グレアム・グリーン『情事の終わり』を読む
ラオスへの旅のお供に持っていった本のひとつがグレアム・グリーン『情事の終わり』(田中西二郎訳,新潮文庫)である。いつもそうだが、東南アジア出張では全然東南アジアと関係のない本を持っていくことが多い。
この作品の叙述の順序を無視して,時系列的にあらすじを書くとこんな感じになる。
・・・第二次世界大戦前夜,中年の作家モーリス・ベンドリクスと高級官僚の妻サラァが恋に落ちる。戦時下のロンドンで,二人は逢瀬を重ねた。しかし,ドイツ軍のV1による攻撃を受けたある日,突如二人の関係は終わる。その二年後,ベンドリクスはサラァと再会するが,あからさまな距離感を感じ,憎しみすら抱くようになる。ベンドリクスはサラァに新たな恋人が現れたのではないかと疑い,探偵に調査を依頼する。一方,サラァは深い洞察を重ね,信仰の道を歩み始める・・・。
実際はこうした時系列の順番で話が進むわけではない。主人公&語り手のモーリス・ベンドリクスの心理の流れに沿って,戦前・戦中・戦後,1939年から1946年の間を行ったり来たりと複雑に話が展開する。こういう技巧は,かえって読みにくい感じを与えるかもしれない。
だが,小説の中盤第三章に入り,ベンドリクスの視点だけでなく,サラァの視点が加わると,これまで行ったり来たり複雑に入り組んでいた物語の展望が一気に開け,数々の謎が氷解していく。読書ならではの快感を味わうことができる,価値のある小説だ。
訳者の田中西二郎が「あとがき」で述べているように,この小説の前半はモーリス・ベンドリクスが,サラァの新恋人らしき謎の人物を追跡する推理劇/ミステリーとして展開している。それが後半からはサラァ,そして謎の人物(ネタバレすると,「神」)によってモーリスが追い込まれているような展開へと変わる。
『情事の終わり』は,世の中をはすに見ているような中年作家モーリスが,至高の存在によって敗北していく小説である。
2010年代に生きる我々からすると,70年前,第二次世界大戦前後を舞台とした,時代小説のように思える。
しかし,よく考えると,この小説が書かれたのは1951年。その当時にあっては第二次世界大戦というのはすぐ直近の出来事であり,当時の「現代文学」としては大戦前後の状況に触れずに物語を展開することは無理なのである。
もしも,この小説を身近に感じようとすれば,何らかの置き換えが必要になるだろう。例えば,大戦を東日本大震災に置き換えるような・・・。
改めて言うが,今回持って行った『情事の終わり』は田中西二郎訳である。今から十年ほど前に買って放置していたもの。小生の本棚にはそうやって死蔵されたままの本が多い。初版は1959年なので,訳文はやや古めかしい。
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今だと同じ新潮社から上岡伸雄訳のものが出ている。そちらは未読だが,きっと読みやすいことだろう。
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