくる。

最後にバーニーは言った:

"Even today, the hardest thing I do is to face a black computer screen; it is also among the most rewarding things I do."

ということで若き研究者たちは,リジェクトに挫折せずどんどん執筆してください。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017.03.26

ネパールに来ております

今,ネパールのカトマンズ(カトマンドゥ)に来ている。

119pxflag_of_nepal

この国は,日本との時差が3時間15分という中途半端なものだったり,土曜日のみが休日で,日曜日は働く日だったり,と不思議なことが多い。

それはそれとして,この日曜日,仕事先から帰る途中に寄ったのが,ネパール最古と言われるスワヤンブナート寺院である。

カトマンズの西の郊外の丘の上に立つ寺院である。

Sdsc_0645

塔の周りをマニ車が取り巻いている。

Sdsc_0641

このマニ車を回しながら,塔を右回りに回って,お参りしてきた。

『ラサへの歩き方』という映画を昨年見たことを踏まえ,「オンマニペニフム」と唱えながら。

Sdsc_0643

修学旅行生だろうか?ネパールの中高生らしき学生たちが境内に大勢いた。

Sdsc_0647

犬もいた。

Sdsc_0650

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017.03.25

古事記ファン必見,ディズニーアニメ『モアナと伝説の海』

タイへ向かう飛行機の中でディズニーアニメ『モアナと伝説の海』を見たのだが,これは良い!!

古事記,というか日本の神話ファンは必見である。

最近はあまり神話関係の記事を書いていないのだが,以前,ポリネシアの神話と日本神話の類似性についての記事を書いたことがある(「ポリネシアの神話」2012年7月13日)

『モアナと伝説の海』はポリネシアの神話を題材とする作品だが,小生などはどうしても日本神話との類似性を見出してしまう。

『モアナと伝説の海』はこんな感じの話である:

とある島に生まれ育った族長の娘・モアナは冒険心に富んだ少女だった。しかし,島の掟により,島民たちは環礁よりも外に出られなかった。ある時,モアナは祖母の教えによって自分たちが大海原を航海する民族であることを再発見し,生まれ故郷の島を飛び出した。そして,半神マウイとともに冒険に出,闇を封じ込め,世界に再び平穏をもたらした。モアナは帰郷後,島民たちとともに,再び大航海に乗り出す。

この映画に出てくる半神(demigod)・マウイは,人類に火をもたらしたという点でプロメテウスのようでもあるが,むしろ日本神話におけるスサノオ(スサノヲ)に近いと思った。なにしろ,風と海を司る半神。スサノオも海洋を支配する神であるとともに,暴風神であるとも言われている。マウイとスサノオ。暴力的な側面とともに,人々に恵をもたらすという側面を持っている点がよく似ている。どちらも「まれびと」やんか。

ポリネシアの神話では釣り針が重要なアイテムとなっている。この映画でも,釣り針は重要で,マウイは巨大な釣り針を武器として用いたり,変身の道具として用いたりしている。日本神話の中にも釣り針が重要なアイテムとなっている説話があることはご存じだろう。いわゆる「海幸山幸」神話である。

モアナとマウイに立ちはだかる敵がいる。テ・カアという溶岩の化け物である。噴火による造山活動を神格化したものだろう。ハワイ神話におけるペレや日本神話における三島神(参照:「林田憲明『火山島の神話』を読む」2014年10月21日)を思い起こさせる。

というように,『モアナと伝説の海』はポリネシア神話と日本神話に共通するモチーフが重層的に散りばめられていて,非常に興味深い。

ついでながら,この映画の中盤と最後には,壮大なサウンドとともに大海原を大船団で旅する人々の姿が描かれるのだが,これが,太古,太平洋中に広がっていった人々,一部は日本にもやってきただろうポリネシア系の人々(星野之宣「火の民族」仮説ですな)のことを思い起こさせ,感動的ですらある。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017.03.24

明日からネパールへ

明日からネパールのカトマンドゥに行くわけである。

現在はトランジットのため,タイのスワナプーム空港近くに泊まっている。

119pxflag_of_nepal

タイ周辺国は慣れてきたが,ネパールは未知の国。

さて,どうでしょう?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017.03.21

Rでサンキ―・ダイアグラム的なものを書く

エネルギーの流れを理解するためには,サンキー・ダイアグラム(Sankey diagram)という図表を用いると良い。サンキー・ダイアグラムというのはフロー図の一種で,工程間のエネルギー・物資・資金等の流量を表現するのに用いられる。

