『科学社会学の理論』再読(2)制度化論
前回の「内部構造論」に続いて,今度は「制度化論」についてのメモ。
松本三和夫『科学社会学の理論』では第3章で扱われている。
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内部構造論では科学者集団が社会に対して自律的に存在していること,科学者集団が規範を持ち,その規範が正当性を持っていること,等が前提となっている。
こうした科学者集団の自律性や規範や規範の正統性というのもは自明のものではなく,歴史的に獲得されてきたものだというのが制度化論の考え方である。
『科学社会学の理論』の著者は,制度化のモデルとして(初期)マートンモデルと廣重モデルを取り上げる。マートンの考え方は初期と後期とで大きく変わっており,内部構造論に集中するようになった後期マートンおよびマートン派に対し,初期マートンは科学者集団と社会の関わり合いについて深く検討しており,制度化論にとって重要な議論を展開している。
(初期)マートンモデルは17世紀に英国で近代科学が成立したプロセス,すなわち「近代科学化」の過程に対するモデルである。近代科学化とは,科学者集団が科学制度へと移行する過程である。松本三和夫のまとめ方に従えば,近代科学化は(1)生成の相と(2)適応の相に分かれる。
(1)生成の相とは,(a)「神の栄光」(Glorification of God)と(b)「公共の福祉」(Commonweal)とを指針とするピューリタニズムが科学者集団の活動に「動因」を与えたフェーズである。近代科学は(a')物理的真実の探求を通して「自然の著者」である神の栄光を確証する点でピューリタニズムの「神の栄光」の指針に沿っており,また(b')実験科学のもたらす人間の物質的状態の改善を通して人類の幸福に貢献する点でピューリタニズムの「公共の福祉」の指針に沿っている。
こうしてピューリタニズムの指針に沿って動き始めた科学者集団の活動は,さらにピューリタニズムの指針に沿っているがために,正当性をも付与された。正当性を付与された科学者集団の活動は王立協会という制度として確立し,自立していく。これが(2)適応の相である。
廣重モデルは,19世紀の日本の西洋科学の受容過程ならびに西洋科学自体の専門職業化に対応したモデルである。専門職業化というのはアマチュアを排してプロの営みとして科学者集団の活動が行われるようになるというプロセスで,いわば科学制度が科学組織に移行する過程である。
本書の著者は制度化というものを(初期)マートンモデルと廣重モデルとを合わせた複合的プロセスとして再定義する。つまり,科学者集団が科学制度を経て科学組織になるというモデルを想定する。
ここで大事なのは複合的プロセスは必ずしも累積的ではない(後のプロセスが前のプロセスに関する記憶を必ずしも持たない)ということである。つまり,初期段階において社会の倫理と歩調を合わせ,社会から正当性を与えられて成立した科学制度が,自律性を帯びるにつれて社会から分離し,プロ集団としての科学組織となった際には,かならずしも社会の倫理に沿わない行動をとりうる可能性があるということである。
このため,専門職業化していながら規範や正当性を全く欠いた科学者集団というものが存在しうる。本書では詳しくは触れないが,例えばナチ政権下のアーリアン物理学というものが例として挙げられる。
結局,制度化論に関する検討の結果として言えることは,科学の制度化は社会的要因によって進展するのだが,社会と科学の間の調和は必ずしも約束されてはいないということである。
どんな時に社会と科学の間に調和が見られ,どんな時に不調和が起こりうるのか,それを検討することが科学社会学の次の課題となる。それを扱うのが「相互作用論」である。
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