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2016.10.26

『ヴィヨン全詩集』を読む

『キーツ詩集』を読んだ余勢を駆って,うちの本棚で休眠していた『ヴィヨン全詩集』(岩波文庫)を読むことにした。

フランソワ・ヴィヨン (Francois Villon) こと本名フランソワ・ド・モンコルビエ (Francois de Montcorbier)は1431年4月生まれの詩人である。

1452年にパリ大学で学位を取得したのち,殺人,窃盗,放浪という荒れた生活を送った。牢獄につながれたこともあるし,宮廷の詩宴に列席したこともある。

1463年に死刑判決を受けたが,恩赦によりパリからの追放に減刑された。この時にパリ追放に対する猶予を願う詩を作ったのが最後で,その後の消息は杳として知れない。

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太宰治の小説に『ヴィヨンの妻』というのがあるが,これはその小説に出てくる登場人物・大谷が書いた論文がヴィヨンに関するものだったことに由来する。

ヴィヨンの詩は皮肉たっぷりで典雅とは言えない。

例えば,「フランソア・ヴィヨン形見の歌」の11連に,恩人2人のどちらかに懐剣を形見として残したいという話が出てくるのだが,こんなことを言っている:

この剣は 銭八貫の居酒屋の勘定のため
抵当(かた)にとられた代物ゆえ,
契約通りに,買い戻した
二人の誰かに 渡してくれ
 (鈴木信太郎訳『ヴィヨン全詩集』25頁)

借金のかたにとられた剣を形見として残すというふざけた遺言である。

しかしまあ,莫大な注釈を参照しつつ詩を読み進めると,15世紀のパリの様子(優雅さからは程遠い)が浮かび上がっていて面白い。


◆   ◆   ◆


ヴィヨンは没年不詳だが,『ヴィヨン全詩集』の訳者鈴木信太郎の師匠,リュシアン・フウレーの見解では1463年1月に消息を絶ってから,ほどなく没したのだろうとされている。というのも

「若し幾年も長く生きたとするなら,彼ほどの詩人に詩が残つてをらぬとは想像し得ないからである」(『ヴィヨン全詩集』13頁)

この見解に対して別の角度からの推測を呈しているのが仏文学者の月村辰雄である。

月村は「ユリイカ 特集=本の博物誌」(第23巻第8号,1991年8月)に寄せた文章「悪魔のしわざ……? パリに印刷台が据えつけられた頃」の中で次のような推測をしている。

……ヴィヨンのいた時代というのは写本の時代の終わりごろ,活字印刷本の普及が始まるころであった。

1461年に亡くなったシャルル7世がパリに印刷技術を招来しようとしていたという話がある。タイミング的にはヴィヨンの最後の詩が作られた頃である。

ヴィヨンの詩は写本つまり手書き本によって普及していた。しかし,活版印刷術の登場によって,印刷本は公的,写本は私的な色合いを帯びるようになる。これによって,印刷本であるかどうかということが書物の流通を左右するようになる。そして,活版印刷技術普及後は,手書きのヴィヨンの詩は伝承されなくなったのではないかと。

「いかなる能書家の手になる書物といえども,印刷本の権威の前には屈服せざるをえない時代が始まることであろう。ヴィヨン晩年に傑作詩集が存在し,しかしそれが盗賊の手書き本にすぎなかったために,新しい活字という権威にわざわいされて伝承の経路を失ったのだ,とも考えることができるのではないか」(月村辰雄「悪魔のしわざ……? パリに印刷台が据えつけられた頃」,「ユリイカ」1991年8月号,67頁)

月村の意見の趣旨は,パリ追放以降のヴィヨンの詩が伝わらないのは,活版印刷術のせいではなかろうかということである。

ヴィヨンがパリ追放後も生存し,詩作を続けていた可能性はある。だが,活版印刷の対象とならなかったことにより,パリ追放後の詩は消えていったのかもしれない,というわけである。

現在でも印刷本は権威を持つが,手書きのノートは保存されることなく消え去るばかりである。

印刷技術の専制とでも言おうか?

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