義経の頓智
『書物の王国20 義経』(国書刊行会)という本がある。源義経に関する古今の説話や随筆を集めた本だ。
その中に「義経異聞」(須永朝彦訳)という近世の随筆・逸話を収めた一章がある。
その冒頭を飾るのが『塵塚物語』(作者不詳)の逸話「義経の頓智」である。義経の頭脳明晰なところを伝えようとする逸話だが,義経の業績とは関係無い話題で,一種不気味な感じがするのでここに概略を記しておこうと思う:
義経が人目を忍んで大和国吉野ノ県を通った時のこと。ある民家の前で10歳余りの男児が3,4歳の男児を背負っているのを見た。背負われた男児も背負った男児も,互いに「伯父,伯父」と呼び合っていた。義経はこれを見て「不義の奴らだなぁ」と笑いながら言った。
義経のお供の者たちはこの発言の意味を理解できなかったのだが,後に弁慶が謎を解いた。弁慶曰く:
――互いに伯父,伯父と呼び合うのはなぜだろうか? 例えば,ある夫婦に男女二人の子がいたとする。男子が母と通じ,女子が父と通じ,それぞれに男児が生まれたとする。こうなると生まれた男児たちは互いに伯父と呼び合うこととなる。会話からこれを見破った義経様はたいした知恵の持ち主である――。
思い出したのは『古事談』の逸話。崇徳天皇は鳥羽天皇と待賢門院璋子の子とされているが,実は鳥羽天皇の祖父・白河法皇と璋子が密通して生まれた子であり,鳥羽天皇は崇徳天皇を「叔父子」と呼んで忌み嫌っていたという。白河院の荒淫ぶりについては前にも少し書いた(参考)。
「義経の頓智」も「叔父子」も単なる逸話に過ぎないが,平安末期の乱倫な世情を反映しているのだろうか?
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