小生が関わっている分野で言うと,環境工学やエネルギー関連の研究で良く用いられる。

サンキー・ダイアグラムはわかりやすい図表だが,作るのは大変である。

何か良い手はないかと思ったら,Rにちょうどいいパッケージがあった。

"riverplot"

というパッケージがそれである。実は"sankey"というそのものズバリのパッケージもあるのだが,riverplotの方が,説明がわかりやすく,出力される図もきれいだったので,こちらを使ってみる。


◆   ◆   ◆


準備

まず,何としてもパッケージriverplotを入手する。

CRANにあるはずなので,探してみること。


◆   ◆   ◆


riverplotの練習 (1)

A, B, Cという3つのノードがあり,AからCに5,BからCに10が流れるとする。

これをriverplotでフロー図(サンキー・ダイアグラム)にしてみよう。

まず,なにも考えずに,以下のコマンドを打ち込んでいく。

最後に"Enter"キーを押して,次のような図が出てきたらOK。

Riverplot01_2


◆   ◆   ◆


nodesの説明

さて,コマンドの解説を始める。

どんなフロー図を書くのか,という定義はmakeRiver()という関数を用いて行う。

makeRiver()には最低限,nodesとedgesという2つの変数が必要である。

nodesというのはノード,つまり結束点を定義したデータフレームである。

今回はA, B, Cという3つのノードがある。それぞれのID(識別コード),横軸(x)座標,色(col),名前(labels)を次のように決めよう:

  • ノードA:IDを"A",横軸(x)座標を1とする。色(col)を黄色とし,名前(labels)を"Node A"とする。
  • ノードB:IDを"B",横軸(x)座標を1とする。色(col)をデフォルトの灰色とし,名前(labels)を"Node B"とする。
  • ノードC:IDを"C",横軸(x)座標を2とする。色(col)をデフォルトの灰色とし,名前(labels)を"Node C"とする。

ノードごとにIDやx座標を定義するのではなく,ID,x座標といった属性ごとに定義を行うことにする。

すると,

ID = c("A", "B", "C")
x= c( 1, 1, 2 )
col= c( "yellow", NA, NA )
labels= c( "Node A", "Node B", "Node C" )

となる。色(col)に関しては,NAと書いておけば,デフォルトの灰色が指定される。

これら4つの属性をnodesに収納するため,data.frame関数を使用する:

nodes <- data.frame( ID = c("A", "B", "C"),
x= c( 1, 1, 2 ),
col= c( "yellow", NA, NA ),
labels= c( "Node A", "Node B", "Node C" ),
stringsAsFactors= FALSE )

最後に

stringsAsFactors= FALSE

というのがあるが,今回はこれを「まじない」とでも言っておく。

これで,ノードに関する定義が終わった。


edgesの説明

つぎに,edgesという変数の説明。

edgesというのはノード間の流れを定義したデータフレームである。

今回の例では,AからCに5,BからCに10の何か(水かもしれないし,金かもしれない)が流れるという設定である。

edgesというデータフレームでは,流れの出発点をN1と呼び,流れの終着点をN2と呼ぶ。N1からN2への流量をValueと呼ぶ。

すると,

  • AからCに流量5の流れがあることを:N1 = "A", N2 = "C", Value = 5
  • BからCに流量10の流れがあることを:N1 = "B", N2 = "C", Value = 10

と表すことになる。

流れごとにN1, N2, Valueを定義するのではなく,N1, N2, Valueといった属性ごとに定義を行うことにする。

すると,

N1 = c("A", "B")
N2 = c("C", "C")
Value = c(5, 10)

となる。これら3つの属性をedgesに収納するため,data.frame関数を使用する:

edges <- data.frame( N1 = c("A", "B"),
N2 = c("C", "C"),
Value = c(5, 10))

これで,ノード間の流れを定義できた。

nodesとedgesの定義が終わったので,makeRiver()関数を使って,全体の流れの情報をrという変数に代入する:

r <- makeRiver( nodes, edges )

これで,あとは

plot( r )

と打ち込めば,フロー図が出力される。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017.03.20

また,宇部市万倉の古民家レストラン「倉」でランチを食べてきたわけで

昨年の8月下旬にも行った(参照)し,11月下旬にも行った(参照)が,また万倉の古民家レストラン「倉(そう)」に行って,ツマとランチ。

Sdsc_0461
(↑これは昨年11月下旬に撮影したもの)

何かおいしいものを食べたいなーと思ったらここに来ることにしている。

いつもながら,盛り付けが美しい。

Sdsc_0593
↑これが前菜。奥が河豚の切り身,手前左がホタルイカ,手前右がトマトとカリフラワーのピクルス。ホタルイカの小皿の奥に桜の花が添えてあるのが乙なもの。

