『愛と悲しみのボレロ』デジタル・リマスター版を見てきた
この休日,ツマとともにYCAMに行き,『愛と悲しみのボレロ』デジタル・リマスター版を見てきた。
突っ込みどころ満載の感動巨編。
褒めるべきか批判するべきか相反する思いが去来する映画である。
だが,冒頭と終盤を飾る,故ジョルジュ・ドンによる「ボレロ」の演舞は,これを見るだけでも映画を見に来たという価値がある。
本作は,第二次世界大戦に翻弄された米仏独露4つの家族の歴史が複雑に交錯する群像劇である。Wikipediaによると,シナリオ技法的には「より縄形式」というのだそうだ。
それぞれの家族にはモデルとなった実在の人物がいる:
- ジョルジュ・ドン演ずるセルゲイ・イトビッチ(ソ連)はルドルフ・ヌレエフがモデル
- エヴリーヌ・ブイ演ずるエディット(仏)はエディット・ピアフ
- ダニエル・オルビリフスキ演ずるカール・クレーマー(独)はカラヤン
- ジェームス・カーン演ずるジャック・グレン(米)はグレン・ミラー
といった具合である(ちなみに,ジョルジュ・ドンは92年11月30日,ルドルフ・ヌレエフは93年1月6日,時をおかずして共にエイズで没した)。
激動の20世紀,4つの家族の運命が交錯し合い,最後には1980年にパリ・トロカデロ広場で開催された,ユニセフ・赤十字共催のチャリティー・ショーに主要人物たちが集合する。このチャリティー・ショーの目玉が冒頭と終盤を飾るジョルジュ・ドンのボレロの演舞である。
「いい作品です」と書いて擱筆してもよいのだが,突っ込みどころについて書かないとモヤモヤするので,以下述べてみる。
無理のある一人二役
第二次世界大戦時の登場人物たち(親世代,第1世代と言っておく)を演じた役者たちが,戦後育った子供たち(第2世代,だいたい1940年代生まれ)をも演じたりするので,見ていて混乱する。
スターリングラードの戦いで戦死したボリス・イトビッチとその息子,世界的バレー・ダンサー,セルゲイ・イトビッチの両方をジョルジュ・ドンが演じているが,ボリスは髭あり,セルゲイは髭無しなのでこれは区別がつく。ジャック・グレンと息子ジェイソン・グレンの両方も髭あり・髭無しで区別がつく。
問題は,スーザン・グレンと娘サラ・グレン(どちらもジェラルディン・チャップリン=あのチャーリー・チャップリンの娘),シモン・メイヤーと息子ロベール・プラ(どちらもロベール・オッセン)。第2世代中心に時代が移っているときに第1世代の回想シーンとか出てくると,「???」と混乱する。
第1世代と第2世代とを同じ役者が演じることによって,外観年齢的にいかがなものかと思われることも多い。
とくに目立つ例を挙げると,ロベール・プラ(ロベール・オッセン)。戦友たちと一緒にアルジェリアから帰還したロベール・プラはどう見ても20代には見えない(アルジェリア戦争終結は1962年で,ロベール・プラは1941年生まれだから21歳ぐらいのはず)。
まあとにかく,登場人物が多いうえに,無理な一人二役によって,ストーリーがややこしくなっていることは確か。
YCAMでは親切なことに下のような人物相関図を配布してくれた:
ありがたいことである。
言語には気をつけよう
やはり,ソ連の人々だったらロシア語,ドイツの人々だったらドイツ語を使うべきだろう。ボリス・イトビッチが妻に宛てた手紙を読み上げるシーン,フランス語で読むのはいかがなものか?カール・クレーマーも序盤でドイツ語をちょっとだけ話しただけで,あとはフランス語か英語。雰囲気が出ません。
戦後がダラダラ
第二次世界大戦前夜から終戦までは話が引き締まっていた。戦後の描写がダラダラしていけん。アルジェリア帰還兵たちの交流とか喧嘩とか必要だろうか?あと,エディットがCMか映画の収録でダンサーとして踊りまくっているシーンとか,ロベールの息子,パトリック・プラ(第3世代)が空母で勤務しているシーンとか。「ロッキー」とか「フラッシュダンス」とか「トップガン」とか混ぜたような描写。まあ,「フラッシュダンス」と「トップガン」の方が本作よりも後の作品なのだが。
戦後史を背景に人々の人生を描くというのであれば,「フォレスト・ガンプ」の方がうまくできている。そういえば,本作ではベトナム戦争やパリ五月革命が全く出てこないがそれでいいのか?
パリ解放後,ジャック・グレン率いるジャズ・バンドの演奏のもと,フランス市民が米兵と歓喜のダンスを繰り広げているあたりは感動的だった。その辺りで終わればいい話になったと思うが,そうするとジョルジュ・ドンのボレロが無くなるので,やはりだめか。
グレン・ミラーの子供たちがカーペンターズになった?!
グレン・ミラーをモデルとしたジャック・グレン。その子供たち,ジェイソンとサラは兄弟で音楽活動を行い,世界的に有名になる。ジェイソンはサラのマネージャーなので,カーペンターズとは違うのだが,グラミー賞を3回とったり,妹が病的になったりするあたり,カーペンターズを彷彿とさせる。グレン・ミラーの子供たちがカーペンターズになるというパラレル・ワールドのアメリカ音楽史がここに描かれている。
ようするにユニセフ・赤十字のプロモーション映画なのか?
本作の終盤,エディット(仏)がテレビ・レポーターを務め,カール・クレーマー(独)がオーケストラを指揮し,サラ(米)が歌い,セルゲイ(露)の肉体が躍動する感動の音楽イベントが開催される。それが,ユニセフ・赤十字共催のチャリティー・ショーである。ボレロの演奏が終わり,拍手喝さいの中,暗転して物語が終わり,エンドロールに移ればこの映画は引き締まっただろうと思う。
ところが,エンドロールが流れる中,パリの街の空撮が始まり,赤十字の車列が映し出される。さらに赤十字の大型ヘリコプター2台がエッフェル塔の周りを巡る。最後の最後になって,ユニセフ・赤十字のプロモーション映画みたいになった。この映画,チャリティー協賛映画だったのだろうか?
ちょっと突っ込みすぎたかもしれない。本作,音楽のレベルは高いし,映像は美しいし,ジョルジュ・ドンの踊りは圧倒的だし,クロード・ルルーシュ監督(「男と女」で有名)の意気込みは伝わってくる。しかし,盛り込みすぎて突っ込みどころ満載になってしまった感は否めない。カンヌ映画祭でパルム・ドールをはじめ,オフィシャルセレクションの賞をいずれも逃しているのはむべなるかな,と思う。
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