« 2016年3月 | トップページ | 2016年5月 »

2016.04.30

『愛と悲しみのボレロ』デジタル・リマスター版を見てきた

この休日,ツマとともにYCAMに行き,『愛と悲しみのボレロ』デジタル・リマスター版を見てきた。

突っ込みどころ満載の感動巨編。

褒めるべきか批判するべきか相反する思いが去来する映画である。

だが,冒頭と終盤を飾る,故ジョルジュ・ドンによる「ボレロ」の演舞は,これを見るだけでも映画を見に来たという価値がある。

Bolero001s

本作は,第二次世界大戦に翻弄された米仏独露4つの家族の歴史が複雑に交錯する群像劇である。Wikipediaによると,シナリオ技法的には「より縄形式」というのだそうだ。

それぞれの家族にはモデルとなった実在の人物がいる:

といった具合である(ちなみに,ジョルジュ・ドンは92年11月30日,ルドルフ・ヌレエフは93年1月6日,時をおかずして共にエイズで没した)。

激動の20世紀,4つの家族の運命が交錯し合い,最後には1980年にパリ・トロカデロ広場で開催された,ユニセフ・赤十字共催のチャリティー・ショーに主要人物たちが集合する。このチャリティー・ショーの目玉が冒頭と終盤を飾るジョルジュ・ドンのボレロの演舞である。

「いい作品です」と書いて擱筆してもよいのだが,突っ込みどころについて書かないとモヤモヤするので,以下述べてみる。


◆   ◆   ◆


無理のある一人二役

第二次世界大戦時の登場人物たち(親世代,第1世代と言っておく)を演じた役者たちが,戦後育った子供たち(第2世代,だいたい1940年代生まれ)をも演じたりするので,見ていて混乱する。

スターリングラードの戦いで戦死したボリス・イトビッチとその息子,世界的バレー・ダンサー,セルゲイ・イトビッチの両方をジョルジュ・ドンが演じているが,ボリスは髭あり,セルゲイは髭無しなのでこれは区別がつく。ジャック・グレンと息子ジェイソン・グレンの両方も髭あり・髭無しで区別がつく。

問題は,スーザン・グレンと娘サラ・グレン(どちらもジェラルディン・チャップリン=あのチャーリー・チャップリンの娘),シモン・メイヤーと息子ロベール・プラ(どちらもロベール・オッセン)。第2世代中心に時代が移っているときに第1世代の回想シーンとか出てくると,「???」と混乱する。

第1世代と第2世代とを同じ役者が演じることによって,外観年齢的にいかがなものかと思われることも多い。

とくに目立つ例を挙げると,ロベール・プラ(ロベール・オッセン)。戦友たちと一緒にアルジェリアから帰還したロベール・プラはどう見ても20代には見えない(アルジェリア戦争終結は1962年で,ロベール・プラは1941年生まれだから21歳ぐらいのはず)。

まあとにかく,登場人物が多いうえに,無理な一人二役によって,ストーリーがややこしくなっていることは確か。

YCAMでは親切なことに下のような人物相関図を配布してくれた:

Bolero004

ありがたいことである。

言語には気をつけよう

やはり,ソ連の人々だったらロシア語,ドイツの人々だったらドイツ語を使うべきだろう。ボリス・イトビッチが妻に宛てた手紙を読み上げるシーン,フランス語で読むのはいかがなものか?カール・クレーマーも序盤でドイツ語をちょっとだけ話しただけで,あとはフランス語か英語。雰囲気が出ません。


戦後がダラダラ

第二次世界大戦前夜から終戦までは話が引き締まっていた。戦後の描写がダラダラしていけん。アルジェリア帰還兵たちの交流とか喧嘩とか必要だろうか?あと,エディットがCMか映画の収録でダンサーとして踊りまくっているシーンとか,ロベールの息子,パトリック・プラ(第3世代)が空母で勤務しているシーンとか。「ロッキー」とか「フラッシュダンス」とか「トップガン」とか混ぜたような描写。まあ,「フラッシュダンス」と「トップガン」の方が本作よりも後の作品なのだが。

戦後史を背景に人々の人生を描くというのであれば,「フォレスト・ガンプ」の方がうまくできている。そういえば,本作ではベトナム戦争やパリ五月革命が全く出てこないがそれでいいのか?