Sdsc_0595
↑ニンジンのスープ。塩分控えめだが,コクがある。

Sdsc_0596
↑地元野菜のサラダ。プロシュートが乗っている。野菜は,水菜,カツオ菜,カラシ菜,ワサビ菜といったもの。

Sdsc_0597
↑鯛のソテーというかポワレというか。

Sdsc_0599
↑メインディッシュ。宇部牛のステーキである。トマトのソースやトリュフ塩でいただく。紫芋をマッシュしたものや,茹でたロマネスコが添えてある。

Sdsc_0601
↑デザート3品。奥がカルピスのシャーベット。手前左がプリン,手前右が橙(ダイダイ)のパウンドケーキ。橙のパウンドケーキは苦甘くてとてもおいしい。

県産の新鮮な食材で作られたフレンチ料理がリーズナブルなお値段で味わえるのだから,田舎暮らしも捨てたもんじゃない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017.03.18

『タイタス・アローン』読了。しびれるほどカッコいいマズルハッチの言葉

『タイタス・アローン』を読み終えた。

これで,マーヴィン・ピークによる「ゴーメンガースト」3部作を読み終えたわけである。長い旅だった。

この『タイタス・アローン』は前2作と全く違った趣を持っている。

前作『ゴーメンガースト』で,スティアパイクとの一騎打ちに勝利した後,タイタスはゴーメンガースト城を後にする。

そして本作でタイタスがたどり着いたのは,あまりにも違う世界だった。

摩天楼がそびえ,巨大な工場の煙突からは煙がたなびく。自動車が行き交い,飛行艇が空を横切る。

街の人々は,あの重苦しい儀式と伝統に支配された巨大な城のことなど全く知らず,タイタスがその城主であることも当然知る由もない。

タイタスは戸惑う。その戸惑いは読者の戸惑いでもある。

『タイタス・グローン』
『ゴーメンガースト』,併せて千数百ページにも渡って展開された物語は全くの夢だったのか?

20世紀後半を思わせる大都市の中で,タイタスは狂人のような扱いを受ける。だが,そんな彼にも,マズルハッチやジュノーといった理解者があらわれる。

マズルハッチは舵のような鼻が特徴的な,体格の良い無頼の男である。

そのセリフがカッコいい。

落ち込むタイタスに対してマズルハッチはこう言った:

「生きるんだ。人生を食らい尽くせ。」

「旅をしろ。頭の中で旅をしろ。足でも旅をしろ。汚い服を着て監獄へ向かえ! 金色の車で栄光へ向かえ! 寂しさを満喫しろ。ここはたかが都に過ぎん。立ち止まる場所じゃない。」

「おまえが言ってた城はどうした・・・・・・あの薄暗い神話はよ? これっぽちの旅で引き返すのか? いいや,先へ行くんだ。ジュノーはおまえの旅の一部だ。おれだってそうだ。歩き続けろ。坊主」

『タイタス・アローン』,153頁

「生きるんだ。人生を食らい尽くせ」・・・・・・痺れますね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017.03.06

(続)35mmフィルムでアニメーションを―『マイマイ新子と千年の魔法』

YCAMで35mmフィルムでアニメーションを上映する企画があり,この日曜日に2本の映画を見てきたことは既に述べた。

2本見たうちの2本目は,これもいま乗りに乗っている片渕須直監督の2009年の作品,『マイマイ新子と千年の魔法』。

ちなみに「マイマイ」とはつむじのこと。

お気づきだろうと思うが,先の記事で取り上げた新海誠監督は『君の名は。』によって,片渕須直監督は『この世界の片隅に』によって,昨年の邦画界において耳目を集めたわけである(あと庵野監督の『シン・ゴジラ』)。(狙ったんだろうけど)おかげさまで,YCAMのシアターは久々の満員御礼状態。こうしたアニメーションの興隆に,巨匠宮崎も引退宣言を撤回するわけである。

この映画,高樹のぶ子の「マイマイ新子」が原作。原作者が生まれ育った昭和30年代の防府が舞台となっている。

想像力豊かで行動的な小学生・青木新子と転校生・島津貴伊子の友情を軸に少年少女の成長を描く。

楽しいことばかりではない,この話の中では,親しい人の別離や死も描かれる。いつの時代でも,小学生には小学生なりの喜びや悲しみや葛藤があり,日常は発見や驚異に満ち溢れているのである。

このアニメーション映画の特徴は,ロケ地取材がしっかりとしていて,防府市国衙付近の風景が美しく描かれていることである(参照:山口県フィルム・コミッション「マイマイ新子と千年の魔法」)。新子や貴伊子の想像の中で昭和30年代と1000年前の防府の風景が二重写しになるのが面白い。


