(続)ワールポラ・ラーフラ『ブッダが説いたこと』を読む
スリランカの高僧であり,哲学博士号(PhD)を持つ仏教研究者であるワールポラ・ラーフラ師による「現時点で入手できる最良の仏教入門書」(by Prof. Gonbridge [Oxford])。
先日もこの本についての記事を書いた(参照)が,よく売れているようだ。実に読みやすい。
「日本仏教」に慣れ親しんだわれわれ日本人にとって,原始仏教はむしろ真新しく見えることだろう。
ブッダが説いたこと (岩波文庫) ワールポラ・ラーフラ 今枝 由郎 岩波書店 2016-02-17 売り上げランキング : 3720 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
先だっての記事(参照)でも書いたことだが,仏教は信仰/信心に立脚しない。
ブッダの言葉:
"Atta hi attano natho"(Dhammapada Verse, 160)
は「自分自身が,自分のよりどころである」(本書136頁)と解される。仏教では自分で考え,理解することが要求される。ブッダは涅槃に至る道を示すのみで,歩むのは各人である。
そうすると,お寺に参って仏像を拝んだりする行為,あれは何だ,ということになるが,あれは道を教えたブッダを追憶し敬意を捧げるのが本来の姿であって,御利益を求めたり,盲信したりしてはいけないわけである。
仏教徒には四聖諦について学び,四聖諦の第4「ドゥッカの消滅(涅槃)に至る道」である八正道を実践することが求められる。
四聖諦は神や魂といった概念の否定に至るので,世人には受け入れがたいものだろう。ブッダはこれをよくわかっていて,悟りに至った当初は教えを広めることに躊躇していたという。
しかし,世間には様々なレベルの人が存在し,中にはブッダの教えを理解する者もいるだろう,ということで,説法を決意したのだという(本書123頁~124頁)。
ブッダは教えを実践するための環境,つまり社会経済基盤についても考えていた。このあたりは本書第8章で触れられているが,戦乱や貧困を無くすことが仏教の実践にあたっての重要課題である。過去,そんなことができたのか,という疑問に対してはマウリヤ朝のアショーカ王の事跡が一例として挙げられる(本書185頁~187頁)。現代においてはどうか,というと本書の訳者・今枝由郎先生は解説の中でブータンの事例を挙げている。
仏教については雑多な知識を持っていただけの小生だが,本書で初めて原始仏教の体系的な全貌を知ることができた。と,同時に現在の日本仏教というのは別の宗教なのではないかという疑問も生じてきた。
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