パリ解放後,ジャック・グレン率いるジャズ・バンドの演奏のもと,フランス市民が米兵と歓喜のダンスを繰り広げているあたりは感動的だった。その辺りで終わればいい話になったと思うが,そうするとジョルジュ・ドンのボレロが無くなるので,やはりだめか。


グレン・ミラーの子供たちがカーペンターズになった?!

グレン・ミラーをモデルとしたジャック・グレン。その子供たち,ジェイソンとサラは兄弟で音楽活動を行い,世界的に有名になる。ジェイソンはサラのマネージャーなので,カーペンターズとは違うのだが,グラミー賞を3回とったり,妹が病的になったりするあたり,カーペンターズを彷彿とさせる。グレン・ミラーの子供たちがカーペンターズになるというパラレル・ワールドのアメリカ音楽史がここに描かれている。


ようするにユニセフ・赤十字のプロモーション映画なのか?

本作の終盤,エディット(仏)がテレビ・レポーターを務め,カール・クレーマー(独)がオーケストラを指揮し,サラ(米)が歌い,セルゲイ(露)の肉体が躍動する感動の音楽イベントが開催される。それが,ユニセフ・赤十字共催のチャリティー・ショーである。ボレロの演奏が終わり,拍手喝さいの中,暗転して物語が終わり,エンドロールに移ればこの映画は引き締まっただろうと思う。

ところが,エンドロールが流れる中,パリの街の空撮が始まり,赤十字の車列が映し出される。さらに赤十字の大型ヘリコプター2台がエッフェル塔の周りを巡る。最後の最後になって,ユニセフ・赤十字のプロモーション映画みたいになった。この映画,チャリティー協賛映画だったのだろうか?


◆   ◆   ◆


ちょっと突っ込みすぎたかもしれない。本作,音楽のレベルは高いし,映像は美しいし,ジョルジュ・ドンの踊りは圧倒的だし,クロード・ルルーシュ監督(「男と女」で有名)の意気込みは伝わってくる。しかし,盛り込みすぎて突っ込みどころ満載になってしまった感は否めない。カンヌ映画祭でパルム・ドールをはじめ,オフィシャルセレクションの賞をいずれも逃しているのはむべなるかな,と思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016.04.26

(続)ワールポラ・ラーフラ『ブッダが説いたこと』を読む

スリランカの高僧であり,哲学博士号(PhD)を持つ仏教研究者であるワールポラ・ラーフラ師による「現時点で入手できる最良の仏教入門書」(by Prof. Gonbridge [Oxford])。

先日もこの本についての記事を書いた(参照)が,よく売れているようだ。実に読みやすい。

「日本仏教」に慣れ親しんだわれわれ日本人にとって,原始仏教はむしろ真新しく見えることだろう。

ブッダが説いたこと (岩波文庫)ブッダが説いたこと (岩波文庫)
ワールポラ・ラーフラ 今枝 由郎

岩波書店 2016-02-17
売り上げランキング : 3720

Amazonで詳しく見る
by G-Tools


先だっての記事(参照)でも書いたことだが,仏教は信仰/信心に立脚しない。

ブッダの言葉:

"Atta hi attano natho"(Dhammapada Verse, 160)

は「自分自身が,自分のよりどころである」(本書136頁)と解される。仏教では自分で考え,理解することが要求される。ブッダは涅槃に至る道を示すのみで,歩むのは各人である。

そうすると,お寺に参って仏像を拝んだりする行為,あれは何だ,ということになるが,あれは道を教えたブッダを追憶し敬意を捧げるのが本来の姿であって,御利益を求めたり,盲信したりしてはいけないわけである。

仏教徒には四聖諦について学び,四聖諦の第4「ドゥッカの消滅(涅槃)に至る道」である八正道を実践することが求められる。

四聖諦は神や魂といった概念の否定に至るので,世人には受け入れがたいものだろう。ブッダはこれをよくわかっていて,悟りに至った当初は教えを広めることに躊躇していたという。

しかし,世間には様々なレベルの人が存在し,中にはブッダの教えを理解する者もいるだろう,ということで,説法を決意したのだという(本書123頁~124頁)。


◆   ◆   ◆


ブッダは教えを実践するための環境,つまり社会経済基盤についても考えていた。このあたりは本書第8章で触れられているが,戦乱や貧困を無くすことが仏教の実践にあたっての重要課題である。過去,そんなことができたのか,という疑問に対してはマウリヤ朝のアショーカ王の事跡が一例として挙げられる(本書185頁~187頁)。現代においてはどうか,というと本書の訳者・今枝由郎先生は解説の中でブータンの事例を挙げている。


