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2016.05.30

昏々沉沉たる未来

知識やスキルが累積され,年年歳歳,我々人間が賢くなり続ける……そんなことはない。

大型コンピューターからPCへのダウンサイジングはコンピュータサイエンスの民主化ともいうべき流れで,情報処理に関わる人々の数を増加させ,社会の情報化を促した。

しかし,PCからタブレットPCやスマートフォンへの移行という現在進行中の流れは,社会の情報化を加速させつつも,むしろコンピュータリテラシーの低下をもたらしつつある。

プログラミングができないというレベルにとどまらず,ワープロや表計算ソフトを使えない若者が増加しつつある。自動運転やコンシェルジェ機能など,親切極まりないAIの普及は人間のスキルや思考能力を失わせる可能性がある。ここ数十年に渡って積み上げてきたつもりの知識体系はデータとして記憶媒体上に残るかもしれないが,人々の頭脳からは失われるかもしれない。

我々の前には昏々沉沉たる未来が待ち受けているかもしれない。

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『科学社会学の理論』を読んで思ったこと(続)

松本三和夫『科学社会学の理論』 (講談社学術文庫)は今年の3月10日に出た本である。1998年に木鐸社から刊行された『科学技術社会学の理論』を原本としたものである。

20年近くを閲しているが,地球環境問題や原発問題など,今日においても重要な科学技術と社会の間の問題を具体的な分析事例として取り扱っており,全く古さを感じさせない。今回版を改めて刊行された日付が,3.11の前日だというあたり,偶然ではなくなんらかの意図を感じる。

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本書は科学社会学を構成する3つの論議,内部構造論,制度化論,相互作用論に関して,それらの主流の学説を批判的に解説し,適用限界を明らかにしており,教科書的な役割を担っている。

だが,この本が異彩を放つのは,科学社会学のあり方(そして社会学全体のあり方,さらには科学技術と社会の関係)を内部から変えていこうとする「自己言及・自己組織型科学社会学」を提案している点にあり,科学社会学以外の学問分野に属するものにとっても刺激的な内容である。

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2016.05.29

『科学社会学の理論』を読んで思ったこと

松本三和夫『科学社会学の理論』を読み終えた。簡単に感想や要約を述べることができない大部の書籍である。読んで得たことは多いが、それはおいおい述べることとしよう。

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ここではふと思ったことを備忘録的に記しておく。

構造主義なりポストモダンなり、現代思想が小生に教えてくれたことは、人間の思考が時代の制約を免れないということである。

現在の学問の枠組み、大学のあり方、大雑把に言えば知のあり方はここ数十年に渡って社会との関わり合いの中で形成されたものである。ということはまた数十年もすれば社会との関わりに応じてその姿を大きく変えることが予想される。

そういった長期的な変化について考え、場合によっては議論し自己変革を行っていくことが、それぞれの学問分野にも必要ではないだろうか?

以上は『科学社会学の理論』の中心概念の一つである「自己言及・自己組織型」という言葉から思いついた。

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モンベルでライト・コットを買ってきた

昨年,欲しくなったものの,品切れで手に入らなかったモンベルのコット。

今年はモンベルの広島店で入手することができた。

店員さんによれば,今年も売れ行きは上々とのことだった。

Helinoxlitecot01

正式名はHelinox ライトコット(Lite Cot)である。

なにしろ軽い。重量は収納用のバッグも含めて1.26㎏。ノートパソコンとほとんど変わらない。

組み立て方はそれほど複雑ではないが,ベースフレームをサイドフレームに取り付けるときに結構な体力(とくに親指の力)が必要で,大変である。

Helinoxlitecot02
サイドフレームとベースフレームの接合部(↑)

説明書には「アームに体重をかけ,ベースフレームをしならせながらサイドフレームにベースフレームをはめこみます」と書いてあるぐらいパワーが必要 (^-^;

でもまあ使ってみると寝心地抜群で売れ行きが良いのもむべなるかなと。

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2016.05.27

「新聞読むなら東京新聞」!?

有楽町線に乗っていたら,ドアのところにこんなものが貼ってあって驚いた。

Tokyo20160526

「なにこれこわい」という類か?