『秒速5センチメートル』と『マイマイ新子と千年の魔法』とを立て続けに見たことを踏まえて,「アニメーションにしかできないこと」について考えているのだが,それは,機械的ないし物理的に風景をリアルに描き出すのではなく,心象風景をリアルに描き出すことができる,ということではなかろうかと仮説提示しておく。

今,心象風景といったが,廣松渉を引くまでもなく,人間というのは風景をそのまま見ているのではく,気持ちを付加して風景を見ているということを言いたい。鏡で見る自分と写真に写った自分とが違うというのはよく知られた現象である。

先ほど「風景が美しく描かれている」と書いたが,美しく感じられる物事(モノや動き,表情)を抽出し,美しい色調に調整して,心象風景にマッチした映像を提示するという作為があるわけである。そういう作為こそが,アニメーションにおけるリアルさの追求なのではなかろうか? そういうのは従来の映画でもやっているし,CGを利用した映画の場合にはさらに重視されているといえるわけだが,アニメーションにとっては,より本質的な部分ではないかと思う。そういう意味では色彩設計はアニメーションの命だろう。

この映画,マッドハウス制作ながら,色彩設計はジブリ風に見える。監督が『名探偵ホームズ』や『魔女の宅急便』で演出補を務めていたからだろうか? しかし,夜になって山越しに銀河が美しく輝いているのが見えるあたり,新海監督作品と共通の美意識を感じる。いまのアニメーションの風景描写の特徴と言えようか。

登場人物たちの山口弁(吉佐方言?)も味わいがあってええですいね。最後には貴伊子も山口弁に染まるし。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ごらん。この世界はこんなにも輝いている―35mmフィルムでアニメーションを―『秒速5センチメートル』

DCP上映が当たり前になってきたこのご時勢,YCAMでアナログ=35mmフィルムでアニメーションを上映する企画があり,この日曜日に見てきた。

併せて2本。1本目はいま乗りに乗っている新海誠監督の2007年の作品,『秒速5センチメートル』。

「桜花抄」,「コスモナウト」,「秒速5センチメートル」の3話で構成されたアニメーション。それぞれ主人公・遠野貴樹の小中学校,高校,社会人時代の心の動きを,美しい映像と印象的なセリフとともに描いている。

印象的なセリフ?

例えば,「桜花抄」冒頭,篠原明里が遠野貴樹に語るこれ:

「ねえ,秒速5センチなんだって。
桜の花の落ちるスピード。
秒速5センチメートル。」

これで物語全体の基調が決まった。

このセリフ,映画を見た人の半数は映画館を出た後で口にしているものと思われる。少なくとも小生はそう。でも,これが小学生のセリフだというのが驚き。アノマリカリスとかハルキゲニアとかカンブリア紀の生物談議に花咲かせたりして。末恐ろしや(と思ったら,高校,社会人と成長するにつれ凡庸になっていく)。


映像美は,新海監督作品の特徴なので,改めて言うまでもないだろう。夕暮れの雲越しに銀河系が透けて見えるとか,朝日に輝く高層ビル群とか。

小生もツマも両毛線沿線はわりと知ったところなので,貴樹が明里を訪ねて岩舟駅に向かうあたりはわりとワクワクして見た。あんなに雪降らないって。それにしても,あの寂れた両毛線沿線がこんなにも美しく抒情的に描かれるのは驚き。新海監督の手にかかると自転車の籠に捨てられた空き缶ですら,詩になってしまう。


最終話「秒速5センチメートル」が終わりに差し掛かる頃,もう戻れない過去のフラッシュバック映像に山崎まさよしの名曲"One more time, One more chance"が重なり,見る者のせつない気持ちは最高潮に達する。

ようやくわかった。これは映像詩だ。ああそうか,新海誠監督はアニメーションにしかできないことをやってのけたんだな。


――――――――――
【情報】

2017年3月17日(深夜3:25~4:30)にテレ朝で『秒速5センチメートル』を放映するとか。

テレビやBlu-rayもいいけど,劇場の大画面と音響システムで味わいたいものです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