◆   ◆   ◆


仏教については雑多な知識を持っていただけの小生だが,本書で初めて原始仏教の体系的な全貌を知ることができた。と,同時に現在の日本仏教というのは別の宗教なのではないかという疑問も生じてきた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016.04.24

スターウォーズ関連:100個あまりの惑星の旗を作ったデザイナー

だいぶ前の"WIRED"誌の記事だが,スコット・ケリーというニュージーランド出身のデザイナーが,仕事ではなく趣味として,スターウォーズに登場する100個あまりの惑星の旗を作ったという:

デザイナーが自作したスター・ウォーズ、100以上の『惑星の旗』」(WIRED, 2015年12月24日)

このサイトを見ると,それらの作品(旗)を見ることができる。

かつての共和国首星「コルサント」とか,アミダラと水生生物たちの星「ナブー」とか,イウォーク達が住む「エンドア」とか,それぞれの惑星の特徴を表す旗が勢ぞろい。

残念ながらファースト・オーダーに破壊された新共和国首星「ホスニアン・プライム」の旗は見当たらなかったが,そのうち作ってもらえるのではないかと思っている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016.04.22

【男たち,美しく】久々に『戦場のメリークリスマス』を観た【男騒ぎの】

数日前の深夜,日本映画専門チャンネルを流しながら,書類をまとめていたところ,懐かしの『戦場のメリークリスマス』が始まった。仕事を放り出してじっくり観た。ちゃんと観たのは四半世紀ぶりか。


「男たち,美しく」そして「男騒ぎの」

この映画は1983年の作品。当時,ビートたけしとデヴィッド・ボウイは36歳,坂本龍一は31歳,トム・コンティは41歳だった。当時,小学生~中学生だった小生から見れば皆,おじさんたちだった。しかし,現在の小生から見れば皆,遥かに若い。フレッシュでキラキラしている。「男たち,美しく」というキャッチコピーの意味は今でこそわかる。

ちなみにデヴィッド・ボウイは1月8日,坂本龍一は1月17日,ビートたけしは1月18日の生まれである。メインの4名のうち3名が1月生まれで何やら奇縁を感じる。

「男騒ぎの」というキャッチコピーは天才的だ。大島渚監督が考えたのだろうか? とあるブログ(参照)で「大島渚監督は,遺作となった『御法度』に至るまでずっと,この“男騒ぎ”ってな言い回しがテーマに思えて仕方が無いよね」と記している人がいるが,全く同意。


◆   ◆   ◆


ここは死後の世界

「何て美しい映画なのだろうか。ジャワの青い空に深い緑の中の捕虜収容所,映像に映し出される全てのものが美しい,そしてあの印象的な音楽も美しい」(by こねこねこ堂

この映画は映像と音楽が競い合う素晴らしい作品である。セリアズがヨノイにキスをするシーン。画面がガクガクと揺れ動くのだが,これは機械の故障により生まれた奇跡であるという。このシーンのバックに流れる,坂本龍一作曲の「種を蒔く」も素晴らしい。「音楽の学校」だっただろうか,キョージュは雅楽の笙をモデルとしたと言っていたと記憶する。笙の音は天上の音楽。つまり,映画の舞台となった熱帯の収容所は一種,天国,死後の世界だったのである。


◆   ◆   ◆


「映画音楽」か「音楽映画」か

映像表現に緻密な計算(機械の故障による奇跡もあった)があったように,音楽についても緻密な計算があった。その辺りは「音楽の学校」でキョージュ自身が浅田彰らを横に置いて解説している。

和音の豊かさを追求したドビュッシー,サティ,ラヴェルの系譜の上に,東洋的な旋律と西洋的な伴奏を対峙させるというとてつもない高度な技術を駆使して作り上げられた曲。それが「メリークリスマス,ミスターローレンス」だという。

作り方の順番としては映像があって,それに合わせて音楽がつけられたのだが,後から見ると音楽が主体で,それに合わせて映像が存在するというようにも見える。「映画音楽」か「音楽映画」か。

戦場のメリークリスマス Blu-ray戦場のメリークリスマス Blu-ray

紀伊國屋書店 2013-11-23
売り上げランキング : 62863

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016.04.19

暮らしの手帖社『暮らしのヒント集』を読む

先日からNHKの朝ドラで『とと姉ちゃん』が放映されている。

「とと姉ちゃん」小橋常子のモデルは大橋鎭子だが,その大橋鎭子が花森安治とともに立ち上げたのが「暮らしの手帖社」である。

暮らしの手帖社から発行された本を以前紹介したことがある(参考)。その時紹介した本は大橋鎭子編著の『すてきなあなたに』という本だった。大橋鎭子は美しい昭和文体で書く人だった。