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2016.05.25

ピーマンはトウガラシの変種,ブロッコリーはキャベツの変種

「ピーマンはトウガラシの変種」だという話は先日の記事「山本紀夫『トウガラシの世界史』を読む」で述べた。パプリカもそう。

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「ブロッコリーはキャベツの変種」という豆知識は昼に食べた弁当のおかずカップの底に印刷してあった。ブロッコリーの葉を見れば納得。

ちなみに,カリフラワーはブロッコリーの変種。山口の名産「はなっこりー」はサイシンとブロッコリーの交配種。

はなっこりー

ほぼ山口県内のみで流通する野菜,はなっこりー

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2016.05.23

秀吉の孤独:異父兄弟姉妹を殺戮

秀吉,若輩(若い頃)に孤(一人)と成て

秀吉から北条氏直に宛てた宣戦布告状の一文である(『言経卿記』)。渡邊大門『秀吉の出自と出世伝説』(歴史新書y)の34ページに引用されている。

秀吉は幼少時,孤児であったようだ。

『真田丸』で描かれているように,天下人となった秀吉の下には,母や兄弟姉妹,妻の寧の一族が集まっているが,それは後の話。

しかもわずか数年でその大家族物語は崩壊し,秀吉は孤独に戻っていく。

渡邊大門はその著書『秀吉の出自と出世伝説』の「あとがき」でこのように書く:

本書を書き終えて思うのは,「秀吉は孤独であった」ということに尽きる。何ら所縁を持たず,自らの力量一つで頂点に上り詰めた秀吉には,なかなか理解者があらわれなかったことであろう。(『秀吉の出自と出世伝説』235頁)
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秀吉は孤独を埋めるかのように,聚楽第に数少ない一族郎党を集めたわけだが,その一方で異父兄弟を始末するようなこともしていたようである。

秀吉の兄弟姉妹としては次の三人が知られている:

  • とも: 母なか(大政所)と実父弥右衛門との間に生まれた同父姉
  • 秀長: 母なかと義父筑阿弥との間に生まれた異父弟
  • 旭: 母なかと義父筑阿弥との間に生まれた異父妹

『秀吉の出自と出世伝説』の62~67頁には,このほかにも何名かの兄弟姉妹がいたらしいことが記されている。

ルイス・フロイス『日本史』によれば,秀吉の関白就任の翌々年,伊勢の一名の若者が,秀吉の弟であると名乗り出たことがあった。また,尾張に住むある姉妹が秀吉の妹たちらしいことがわかり,召喚されたことがあった。

これらの者は喜んで迎えられただろうか?

否。いずれも惨く殺された。伊勢の若者も,尾張の姉妹も,従者もろとも斬首された。

母の不都合を隠すためであると考えられる。

ということで秀吉が兄弟姉妹として認めるのは,とも,秀長,旭の3名のみ。そのうち,信を置いたのは秀長のみである。血縁を限定した上に,信頼したのは弟のみ。自ら孤独を選んでいるようなものである。

秀吉は,ともの子・秀次を養子として迎え関白に任じているが,これとて,後に切腹を命じている。

結果として,秀吉は自らの死に臨んで,全くの赤の他人であり潜在的な政敵であった家康に息子・秀頼の後見を頼まざるを得なくなった。

秀頼もまた実子なのかどうか疑問を拭い去ることはできず,結局のところ,秀吉は一生涯,孤独であり続けたと言えるのではないだろうか?

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2016.05.16

山口再エネ・ファクトリー東岐波発電所(ソーラー発電所)開所式に行って来た

この日曜日,「山口再エネ・ファクトリー東岐波発電所」の開所式に行って来た。

Dsc_0208

地域のVIPもお越しになり,厳かな雰囲気の中(あと高い気温と強風の中),神事は無事に執り行われた。

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定格出力は1.3MW。いわゆるメガソーラーである。

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2016.05.13

記述は残るよ,いつまでも:樋口清之『木炭』を読む

バイオマスエネルギーについて考察するべく,名著との評価が高い,樋口清之『木炭』を読んでいる。

目くじらを立てるほどではないが,気になる記述があったのでちょっとだけ触れておく。

本書の初めの方で,人類による火の使用,炭の作成の始まりについての記述がある。北京原人の記述と並んで,愛媛県喜多郡肱川町の洞窟(カラ岩谷遺跡)で発見された鹿ノ川人という30万年前の古人類が火を使用したという記述が一度ならず登場する。

カラ岩谷遺跡では二種類の炭が見つかっており,そのうち一種類は意図的につくられたものではないかと著者は見ている。

「もしこれが確かに人工的につくったものであるなら,鹿ノ川人こそ世界で最初に意識的に炭をつくり使用した人類であるといえるのである」(『木炭』12ページ)

さて,ここで根本的な疑問が持ち上がってくる。

"ゴッドハンド"による「旧石器捏造事件」以来,日本の前・中期旧石器研究は瓦解し,30万年もの前まで歴史をさかのぼることは不可能となっている。

日本最古の石器としては金取遺跡のもの(推定8~9万年前),砂原遺跡のもの(推定12万年前)が見つかっているぐらいである(後者については議論百出で石器ではないのではという説もある)。