井筒屋山口店でイタリアワイン爆買い

この日曜日,ツマとともに井筒屋山口店に行ったわけである。

イタリア展という物産展に惹かれて。

オリーブの実やオリーブオイル,総菜やフォカッチャや焼き栗を買い求めたわけだが,最大の買い物は赤ワイン6種セット5400円プラス白ワイン2052円。

Sdsc_0589

写真左から6本が赤ワインで,右の1本が白ワイン。

赤ワインはもうワンランク上の6本セット10800円もあったのだが,小生それほどワイン通ではないので,お財布に相談して5400円で6本の方を選んだ次第。

赤ワインの内訳だが,写真左から紹介すると,

味わうのはこれから。アル中にならぬよう,少しずつ消費したいと思う。

さて,白ワインの方は

Castello Svevo Biancoという。シチリア産。カタラット種,インツォリア種。

オーガニックワインとのこと。

買ってきた総菜と一緒に賞味したわけだが,フルーティ。飲んだ瞬間は結構甘く感じるが,その後はそれほど後を引かないので,食中酒としてちょうどいい。

Sdsc_0584

品質保証のシンボルはカワセミである。

Sdsc_0585

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017.03.01

ようやく『ゴーメンガースト』読了。ついに第3作『タイタス・アローン』へ

マーヴィン・ピークの「ゴーメンガースト」三部作。

これは,巨大な城館,ゴーメンガースト城に住むグローン伯爵一族と使用人,そして城外の住人たちが繰り広げる愛憎・陰謀劇である。

ファンタジーに分類される作品群だが,龍や魔法やスーパーナチュラルな現象なぞ登場しない。挿絵作家でもあるマーヴィン・ピークによる緻密な描写が続く,リアリティ重視の巨編である。

ファンタジーなのにリアルという矛盾。描写は細かすぎて滑稽さすら孕んでいる。

第1作『タイタス・グローン』は六百数十ページもの大著だったが,第2作『ゴーメンガースト』もまた同じぐらいの分量だった。

この第2作をひと月近く長々と読み続けてきたが,昨日ようやく読み終えた。

読むのに時間がかかった理由として,ピークによる詳細で長々として隠喩や暗喩のオンパレードの描写が読みづらかったこと,そして,『ゴーメンガースト』の半ば,第36章まで話がなかなか盛り上がらなかったということが挙げられる。

だが,それまで緻密な計算と話術の巧みさによって人々を操り,陰謀によってゴーメンガースト城で出世の道を歩んできたダークヒーロー・スティアパイクが,第37章に至り,前伯爵の双子の姉たちに殺害されかけたところから話の流れが大きく変化し,物語は盛り上がっていく。

スティアパイクは書庫長バーケンティンを焼殺し,前伯爵の双子の姉たちを餓死に至らしめ,若き伯爵タイタスの姉,フューシャを篭絡する。

しかし,スティアパイクの犯行が積み重なるにつれ,前伯爵の従者フレイ氏,プルーンスクワラー医師,伯爵妃(正確には前伯爵妃。タイタスの母),そしてタイタスらは陰謀に気づき始める。

そして,双子の遺体の発見とフレイ氏の殺害とをきっかけとして,ついにスティアパイク狩りが始まる。


◆   ◆   ◆


数々の儀式に彩られたゴーメンガースト城の重厚な伝統に反抗するという点では,スティアパイクとタイタスは同じ立場にいる。

だが,スティアパイクは城の複雑な儀礼を逆手にとって城の支配を目指していたのに対し,タイタスはひたすら城外の世界にあこがれ,ついに城を出て行ってしまうという点で両者の方向性は大きく異なる。

城の正統な継承者でありながら,城外の世界にあこがれているという時点で,タイタスは反逆者予備軍である。それが,城の重要な儀式である<七色の彫刻の日>を放り出し,タイタスの乳兄妹<やつ>を追いかけて城外の森に飛び出てしまったことによって,タイタスは真の反逆者になってしまった。

だが,反逆者同士でありながらタイタスとスティアパイクとが手を結ぶことはなかった。

もともと,タイタスはスティアパイクに生理的な嫌悪感を抱いていた。そして,スティアパイクが恐るべき殺人者であることをタイタスが知って,両者は完全に敵同士となった。さらに,フューシャがスティアパイクに殺されたものと信じ込んだことにより,タイタスにとってスティアパイクは殺さなければならない存在へと変わる。

『ゴーメンガースト』終わりの数章はタイタスとスティアパイクの直接対決が描かれている。大洪水に見舞われたゴーメンガースト城の一角で,両者が己の存在理由をかけて殺し合う,本作最大のクライマックスである。


◆   ◆   ◆


というわけで,本作は後半から盛り上がり,とくに最後150ページぐらいは出張中の飛行機の中で一気に読んでしまったほどである。

この余勢を駆って手を出すのが,タイタスが城を出た後の話,『タイタス・アローン』である。

さて,タイタスの旅にどんな結末が訪れるのか?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2017年2月 | トップページ | 2017年4月 »