今回,紹介するのは『暮らしのヒント集』という本だ。短文で構成されているため,『すてきなあなたに』よりも軽く,気軽に読める。

暮らしのヒント集暮らしのヒント集
暮しの手帖編集部

暮しの手帖社 2009-04-03
売り上げランキング : 11639

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

本書の著者は「暮しの手帖編集部」であって,『すてきなあなたに』のように特定の著者による本ではない。しかしそれだけに万人にも受け入れられそうな生活のヒントがちりばめられている。

小生が「おっ」と思ったヒントを2つ引用してみよう:

22
どんなことでも,まずはお金を使わずにできるかを考えてみましょう。それが工夫の一歩になります。
31
大変な仕事は,自分を見つめるためのいいチャンスです。新しいことを学ぶチャンスだととらえましょう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016.04.13

ワールポラ・ラーフラ『ブッダが説いたこと』を読む

ここ数年,今枝由郎先生が次から次へと仏教書を訳しては上梓している。これもその一冊だが,とても読みやすく面白い。

ブッダが説いたこと (岩波文庫)ブッダが説いたこと (岩波文庫)
ワールポラ・ラーフラ 今枝 由郎

岩波書店 2016-02-17
売り上げランキング : 3720

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

奥付を見ると,小生が買ったのは2016年3月15日発行の第2刷。第1刷は2016年2月16日だから,ひと月足らずで増刷したことになる。

結構売れているということ。こんな時代,迷いを抱え,仏教に何かを求める人が多いということか?

著者ワールポラ・ラーフラ師はスリランカの高僧であり,哲学博士号(PhD)を持つ仏教の研究者でもある。

この本を読んでまず思うのが,元来の仏教は他の宗教とはきわめて異質であるということ。とくに,信仰/信心に立脚しない点が特徴である。

「肝心なのは,知識あるいは叡智を通じて見ることであり,信心を通じて信じることではない」(43ページ)

仏教では自由と自己責任性が重視され、人間は自らを拠り所とし、自らの努力と知性によってあらゆる束縛から自分を解放しなくてはならない。師の教えを無条件に受け入れてはならない。師は道を示すのみである。人々は自らその道を歩まなくてはならない。科学が方程式の丸暗記ではなく、観察事実に照らしながら論理を踏まえて思索を繰り返していくプロセスで構成されていることに似ている。

同じスリランカ出身のアルボムッレ・スマナサーラ長老(テーラワーダ仏教長老)がよく「仏教は心の科学」と言っているのだが,そのセリフが思い起こされる。

仏教は心の科学  (宝島社文庫)仏教は心の科学 (宝島社文庫)
アルボムッレ・スマナサーラ

宝島社 2008-06-03
売り上げランキング : 103427

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

「思想の自由と寛容」というのも仏教の特異な点である。

『ブッダが説いたこと』では次のようなエピソードが紹介されている:

仏教のライバルであるジャイナ教の開祖マハーヴィーラがその高弟ウパーリをブッダの許に送り,論戦を挑ませた。論戦でウパーリがブッダに負けた。ウパーリがブッダに弟子入りを申し出ると,ブッダはウパーリに再考を促した。ウパーリが再び弟子入りを申し出ると,ブッダはウパーリに今まで師事した人々を尊敬し支持するように促した。

他の宗教を尊重するという「共感的相互理解」の精神は仏教の中核部分の一つであろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016.04.11

うちの猫:おこま

実はうちでは1月末から猫を飼っている。

Okoma

うちは夫婦そろって犬派のはずだが,何の因果か,野良の雌猫を飼うことになった。

Dsc_0655

Dsc_0656

名をおこまという。

名前の由来だが,賢明なる諸兄はすでに感づいているかもしれない。

江戸後期に山東京山と歌川国芳の2巨匠がコラボして世に送り出した戯作『朧月猫の草紙』の主人公の雌猫の名前である。

おこまの大冒険 朧月猫の草紙おこまの大冒険 朧月猫の草紙
金子信久

パイインターナショナル 2013-11-18
売り上げランキング : 131862

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

この本は以前にも紹介(参照)したが,江戸時代の戯作らしい,のんびりした可笑しな作品である。

『朧月猫の草紙』のおこまは,鎌倉の鰹節問屋のきれいな猫,という設定。うちのおこまはどうかというと……。夜は瞳孔が開いてかわいく見えるが,日中見ると『伊藤潤二の猫日記 よん&むー』のよんに近い感じ。