こうした現在の考古学の知見をベースにすると,「鹿ノ川人と呼ばれる30万年前の人類が火を使っていた,さらには炭を作成していた」という説は,とても受け入れがたいものである。

樋口清之が本書『木炭』の前身である『木炭の文化史』を著したのは1962年。さらにその元となる『日本木炭史』を著したのは1960年。また,カラ岩谷遺跡の発掘は1958年以降。今から半世紀以上前の考古学の知見で書かれた部分は,気をつけながら読まなくてはならない。

小生が「30万年前の炭」の記述にこだわるのは何故か?それは,今でも本書,『木炭の文化史』,『日本木炭史』に典拠して日本あるいは世界最古の炭をカラ岩谷遺跡の30万年前の炭とするネット上の記述を散見するからである。googleやbingで「木炭 最古」と検索すれば,そういった記述はいくらでも見つかる。

記述は無批判に残ることがある。とくに名著と呼ばれる本の記述は。


【追記1】
伊予細見」というWEBマガジンに「第144回 カラ岩谷遺跡訪問記――大洲市肱川町(2014年7月)」という記事がある。実際にカラ岩谷遺跡を訪ねた編集人が,「30万年前の炭」の記述の問題点についてもフォローしている。

【追記2】
ネット上で調べるとカラ岩谷遺跡の脊椎動物遺骸に関する研究論文が見つかる:

長谷川善和ほか6名「愛媛県大洲市肱川町のカラ岩谷敷水層産後期更新世の脊椎動物遺骸群集」(群馬県立自然史博物館研究報告19巻,pp.17 - 38, 2015)

後期更新世とは西暦2000年から数えて12万6000年~1万1700年前の時代である。30万年前ではない。

この論文を読むと,

「当初,旧石器時代人の発見が期待されたが成果はなく,サル(Iwamoto,1975),オオサンショウウオ(Shikama and Hasegawa,1962),ネズミ類(Kowalski and Hasegawa,1976)について若干の記録がなされた」

とある。鹿ノ川人とは幻だったのだろうか?

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2016.05.10

『真田丸 第18回 上洛』――信繁はまだ10代だった件

日曜日に『真田丸』の「第18回 上洛」を見たわけだが,「第1回 船出」が武田領内への織田勢侵攻(天正10年=1582年2月(旧暦))の時の話で,「第18回 上洛」が豊臣秀吉の太政大臣就任(天正14年=1586年12月25日(旧暦))の時の話なので,18回もやってわずか4年あまりしか経過していないことに驚かされた。

真田信繁には永禄10年=1567年生まれという説や元亀元年=1570年生まれという説がある。仮に1567年生まれだとすると,第18回の時点では信繁19歳,1570年生まれだとすると16歳ということになる。いずれにせよ,堺雅人(現在42歳)が演じているのはまだ10代の若者ということである。なんだか凄い。

ちなみに,淀殿(茶々)は1569年生まれという説があり,これに従うと第18回の時点では17歳。セブンティーンの女性を竹内結子(現在36歳)が演じているということで,これもまたすごい話である。天真爛漫すぎる感じがするが,10代なんだから仕方ないということか。

これは舞台劇だと思っておけば演者と役の年齢差は気にしなくてよい……ということにしよう。


一応,略年表を書いておく。

永禄10年 1567年 信繁生誕(説1)

永禄12年 1569年 茶々生誕(?)

<元亀元年 1570年 信繁生誕(説2)>

天正10年 1582年2月 武田領内への織田勢侵攻(『真田丸』第1回)

天正10年 1582年6月 本能寺の変(『真田丸』第5回)

天正14年 1586年12月 秀吉,太政大臣就任(『真田丸』第18回)

天正15年 1586年4月 九州平定終了


このペースで年末までに大坂夏の陣まで到達するのだろうか?

