山口県立美術館の『ポンペイの壁画展』に行って来た
山口県立美術館の『ポンペイの壁画展』に行って来たわけである。
ポンペイについてはよく知られているので,わざわざ書く必要もないかもしれないが,一応メモ的なことを述べておくと,次の通り:
- 南イタリア,ナポリ近郊にあったローマ帝国の都市
- 住民2万人程度(最近の研究では12000人の市民と8000人の奴隷という話)の都市として栄えていた
- 西暦79年,ヴェスヴィオ火山の噴火により数度の火砕流に見舞われ滅亡
- 1748年に発掘が始まった。
- それ以降,先進的なインフラ設備,街区,装飾など,ローマの繁栄をうかがわせる遺物が次々と発掘され,近代人に衝撃を与えた。
今回の展覧会は,ナポリ国立考古学博物館とポンペイ監督局の保有するポンペイ壁画コレクションから50点を厳選し,ローマ帝国の人々の暮らしぶりを紹介するという試み。
ここで展示されている壁画は写真や複製ではなく,遺跡から剥がしたり切り出したりして持ってきた本物である。よくもまあ南イタリアから山口まで来たものである。
まず,12時ごろに入館して一通り見て回った。およそ2000年前の壁画が色鮮やかなまま眼前にあるというのが驚異的。
火山灰はポンペイを滅ぼすと同時に,この都市の美術を長期保存するタイムカプセルの役割を果たしたのである。
ワインの産地だったことから,ディオニュソス神やこの神の女性信奉者であるマイナス(Maenad)をモチーフとする壁画がよく見られた。
ポンペイ近くの別荘地,トッレ・デル・グレコはポンペイとともにヴェスヴィオ火山の噴火によって滅んだ地である。この地で発掘された別荘の居室の壁画が展示されているのだが,素晴らしい青色を基調とした装飾画だった。エジプト青という高価な絵の具が使用されている。
というように,一通り見て回ったのち,14時から記念イベント
「ヤマザキマリ×とり・みき『プリニウス』スペシャル・トーク」
が開催されたので,そちらに移動して聴講。
ヴェスヴィオ火山の噴火の際に死んだ,海軍提督にして博物学者の大プリニウス。そして作品の取材のために訪れたポンペイ周辺の遺跡について,とり・みき,ヤマザキマリ両氏が画像や動画を交えて,1時間半に渡って熱く語っていた。
人物および猫をヤマザキマリが,緻密な背景をとり・みきが担当していたとは知らなんだ。両氏は日本とイタリアとで画像データのやり取りをしながら執筆作業を進めているとのこと。
ラスト15分は質疑応答タイム。会場からは超マニアック(ローマ通じゃないとわからない話)な質問が頻出したものの,とり・みき,ヤマザキマリ両氏はバシバシ答えていた。大したものである。
トーク・イベントが終わったのち,再び入館。今度は『赤ん坊のテレフォスを発見するヘラクレス』などの大作をじっくりと見た。
『赤ん坊のテレフォスを発見するヘラクレス』はその完成度の高さもさりながら,高さ218cm×幅182cm×厚さ35cm,重量500kgというサイズ・重量の面でも大作だった。エルコラーノというポンペイとともに滅びた(というか先に火砕流に見舞われて滅びた)別荘地から出土したものである。日本初上陸とのこと。
こうした2000年近くも前の偉大な文明の遺物に拝謁した後,帰路に就いたわけである。
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