青山利勝『ラオス―インドシナ緩衝国家の肖像』を読む
いつものような新刊の紹介ではなく,20年以上前に出た本についてのメモ。
著者はラオス日本大使館で92年8月から94年9月まで2年余り勤務していた外交官。当時のラオスの社会経済情勢や独立に至るまでの道を描いている。
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本ブログを継続してお読みの方はご存知の通り,小生は2009年以来毎年,ラオスのヴィエンチャンに出張している(参考)。なのでここ7,8年のラオスの状況についてはそれなりに把握しているつもりである。
その小生が20年余り前に出版された本書を読んでみたわけだが,
「驚くほど変わっていない」
というのが正直な感想である。
本書ではラオス人の国民性のつかみにくさを強調しているが,小生もそう思う。
ラオス人は労働意欲が低いと言われるが,その一方でナムグムダム建設の事例に見るように勤務に精励する姿も見られる。
よくよく考えれば,フランス,アメリカといったかつての支配勢力,ヴェトナム,タイ,中国といった周辺の大国の圧力に屈することなく独立を保っているのだから,単にのんびりした人々でないことは確かである。
「一見,温和でおとなしそうに見えるラオス人も,こころの底には強い意志と我慢強さを包み隠しているのであろうか」(6ページ)
と著者は語るが,その通りだろう。
また,ラオス人の頭の中では「社会主義と仏教」,「社会主義とかつての王政」とが同居しているのが不思議だと著者は語るが,ラオス人たちが社会主義を政治体制として掲げているのは,過去の経緯から選択しただけで,独立・政治的安定性を維持するための方便として掲げているのに過ぎない,と思えば,不思議ではないのかもしれない。
本書の第3章ではラオスの歴史を扱っているが,ランサーン王国の栄光と凋落の話はあっさりと数ページで終わり,19世紀後半から独立に至るまでの近現代史が記述の中心となっている。
読んでいてわかりにくいのが,パテト・ラオ,ラーオ・イッサラ,ネオ・ラーオ・イッサラ,ネオ・ラーオ・ハクサート,ラオス人民党といった政治組織や政治運動の関係。同じものを改称したり,TPOに応じて別称を使っていたりするのだろうが,もう少し解説が必要だと思った。
ラオス近現代史で最も重要な人物といえば,カイソーン・ポムヴィハーンだと思う。カイソーンがラオス独立に果たした役割については,ラオスの社会主義体制を記述した第2章で触れているが,ラオス近現代史を描いた第3章では記述の重複を避けたのか,あまり触れていない。カイソーン・ポムヴィハーンについては第3章で取り上げたほうがまとまりが良かったのではないだろうか。また,上述の政治組織や政治運動の動きについてもカイソーンを中心に描けば,もう少しわかりやすかったのではないだろうか?
本書で特筆すべきことがあるとすれば,第5章で日本人が関わった3つの事件:
- 辻政信参議院議員失踪事件(1961年)
- 杉江臨時代理大使夫妻殺害事件(1977年)
- 浅尾三井物産ヴィエンチャン事務所長誘拐事件(1989年)
が紹介されていることだろう。それぞれ背景を異にする事件だが,辻政信については自業自得と言えるだろう。旧陸軍参謀時代の世界観のまま,功名を挙げようとして動乱のインドシナ半島に飛び込み,命を落とした,というところだと思う。
昔の「新書」,とくに政治経済を取り扱ったものは,現在では読むに堪えないものが多いのだが,本書に関しては今でもinformativeであるし,面白く読める。
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