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2016.04.03

楊海英(大野旭)『日本陸軍とモンゴル』を読む

先月末のクアラルンプール出張の折,往復のフライトで2冊読んだという話を書いた。往路に読んだのが角幡唯介『空白の五マイル』で,復路に読んだのが楊海英『日本陸軍とモンゴル - 興安軍官学校の知られざる戦い』(中公新書)である。

著者はモンゴル人で,今は静大の教授をしている。日本名を大野旭という。

本書は,日本陸軍の力を利用しながらモンゴルの独立を勝ち取ろうとした軍人民族主義者たちの苦闘を描いた歴史書である。陸士出の軍人,ジョンジョールジャブ(正珠爾札布)が最も重要な登場人物であり,モンゴル聯合自治政府を率いた徳王(ドムチョクドンロプ)なども主要人物として登場する。

日本陸軍とモンゴル - 興安軍官学校の知られざる戦い (中公新書)日本陸軍とモンゴル - 興安軍官学校の知られざる戦い (中公新書)
楊 海英

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著者の主張は非常に明快で,モンゴル人自身による民族自決と独立運動の歴史を全面的に肯定している。”満蒙独立運動は日本陸軍によって扇動されたもので,それは過ちだった”とする日本の一部の歴史家たち,また,”悪い日本人に盲従していたモンゴル人を中国人が解放した”とする中国の歴史家たち,そのどちらの立場をも完全に拒否している。

清朝においてはモンゴル人は満州人の同盟者であり,モンゴル人の生活圏である草原は保全されていた。ところが清末から状況が一変する。モンゴルの草原に漢民族が進出し,開墾という名で環境を破壊していった。ここからモンゴル人の苦闘が始まる。モンゴル人の独立とは中国からの独立を意味し,日本の手を借りて,それを実現しようという運動が生じたわけである。

この独立運動の中でジョンジョールジャブらの日本(陸軍士官学校)への留学やモンゴル軍人育成のための興安軍官学校の設立といった出来事が生じる。

日本はモンゴルの軍人民族主義者たちから独立支援者として期待を寄せられていた。しかし,やがて日本帝国を構成する一民族としての扱いに甘んじなくてはいけないことが明らかになるにつれ,日本への期待は幻滅へと転じていく。モンゴルの軍人民族主義者たちの日本への不満は澱のように蓄積し,著者が「草原の二・二六事件」と呼ぶ「シニヘイ事件」へと結実した。

日本仕込みの精兵であるモンゴル軍人たちは日本の敗戦後,国民党・共産党両陣営で戦力として活用された。共産党の勝利で内戦が終わると今度はモンゴル軍人に対する粛清が始まった。生き残ったモンゴル軍人たちは今度はチベット占領に活用される。「夷を以て夷を制す」という漢民族の伝統的な施策である。内モンゴル自治区という行政区域はできたものの,漢民族による統治が行われているのが実態であり,民族自決は未だに実現していないーー。

これまであまり知らなかったのだが,中国の領土内におけるモンゴル人の苦闘の歴史に触れることができた。


◆   ◆   ◆


この本,とても興味深い本だったのだが,ある種,困った本でもあった。

というのも,日蒙混血の青年軍人・ウムボルトを主人公とする歴史群像劇,安彦良和『虹色のトロツキー』を読んで頭の中に出来上がっていたジョンジョールジャブ像がガラガラと音を立てて崩れていったからである。

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ジョンジョールジャブは『虹色のトロツキー』の38章,愛蔵版だと3巻の中頃で登場する。創作の中でのこととはいえ,ウムボルトの同僚,須藤中尉からは「くわせ者」,ウムボルトからは「日本人よりもずっと心が汚い!」「モンゴル民族の恥だ!」「天の裁きを受けろ!」とまで言われた人物である。

得体のしれない,怪しい人物だったジョンジョールジャブが『日本陸軍とモンゴル』の中では民族自決のために生きた魅力的な人物として描かれている。

ついでながら『日本陸軍とモンゴル』の中ではジョンジョールジャブの盟友として野田又男が度々登場する。ノモンハンにおいて両者は興安師の指揮官として活躍しているのだが,『虹色のトロツキー』の中では両者の強い紐帯を示すようなエピソードは皆無である。

『虹色のトロツキー』は1990年11月から1996年11月にかけて「月刊コミックトム」に連載された作品である。その頃に本書『日本陸軍とモンゴル』があったとしたら,ジョンジョールジャブや野田又男の描かれ方は全く違っていたのだろうな,と時代の制約のようなものを感じた。

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