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2016.02.28

タイで飲んでみた

さて,チェンマイで会議中にこういうものを出されたので飲んでみた。

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これは,実はココナッツの皮(正確には固形胚乳)に包まれたココナッツジュース(液状胚乳)である。

ココナッツの外側の硬い殻をどうやってか知らないが剥がして,やわらかい内側の皮(固形胚乳)を取り出して商品化したもの。

ココナッツ丸ごとを容器にしてココナッツジュースを提供するものはあちこちの露店で売られているが,これは初めて見た。

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2016.02.25

これからチェンマイに行くわけですよ

さて,国内での仕事が完全には片付かない状況で,今度はチェンマイまで出張する次第。現在,移動中なわけです。

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現在,円安にシフトしつつあるわけだが,海外に行くときには助かる。バーツにせよ,ドルにせよ,一時期からちょっと下がった。両替の差額は一食分である。

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蘇我マニア必読の書倉本一宏『蘇我氏―古代豪族の興亡』

これまでも本ブログで紹介してきているが,倉本一宏『蘇我氏―古代豪族の興亡』は蘇我マニア必読の書である。

蘇我氏 ― 古代豪族の興亡 (中公新書)蘇我氏 ― 古代豪族の興亡 (中公新書)
倉本 一宏

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著者の蘇我氏に対する思い入れは桁外れである。蘇我氏の行く末を中世までトレースしているのは執念としか言いようがない。

大体の古代史の本では入鹿暗殺以降は蘇我氏についての記述がなくなるのだが,この本書の記述の半分は大化の改新以降のことである。

終章の著者の発言には著者の蘇我愛がみなぎっている:

これまで,古代氏族蘇我氏の興亡をたどってきた。乙巳の変における「蘇我氏の滅亡」などという言い方が,まったく史実を誤っていることは明らかで,それ以降の古代史を必死に生き抜いてきた蘇我氏(および石川氏・宗岳氏,またその同族)に対して,失礼というものであろう。(『蘇我氏―古代豪族の興亡』,250ページ)

著者の蘇我愛を感じるのは,これまで見たことがないオリジナルの単位,「蘇我氏濃度」という単位が本書のあちこちに見られることである。

「蘇我氏濃度」というのは,蘇我氏との血縁の濃さを測る単位で,例えば,馬子の妹・堅塩媛(かたしおひめ)と欽明天皇の間に生まれた橘豊日大兄王子(後の用明天皇)は蘇我氏濃度1/2である。

用明天皇と馬子の姪・穴穂部間人王女の間に生まれた厩戸王子(後の聖徳太子)は蘇我氏濃度1/2,聖徳太子と馬子の娘・刀自古郎女の間に生まれた山背大兄王は蘇我氏濃度3/4である。

大王/天皇家と蘇我氏との結びつきを示すうえで画期的な単位だと思うが,入鹿(とその他皇族・豪族のみなさん)によって蘇我氏濃度の濃い山背大兄王が滅ぼされた事件は蘇我氏濃度だけでは説明できないので,この単位は説明変数としては万能ではない。

(むしろ,非蘇我系皇族・中大兄王子と中臣鎌足によって山背大兄王と蘇我蝦夷・入鹿とがまとめて滅ぼされた,と考える鯨統一郎説(『邪馬台国はどこですか?』所収)のほうが,蘇我氏濃度による説明がしっくりくる)

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『蘇我氏―古代豪族の興亡』の第5~第7章は,奈良時代以降の蘇我氏の行く末(石川氏,宗岳氏)を詳述しているのだが,著者の蘇我愛が強すぎて,中級・下級官人となった蘇我氏の子孫の名前のオンパレードとなり,全く覚えきれない。こういうのは表にまとめてくれないかな,と思うのだが,「必死に生き抜いてきた蘇我氏に対して,失礼」と怒られかねない。

まあとにかく,本書でわかるのは,

蘇我氏は死なず。ただ(宮廷から)立ち去るのみ

Soga clan never die. They just fade away.

ということだろう。

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2016.02.24

試合終了。トランプは共和党の大統領候補になる!

ネバダ州の共和党党大会でトランプが勝ったとの話。これで3連勝。

一時は泡沫候補と呼ばれた面白おじさんだったが,本命&ブッシュ家の秘蔵っ子ジェブ・ブッシュを完全に沈め,いまや共和党の候補者リストのトップに躍り出ている。

CNNのコメンテーター,メル・ロビンス (Mel Robbins)はこう書いている:

"Robbins: It's over; Trump is going to be the Republican nominee"

メル・ロビンスは次のようなことを言っている:

  • 共和党の実力者たちは間違え続け,トランプは正しく選挙戦を戦ってきた
  • トランプの攻勢に対して,ライバルたちは誰一人として反撃ができなかった

トランプはモンロー主義者でリバタリアンだ。米国外の争いへの介入には否定的だ。

昨年12月15日の共和党候補者同士の論戦では,イラク戦争について恐ろしくまともなことを言っている:

"We've spent $4 trillion trying to topple various people that, frankly, if they were there and if we could have spent that $4 trillion in the United States to fix our roads, our bridges, and all of the other problems — our airports and all the other problems we have — we would have been a lot better off, I can tell you that right now.