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2016.05.05

秋吉台を歩いてきた:長者ヶ森

秋吉台でトレッキングしてきたわけだが,小さな山々を巡るだけでなく,長者ヶ森にも立ち寄ってきた。

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草原が広がる中にぽつんと小さな森がある。これが長者ヶ森。

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 (北から見た長者ヶ森)

長者ヶ森の中に入ってみると,小さな祠がある。何を祀っているのかはわからなかった。

Choja04

上野誠『日本人にとって聖なるものとは何か』(参考記事)を読むとわかるが,神を社殿に祀るようになったのは仏教が日本に入ってきて仏教寺院が建立されるようになったのに倣ったものである(同書55頁)。

森をそのまま祀るのは,社殿建築以前の本来の祭祀の姿である。「古代的思考」は今もなおわれわれ日本人の間に生きている。

Choja03
 (南から見た長者ヶ森)

長者ヶ森の南側には説明の看板が2つあるのだが,その説明が少しずつ違うのが面白い。

山口県と美祢市の教育委員会が立てた看板によれば,長者ヶ森はある長者の屋敷跡であるという。長者の子孫が屋敷跡に植樹して森になったという。

その長者が何者かというと諸説あり,ある説では平家の落人,ある説では周辺の銀山・銅山で栄えた商人とされている。

もう一つの看板では,長者を平家の落人とする説を採っている。平家の一部将,大田芳盛というものが秋吉台に移り住み,近郷を従え,ここに大きな居館を構えたという。大田氏の三代目,芳高の頃に内紛が起こり,一族は四散してしまった。その後,江戸時代になって大田氏の子孫が屋敷跡をしのんで植樹し,それがこの森となったという。

平家の落人はあちこちにいるのだなぁ,というのはツマの弁で,小生も同じ思いだ。

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秋吉台を歩いてきた:冠山と地獄台

GWも最終日。今日はツマと秋吉台を歩き回ってきた。

長者ヶ森というところに駐車場があるのでそこに車を止め,トレッキングを開始。

まず標高367.6mの北山に上り,一度山を下って長者ヶ森を回った。

そのあと標高377mの冠山に登る。

Kanmuri

冠山の途中から秋吉台中央側を望んだ景色がこれ(↑)

冠山の頂上まで登ったあと,山を下り,途中でお昼ご飯。

そのあとは草の小径をたどって北上し,地獄台(標高409m)に向かう。

Jigokudai

地獄台からは石灰岩が最も多くみられた。草原の羊の群れのようである。

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地獄台からさらに北上して烏帽子岳を目指したが,結構距離があったので,途中で引き返してもとの駐車場に戻った。全部で2時間半程度のトレッキングだった。

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2016.05.04

ラファエル前派展「英国の夢」を見てきた

山口県立美術館にツマとともに出向いてラファエル前派展「英国の夢」(リバプール国立美術館所蔵作品)を見てきた。

ラファエル前派はジョン・エヴァレット・ミレイとかジョン・ウィリアム・ウォーターハウスとか19世紀後半の美術に影響を与えた画家グループ。

神話とか伝説に題材をとったロマンあふれる優雅な作品が多い。同じ頃,フランスで印象派が台頭してきたのと非常に対照的である。

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入場券のもぎりを現館長で元知事の二井さんがやっていたのには驚いた。GW中は職員の代わりに自ら出向いているのか?

全作品のトップを飾っていたのはミレイの「いにしえの夢――浅瀬を渡るイサンブラス卿」(1856~57年)である。完成前に買い手がついたといわれる渾身の作。ミレイは若干11歳でロイヤル・アカデミー美術学校への入学が許可されたという大天才。

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John Everett Millais [Public domain], via Wikimedia Commons

同じくミレイの作品では「ブラック・ブランズウィッカーズの兵士」(1860年)というナポレオン戦争末期の兵士と恋人の別れを描いた作品もあった。これも女性の服のサテン生地の表現が見事でミレイの技量のすごさがわかる。

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The Black Brunswicker, via Wikimedia Commons

ジョン・ウィリアム・ウォーターハウスのデカメロンもまた素晴らしいが,1916年つまり第1次大戦中の作品だというのには驚かされる。まだその時代になってもこういう優雅な絵画が書かれていたのである。ウォーターハウスは1917年に死ぬので,最晩年の作品の一つである。

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John William Waterhouse [Public domain], via Wikimedia Commons

それにしても描かれる女性陣の顎が立派。綾瀬はるか的である。

浮世絵や印象派の展示に比べると来客が少ないような気がしたが,あらかじめ神話や伝説に関する知識が要求される作品が多いというのが原因ではないかというのがツマの説である。

