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2017.01.27

『タイタス・グローン』なんぞを読んでいる

巨大な城館で繰り広げられる,貴族の一家と使用人たちの愛憎入り混じる群像劇……

と書くと何やら『ダウントン・アビー』のようだが,そうではない。

今読んでいる『タイタス・グローン』(浅羽莢子訳)の内容である。

実は,この本,分厚いうえに,ファンタジーの世界の日常生活の描写を退屈に感じ,長年,小生の本棚に死蔵されていた。

それが,『ダウントン・アビー』を見続けていたら,貴族の生活とか使用人との関係とかよくわかるようになってきて,『タイタス・グローン』の記述が頭に入るようになってきた。予備知識は重要。

さて,『タイタス・グローン』マーヴィン・ピークの「ゴーメンガースト」三部作の第1作目である。ゴーメンガースト(Gormenghast)というのは都市国家にも匹敵するべき巨大な城の名前。ゴーメンガースト城主第77代グローン伯爵となることが約束されたタイタス・グローンが誕生することからこの話が始まる。

この物語はファンタジーに属するものだが,剣も魔法も登場しない。重苦しい雰囲気の中で緩慢に話が展開していく。特異なのはその描写というか記述である。本書の序文でアントニイ・バージェスがこう書いている:

「……作品の動きが緩慢に感じられるとすれば,それは,視覚描写の凄いほどの密度,時間への興味の欠如,そしてそれを補っている空間を満たすことへの執念ゆえである。」(本書12ページ)

情景や人物に対する「視覚描写の凄いほどの密度」は,マーヴィン・ピークが挿絵画家であったことに由来するのではないかと小生は思っている。例えば,冒頭のゴーメンガースト城の描写なんか,こんな具合である:

「ゴーメンガーストは,そのもともとの石の集合体だけを取り出して見れば,建造物としては一種重苦しい風格を呈したであろう。外壁の周囲にうじゃうじゃと寄り群がっている貧しい住居の数々を無視することが可能であったなら。それらは傾斜する地面の上にてんでに拡がり,どの小屋も半ば次の家にのしかかりながら胸壁に行く手を阻まれるまで連なり,輪の最も内側のあばら屋は巨大な壁を捕え,岩にかじりつく笠貝の如く取りついている。古い掟により,頭上高く聳える城砦とこの冷たい交わりを持つ許可を与えられているのだ。不揃いな屋根の上には季節を問わず,時に蝕まれた控え壁や崩れかけた尊大な小塔や,とりわけ馬鹿でかい火打ちの塔の影が落ちる。黒い蔦がだんだらになったこの塔は,節くれだった石細工の拳骨の中から先を詰められた指さながら立ち上がり,天に向かって猥褻に突き出されている。夜は梟によって谺(こだま)する喉と化すが,昼は声なく佇立し,長い影を落としている。」(本書19ページ)

「時間への興味の欠如」ということでいえば,この作品,タイタスが生まれた日,一日の出来事の描写だけで110ページを費やしている。タイタスが生まれたのは夏の日だが,秋に移るまでに,さらに100ページ余り。それだけ,人物や情景の描写に力を費やしているということだが,こんな緩慢な展開,せっかちな人には耐えられないかもしれない。

だが,小生は,ファンタジーでありながらリアリティーを感じさせる,詳細な人物描写にこの物語の価値を見出す。

たとえば,伯爵の従僕,フレイは,骨ばった体格で,膝をボキボキ鳴らしながら歩く,威張りくさった,頑なな男である。料理長のスウェルターは,巨大な肉塊であり,舌足らずで饒舌な男である。『ダウントン・アビー』であれば伯爵付従者ベイツや料理長パットモアにあたるこの二人は憎しみ合っており,タイタスの命名式直前のいざこざが原因で,スウェルターはフレイの殺害を企てている。城に住む医師,プルーンスクワラーは笑い上戸で皮肉ばかり言い,失言も多い人物である。これらの奇妙な人物を手玉に取って,のし上がっていくのが稀代のマキャベリスト,スティアパイクである。スティアパイクはいわばこの物語のアンチヒーローであり,それに応じた容姿を持つ:

「少年の体は奇形の印象を与えたが,ではこの傴僂(せむし)めいた感じが何から来るものか,正確に言うのは難しかった。手足の一本一本を見ればそれなりに健全なのだが,別々のそれらを一つに足し合わせると,予想もしなかったねじくれた合計が生じるのだ。顔は粘土の如く白くて,目を除けば仮面じみている。目はと言えばひどく間が狭く,小さいうえに黒ずんだ赤ではっとするほど濃い。」(本書163ページ)

外見はこんなところだが,悪巧みと話術には長けており,台所の使用人から脱してプルーンスクワラー医師の助手になりおおせる。そして,さらにゴーメンガースト城の権力の階段を昇っていく。

美男美女善男善女は全く登場せず,むしろ奇妙な姿の問題児ばかり登場するのだが,それぞれが極めて魅力的に描かれた作品である。

ちなみに,『タイタス・グローン』は執筆当初は出版のあてがなかったものの,グレアム・グリーンの口利きで出版に至ったのだそうだ(荒俣宏の解説による)。 グレアム・グリーン,すごい慧眼。

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