伊藤潤二の猫日記 よん&むー (ワイドKC 週刊少年マガジン)伊藤潤二の猫日記 よん&むー (ワイドKC 週刊少年マガジン)
伊藤 潤二

講談社 2009-03-13
売り上げランキング : 4909

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016.04.03

楊海英(大野旭)『日本陸軍とモンゴル』を読む

先月末のクアラルンプール出張の折,往復のフライトで2冊読んだという話を書いた。往路に読んだのが角幡唯介『空白の五マイル』で,復路に読んだのが楊海英『日本陸軍とモンゴル - 興安軍官学校の知られざる戦い』(中公新書)である。

著者はモンゴル人で,今は静大の教授をしている。日本名を大野旭という。

本書は,日本陸軍の力を利用しながらモンゴルの独立を勝ち取ろうとした軍人民族主義者たちの苦闘を描いた歴史書である。陸士出の軍人,ジョンジョールジャブ(正珠爾札布)が最も重要な登場人物であり,モンゴル聯合自治政府を率いた徳王(ドムチョクドンロプ)なども主要人物として登場する。

日本陸軍とモンゴル - 興安軍官学校の知られざる戦い (中公新書)日本陸軍とモンゴル - 興安軍官学校の知られざる戦い (中公新書)
楊 海英

中央公論新社 2015-11-21
売り上げランキング : 176084

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

著者の主張は非常に明快で,モンゴル人自身による民族自決と独立運動の歴史を全面的に肯定している。”満蒙独立運動は日本陸軍によって扇動されたもので,それは過ちだった”とする日本の一部の歴史家たち,また,”悪い日本人に盲従していたモンゴル人を中国人が解放した”とする中国の歴史家たち,そのどちらの立場をも完全に拒否している。

清朝においてはモンゴル人は満州人の同盟者であり,モンゴル人の生活圏である草原は保全されていた。ところが清末から状況が一変する。モンゴルの草原に漢民族が進出し,開墾という名で環境を破壊していった。ここからモンゴル人の苦闘が始まる。モンゴル人の独立とは中国からの独立を意味し,日本の手を借りて,それを実現しようという運動が生じたわけである。

この独立運動の中でジョンジョールジャブらの日本(陸軍士官学校)への留学やモンゴル軍人育成のための興安軍官学校の設立といった出来事が生じる。

日本はモンゴルの軍人民族主義者たちから独立支援者として期待を寄せられていた。しかし,やがて日本帝国を構成する一民族としての扱いに甘んじなくてはいけないことが明らかになるにつれ,日本への期待は幻滅へと転じていく。モンゴルの軍人民族主義者たちの日本への不満は澱のように蓄積し,著者が「草原の二・二六事件」と呼ぶ「シニヘイ事件」へと結実した。

日本仕込みの精兵であるモンゴル軍人たちは日本の敗戦後,国民党・共産党両陣営で戦力として活用された。共産党の勝利で内戦が終わると今度はモンゴル軍人に対する粛清が始まった。生き残ったモンゴル軍人たちは今度はチベット占領に活用される。「夷を以て夷を制す」という漢民族の伝統的な施策である。内モンゴル自治区という行政区域はできたものの,漢民族による統治が行われているのが実態であり,民族自決は未だに実現していないーー。

これまであまり知らなかったのだが,中国の領土内におけるモンゴル人の苦闘の歴史に触れることができた。


◆   ◆   ◆


この本,とても興味深い本だったのだが,ある種,困った本でもあった。

というのも,日蒙混血の青年軍人・ウムボルトを主人公とする歴史群像劇,安彦良和『虹色のトロツキー』を読んで頭の中に出来上がっていたジョンジョールジャブ像がガラガラと音を立てて崩れていったからである。

虹色のトロツキー愛蔵版3虹色のトロツキー愛蔵版3
安彦 良和

双葉社 2010-06-16
売り上げランキング : 600655

Amazonで詳しく見る
by G-Tools


ジョンジョールジャブは『虹色のトロツキー』の38章,愛蔵版だと3巻の中頃で登場する。創作の中でのこととはいえ,ウムボルトの同僚,須藤中尉からは「くわせ者」,ウムボルトからは「日本人よりもずっと心が汚い!」「モンゴル民族の恥だ!」「天の裁きを受けろ!」とまで言われた人物である。