小生としてはウィリアム・ヘンリー・ハントの「卵のあるツグミの巣とプリムラの籠」という作品に感嘆した。ツグミの巣の描写がスーパーリアリズムで素晴らしい出来。

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2016.05.03

『スポットライト 世紀のスクープ』を見てきた

広島の八丁座でツマとともに『スポットライト 世紀のスクープ』(2015年アカデミー賞作品賞・脚本賞受賞)を見てきた。

カトリック教会の性的虐待事件」をアメリカ合衆国で初めてスクープ(2002年1月)したボストン・グローブ紙「スポットライト」取材チームを描いた作品。

日本国内のジャーナリストからの評価も高い,実話に基づいた完成度の高い作品であるが,すっきりしない点があったので二点だけ触れておく。


システムの問題が未解決のまま

――司祭や枢機卿個人を糾弾するだけではダメだ。教会のシステムを糾弾しなくては,この問題は繰り返される!!――

というのが取材チームのリーダー,ウォルター"ロビー"ロビンソン(マイケル・キートン)の主張だったはずである。

しかし,Wikipediaの記事「カトリック教会の性的虐待事件」を読んだらわかるように,

「職場を追われた神父らが,メディアなどの監視が行き届かない南米など発展途上国で同様に聖職に就き,同様の事件を起こしていることがわかり,新たな問題になっている」(Wikipedai記事より)

という有様で,教会のシステムは現在もなお問題を抱えたままである。

情報減である「サイプ」が指摘したように,聖職者の独身制と性的虐待との間に相関(因果関係かどうかは議論の余地があると思う)が見られるのであれば,聖職者の独身制というカトリックの伝統に踏み込まなくてはならないだろうが,そこまで至っていない。

ちなみに正教会やプロテスタントでは聖職者の妻帯についてはカトリックと異なった制度を採っている。

もちろん,ボストン・グローブ紙の記事によって教会のシステムに関する問題が持ち上がったこと自体は十分に評価されるべきであるが。


ゲーガン神父のその後

ボストン・グローブ紙「スポットライト」取材チームが特に注目したのはボストン司教区の司祭ジョン・ゲーガン神父による30年間・延べ130人の児童に対する性的虐待であった(もちろん問題があったのはゲーガン神父一人ではない。ボストンでは計87名もの神父が性的虐待事件を引き起こしていた)。

この映画ではゲーガン神父のその後を描いていないが,同神父は2002年に禁固刑の実刑判決を受けた。ゲーガン神父はマサチューセッツ州のマサチューセッツ州マサチューセッツ州ソーザ・バラノフスキ矯正センターに収容されたものの,2003年8月23日に同房のJoseph Druceによって殺害された。首を絞められ,死ぬまで踏みつけられたという(以上Wikipedia英語版"John Geoghan"より)。享年68。

ゲーガン神父の件は本作のキープロットの一つであるが,スクープ後の話がフォローされていないのはちょっとどうかなーと思った。作品としての完成度を上げようとすれば蛇足になるとは思うが。

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「すべからく武人は死せ」

山口多聞少将(ミッドウェー海戦にて戦死し,中将に昇進)が軍人の心構えについて何か言っていたはずだが,ネットで調べてもわからなかった。そこで,書棚を渉猟していたところ,雨倉孝之『海軍アドミラル軍制物語』(光人社)に答えが載っていた(というか一度読んだことがあるのにもかかわらず忘れていたのだ)。

「すべからく武人は死せ」

これが軍人の心構えである。山口多聞少将が伊勢の艦長だったときの言葉。

どういう状況でこういう言葉が出てきたかという経緯は上述の『海軍アドミラル軍制物語』28ページに出ている。以下引用:

「伊勢」の艦長だった時代,初級士官教育に,
「仮想―中支において陸戦隊が日本大使館護衛中,暴動発生。武装解除せば日本国民の生命を保証すと申し入れあり,処置如何?」
と課題を提出した。ガンルーム一同,頭をかかえたらしい。翌日,山口艦長は,
「日本海軍には武装解除も,捕虜も絶対にない。すべからく武人は死せ。死におくれは恥」
と明示したという
(雨倉孝之『海軍アドミラル軍制物語』,28ページ)
海軍アドミラル軍制物語海軍アドミラル軍制物語
雨倉 孝之

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さて,このような心構えに賛成できるかというと,強制される場合には×だな,と思う。

ちなみに小生が尊敬する提督はヤン・ウェンリーと木村昌福である。

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2016.05.02

『能面女子の花子さん』を読む

web上では色々な漫画が読めて楽しいわけだが、今一番ホットなのはこれではないか?

織田涼『能面女子の花子さん』

女子高生×能面という発想が素晴らしい。主人公泉花子さんが勉学もでき、とても性格が良いのに周囲から完全に浮きまくっているのが良い。

多分、テレビドラマ化されるのではないかと思われる(演ずる女優を伏せておかないと面白さが半減どころか激減するけどね)。

長い黒髪の和風の大人びた女子高生という点では吉田秋生の『吉祥天女』の叶小夜子を思い出した。あっちはサスペンスですけどね。

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