『科学社会学の理論』再読(5)相互作用論(その3)
松本三和夫『科学社会学の理論』の第4章,相互作用論の続き。
『科学社会学の理論』はSTS相互作用モデルに立脚しており,第4章がこの本の中核部分である。
第5章以降はSTS相互作用モデルによる分析の応用例として地球環境問題や原子力発電開発を取り上げており,それはそれで面白い話なのだが,本ブログではSTS相互作用モデルを用いた記述法に関する本記事をもって一応の区切りとする。そうしないと別の本の感想文に進めないので。
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前記事では,科学 (Science)と技術 (Technology)と社会 (Society)の間の相互作用を表す,STS相互作用モデルを紹介した。
このモデルを念頭に,科学・技術・社会間の相互作用をどのように記述するのか,ということが本記事の課題である。
単純に考えると,科学と技術,技術と社会,科学と社会の間のヒト・モノ・カネ・情報の交流件数等を行列の形で表すと記述・計量の面で便利であり,曖昧さを回避できる。
しかし,科学分野がi個,技術分野がj個,社会のセクターがk個あり,ヒト・モノ・カネ・情報の4つの交流の仕組みがあるとすると,
- 科学と技術の相互作用を表すために,i×j行列を
- 技術と社会の相互作用を表すために,j×k行列を
- 科学と社会の相互作用を表すために,i×k行列を
用意しなくてはならない。そして各行列の要素にヒト・モノ・カネ・情報の4つの数値をまとめて記述しなくてはならない。あまりにも煩瑣で現実的ではない。
そこで,科学と技術を「科学技術」として一括することを考える。19世紀後半以降,科学と技術とが一体化を進めてきた現実を踏まえると,これは合理的な近似手法である。
そして,特定の科学技術上の問題に関して,それに関係する研究活動を基礎研究,応用研究,開発研究の3分類に分けることとする。
こうすると,社会セクターが軍・産・官・学・民の5セクターあるとして,特定の科学技術上の問題に関しては5×3行列を用意することで,科学技術と社会との関係を定量的に記述することができる。
こうすることにより,STS作用モデルを科学技術と社会との相互作用に縮約したST&S作用モデルで近似することが可能となる。
ST&S作用を用いれば,特定の問題に関しするヒト・モノ・カネ・情報の交流件数等を次のような行列で表すことができる:
表1 STSマトリクスの概念図(ここで,iは情報,rは物財(モノ&サービス),hは人材,mは資金)
基礎研究 | 応用研究 | 開発研究 | |
---|---|---|---|
軍セクター | i[1], r[1], h[1], m[1] | i[2], r[2], h[2], m[2] | i[3], r[3], h[3], m[3] |
産セクター | i[4], r[4], h[4], m[4] | i[5], r[5], h[5], m[5] | i[6], r[6], h[6], m[6] |
学セクター | i[7], r[7], h[7], m[7] | i[8], r[8], h[8], m[8] | i[9], r[9], h[9], m[9] |
官セクター | i[10], r[10], h[10], m[10] | i[11], r[11], h[11], m[11] | i[12], r[12], h[12], m[12] |
民セクター | i[13], r[13], h[13], m[13] | i[14], r[14], h[14], m[14] | i[15], r[15], h[15], m[15] |
こうして特定の科学技術問題を概観する記述法を確立したうえで,やはり科学技術の内部における分野間・部門間の相互作用が気になる場合には,同じような行列表現を用いて定量的に記述することができる。
例えば,次のようなことである。α社とβ機関が同じ科学技術分野で協力関係にあるとして両者の共同研究の状況を行列表現で表すこととすれば,次のようになる:
α社基礎研究部門 | α社応用研究部門 | α社開発研究部門 | |
---|---|---|---|
β機関基礎研究部門 | △△件 | ○○件 | ○○件 |
β機関応用研究部門 | ○○件 | △△件 | ○○件 |
β機関開発研究部門 | ○○件 | ○○件 | △△件 |
ここで行列の非対角要素の件数(○○件で表現)が大きければ,研究段階の違う部門間での異種交配が進んでいるということになる。
また,ある科学技術分野γと別の科学技術分野δとを取り上げて両者の研究の交流状況を行列表現で表すこととすれば,次のようになる:
γ分野基礎研究 | γ分野応用研究 | γ分野開発研究 | |
---|---|---|---|
δ分野基礎研究 | △△件 | ○○件 | ○○件 |
δ分野応用研究 | ○○件 | △△件 | ○○件 |
δ分野開発研究 | ○○件 | ○○件 | △△件 |
このとき,行列の対角要素の件数(△△件で表現)が大きければ,分野間の異種交配が進んでいることになる。
このようにして行列表現を行うことにより,研究・開発形態の状況を定量的に記述することができるというのが,本書の主張である。
以上をもって,『科学社会学の理論』のメモの連載を終えることとする。
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