得体のしれない,怪しい人物だったジョンジョールジャブが『日本陸軍とモンゴル』の中では民族自決のために生きた魅力的な人物として描かれている。

ついでながら『日本陸軍とモンゴル』の中ではジョンジョールジャブの盟友として野田又男が度々登場する。ノモンハンにおいて両者は興安師の指揮官として活躍しているのだが,『虹色のトロツキー』の中では両者の強い紐帯を示すようなエピソードは皆無である。

『虹色のトロツキー』は1990年11月から1996年11月にかけて「月刊コミックトム」に連載された作品である。その頃に本書『日本陸軍とモンゴル』があったとしたら,ジョンジョールジャブや野田又男の描かれ方は全く違っていたのだろうな,と時代の制約のようなものを感じた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016.04.02

角幡唯介『空白の五マイル』を読んだ

3月末にクアラルンプールまで出張してきた。なんか2週間に一度ずつ東南アジアに出張している。どうにかしてほしいこの状況。

それはそれとして,往復のフライトで本を2冊読み終えた。その一つがこれ,角幡唯介『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(集英社文庫)。ツマから借りた本である。

空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む (集英社文庫)空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む (集英社文庫)
角幡 唯介

集英社 2012-09-20
売り上げランキング : 25213

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

ツアンポー峡谷というのは,地球最後の秘境の一つで,チベットの東の果て,コンボと呼ばれる地域にある。ヤル・ツアンポーという川が作り上げた大峡谷である。チベットというと乾燥した高原というイメージだ。しかし,ツアンポー峡谷はヒマラヤ山脈の東端で,南からモンスーンの湿った風が入り込む場所にある。そのため湿った密林に覆われ,人を容易には寄せ付けない。

19世紀後半からキントゥプ,ベイリーといった探検家がこの人類未踏の地に挑んだ。そして1924年に偉大なプラントハンターとして知られるキングドン=ウォードがこの地域を踏破し,ごく一部の区間を残してツアンポー峡谷の全貌を明らかにした。このキングドン=ウォードが到達できなかった区間は「空白の五マイル」と呼ばれ,多くの探検家を惹きつけてきた。しかし,1959年の中国共産党によるチベット占領以降,外国人がツアンポー峡谷に近寄ることは困難となっていた。

この空白の五マイルに2002年から2003年と2009年の2回挑んだのが,著者である。

本書はキントゥプに始まりイアン・ベイカーに至る百数十年のツアンポー探検史のパートと,著者自身の探検記録のパートとが交錯しながら展開するノンフィクション作品である。

ツアンポー探検史のパートは決して無味乾燥な歴史年表のようなものではない例えば,1993年9月にツアンポー峡谷に挑んで死んだ武井義隆――著者の大学の先輩にあたる――を描いた第三章「若きカヌーイストの死」は,武井とともに川に挑んだ只野靖やその他の関係者への取材・証言をもとにした,血肉の通った一章となっている。これだけで一つのドキュメンタリーとなりうる内容の濃さがある。

著者自身の探検記録のパートも迫真の描写に圧倒される。ダニの襲撃やイラクサの恐怖,寒さと湿り気により次第に感覚を失っていく足,食料不足によって次第にやせ衰えていく肉体。なぜこうまでしてツアンポー峡谷に挑もうとするのか。著者自身得ていない答えを読者も共に考えることとなろう。


◆   ◆   ◆


以下蛇足。

じつは,この本を読む前にキングドン=ウォードの『ツアンポー峡谷の謎』(岩波文庫)を読もうとしたことがある。だが,土地勘がないのと,540頁の大部であるのと,そして角幡唯介が言うように「彼の文章が退屈である」という事情により,100ページほどで断念していた。

今回,『空白の五マイル』を読んだことによって,ツアンポー峡谷に関するイメージが形成された。前よりは読みやすくなっているだろう。改めて『ツアンポー峡谷の謎』にチャレンジしたい。

ツアンポー峡谷の謎 (岩波文庫)ツアンポー峡谷の謎 (岩波文庫)
F. キングドン‐ウォード Frank Kingdon‐Ward

岩波書店 2000-05-16
売り上げランキング : 212919

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2016年3月 | トップページ | 2016年5月 »