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2016.02.01

柳亭種彦『偐紫田舎源氏(にせむらさきいなかげんじ)』を買った件

この週末,広島に出張していたのだが,昼休みに立ち寄った古本屋で衝動買いしたのがこれ,柳亭種彦『偐紫田舎源氏(にせむらさき いなかげんじ)』である。

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普段はあまり江戸文学に手を出さないのだが,割と綺麗だったのと,3巻並ぶと壮観だったのと,現時点では絶版になっているのと,そして3巻で900円だったということで,サクッと買ってしまった。

柳亭種彦は文化・文政・天保期(1800年代前半)に活躍した作家で,本名高屋彦四郎という旗本であった。

偐紫田舎源氏(にせむらさき いなかげんじ)』は,「にせ紫の今の式部」とあだ名される,日本橋在住のお藤という女性が書いた小説という体裁をとっている。

内容は源氏物語の世界を室町時代に移植したものである。光源氏にあたる貴公子は将軍足利義正(あしかが・よしまさ)の次男,足利次郎光氏(あしかが・じろう・みつうじ)である。

江戸時代の文章そのままなのでやや読みづらいが,七五調なのでブツブツ声に出しながら読んでみると,あら不思議,頭に入って来る。

冒頭はこんな調子:

「花の都の室町に,花を飾りし一構え,花の御所とて時めきつ,旭の登る勢いに,文字も縁ある東山,義正公の北の方,富徽(とよし)の前と聞こえしは,九国四国に隠れなき,大内為満が娘にて,既に去る年御産の紐,安らかに解き給い,男子(おのこご)もうけしかば,昔にいや増し人々の,尊敬大方ならざりけり。」

本家光源氏は色好みの貴公子として知られている。足利光氏も本家と同じく見目麗しく,表面上は色好みの貴人として知られているものの,それは仮の姿で実は将軍家を守ろうとする知勇備えた武人として描かれている。

本家源氏物語の世界と異なり,田舎源氏の世界は結構血なまぐさい。源氏物語の「桐壺」の巻に当たる田舎源氏の初編・二編ですでに腰元や修行者が刺殺されたり,光氏が切腹を図ったりする。かつてドナルド・キーンが「物語の中では対立は暴力に及ぶことがなかったし,そこには戦争がなかった」(『ドナルド・キーン自伝』)と称えた源氏物語の美しい世界が台無し。

とは言え,優れた心理描写や人間の哀しさについての考察といったものは本家に任せておけば良いと割り切って,江戸の庶民好みのエンターテイメントに換骨奪胎したというところが,柳亭種彦のプロ意識であり,この小説の価値であると思う。


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キーン先生は戦時中,暴力のない美しい世界と人間の深い悲しみを知る登場人物たちを描いた源氏物語に心を奪われ,以後,日本文学の研究に没頭することになる。最初に読んだのがこの『偐紫田舎源氏』だったら,そうはならなかっただろう。

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