『大聖堂・製鉄・水車』:ヨーロッパの中世は暗黒時代じゃない
最近ではヨーロッパの中世,だいたい西暦500年から1500年の千年間のことを「暗黒時代」とは呼ばなくなってきた。
日本の歴史学でもそうだが,中世をはじめ,各時代の再認識・再評価が進んできている。
ジョゼフ・ギースとフランシス・ギースによって書かれた『大聖堂・製鉄・水車』 というヨーロッパ中世のテクノロジーに関する本を読むと,中世を暗黒呼ばわりした主犯格はギボンのようである(どうでもよいことだが,Wikipedia日本語版のギボンの記述がしょぼすぎて驚く)。
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ギボンは大著『ローマ帝国衰亡史』 ("The History of the Decline and Fall of the Roman Empire")で知られているが,その著書を通して,「栄光のローマ」と「暗黒の中世」という固定観念を定着させた。
だが,産業史や技術史の視点で見ると,それは全く違っている。
「道具にしても,仕事のやり方にしても,ローマ人自身の発明によるものはほんの数えるほどしかない。たしかにローマは,洗練された高度な文化を発達させ,多くの記念物を残した。しかし,そのテクノロジーは大部分が石器時代,青銅器時代,初期鉄器時代の遺産であった。」(『大聖堂・製鉄・水車』,33ページ)
ローマ人は人力に頼りすぎていた。農耕も土木工事も奴隷などの人力。軍事力も歩兵頼み。
ローマ人は牛馬の力,つまり畜力を使うのが下手だった。
ローマ人が使っていた馬のハーネスは青銅器時代から全く進化しておらず,馬の喉を詰まらせるだけだった。同時代の中国の方が,より洗練された胸帯式や胸当て式のハーネスを使用し,馬力を有効に活用していた。
『大聖堂・製鉄・水車』 では,つぎのように,M・I・フィンリーの言葉を引用してギリシャ・ローマ社会を評価している:
「全体として見ても,それまで世界が蓄えてきた技術的知識や道具にほとんど何も追加しなかった」
「1500年間も続いた偉大な文明にしては,たいした功績とはいえない」
これに対して,暗黒扱いされていたヨーロッパの中世1000年間は漸進的な技術革命の時代だった。
人力から畜力,水力,風力へと動力転換が行われて奴隷制は崩壊し,鉄器の生産が進んで農業の生産性が向上し,造船技術が発達して人と物の長距離輸送が可能となった。
ギボンは中世を「野蛮と宗教の勝利」として描き,カトリック教会を技術開発の敵のように位置付けた。
しかし,中世ヨーロッパの教会は祈りとともに労働を奨励し,木工,石工,農耕,金属加工,織物などの各種技術の維持発展に貢献したというのが実態である。
『大聖堂・製鉄・水車』ではギボンより前の時代の英国の科学者ジョゼフ・グランヴィルの言葉を取り上げて中世を評価している:
「われわれのすぐ前の時代は,古代人が夢にさえ描けなかったことを実現してくれた」
"the last ages have shown us, what antiquity never saw; no not in a dream."
(Joseph Glanvill, "The Vanity of Dogmatizing", 1661)
ルネサンスや大航海時代は唐突に始まったのではなく,1000年にわたる漸進的な発達の成果として顕現したと考えるべきであろう。
↓こいつが中世を貶めた主犯です。
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