We have done a tremendous disservice not only to the Middle East — we've done a tremendous disservice to humanity. The people that have been killed, the people that have been wiped away — and for what? It's not like we had victory. It's a mess. The Middle East is totally destabilized, a total and complete mess. I wish we had the 4 trillion dollars or 5 trillion dollars. I wish it were spent right here in the United States on schools, hospitals, roads, airports, and everything else that are all falling apart!" (Vox)

つまり,イラク戦争は全くの徒労。やらなかったほうが良かった。失われた命は戻らない。中東を混乱に陥れた。イラク戦争に投じた4兆ドルがあれば,どれだけの公共施設を整備することができたか……と言っている。

トランプの猛攻の前に,ブッシュ家最高の人材だと言われてきたジェブは完全に沈められた。

民主党候補者もトランプを無視することはできなくなってきた。トランプの考え方が全米に広がっていることを認識したからだ。

本命ヒラリー・クリントンの発言はトランプに似てきた。日本と中国が為替操作をしていると名指しで批判を始めた。

民主社会主義者サンダースが勝つ可能性はまだ残っているが,おそらくはヒラリーが民主党の大統領候補となるだろう。

トランプとヒラリーのいずれかが大統領になるにせよ,日本に対する風当たりは強さを増すだろう。

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2016.02.22

さて,蘇我氏のことですが……

昨年末に蘇我氏に関する新書が2冊ほぼ同時に登場し,本ブログでも「いま,蘇我氏がアツい」などと取り上げてみたわけである。

およそ2か月経ったということで,そろそろこの2冊を比べながら,心に移りゆくよしなし事を書き綴ってみたいと思う。

蘇我氏の古代 (岩波新書)蘇我氏の古代 (岩波新書)
吉村 武彦

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蘇我氏 ― 古代豪族の興亡 (中公新書)蘇我氏 ― 古代豪族の興亡 (中公新書)
倉本 一宏

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吉村武彦先生にせよ,倉本一宏先生にせよ,645年の入鹿暗殺(乙巳<いっし>の変)をきっかけに蘇我氏が滅亡したわけではない,という主張は一緒である。

乙巳の変によって滅んだのは蘇我本宗家であって,その他の蘇我氏は生き残っている。

吉村先生の著書では蘇我倉山田石川麻呂の血統=石川氏を8世紀まで追跡して終わっているが,倉本先生の著書では石川氏の行く末を10世紀の摂関期まで追跡しており,蘇我氏に対する倉本先生の執念のようなものを感じる。

蘇我氏の根拠地を大和国高市郡曽我に比定していること,また,蘇我氏帰化人説を否定していることなども両書がともに主張していることである。

蘇我氏帰化人説に関して倉本先生などは「現在でも世間では蘇我氏が渡来人であると考えている人に出会うことがよくあって,本当に驚かされる」(『蘇我氏―古代豪族の興亡』(中公新書),7ページ)と声を大にして否定している。


◆   ◆   ◆


吉村版倉本版と二つも蘇我氏の本があってどちらを先に読んだらよいのか悩む人がいるかもしれない。

小生としては,情報が網羅的で記述に癖が少ない吉村版を先に読む本としてお薦めしたい。『蘇我氏の古代』(岩波新書)では,連と臣の違いや「名負いの氏」(物部氏,大伴氏など)と地名を名乗る氏(蘇我氏)の違いのような日本の氏姓制度の特徴,また律令制下における蔭位制度の意義に関して丁寧な解説があるが,倉本版ではこうした制度についての解説はない。吉村版は索引がついているので,あとから読み返す場合には便利である。吉村版を読んでから倉本版に進むのが良いと思う。


倉本版は記述に癖がある。それがまた良い味わいを醸し出しているとも言えるが。

例えば,大王/天皇の和風諡号に関してはこだわりがあるようで,節が改まる度に,和風諡号で大王/天皇を呼ぶので,読むのが結構煩瑣だったりする。

例えば,『蘇我氏―古代豪族の興亡』(中公新書)第1章の冒頭の部分では,雄略帝は「大王大泊瀬幼武<おおきみおおはつせのわかたけ>(雄略)」,即位前の欽明帝は「天国排開広庭王子<あめくにおしひらきひろにわのみこ>」と記述している。そののち,14ページも進むと,再び「大王大泊瀬幼武<おおきみおおはつせのわかたけ>(雄略)」の記述が,さらに6ページ進むと「天国排開広庭<あめくにおしひらきひろにわ>(欽明)」の記述が現れる。通常の新書であれば和風諡号を一回示したら,その後は漢風諡号で済ますことが多いと思うのだが,倉本先生は和風諡号を繰り返すことにこだわりがある様子。

あと,倉本版では実際に史跡を巡ったときの感想が書かれているのが印象的である。

例えば,葛城地方の中心から平石古墳群までの距離に関する考察の中では

「この地(平石古墳群)は……葛城山南麓の水越峠を越えれば案外に近いというのが,現地を歩いた実感である」(『蘇我氏―古代豪族の興亡』,21ページ)

と経験にもとづく感想を披露している。

また,「難波の堀江」に仏像が遺棄されたという話のついでに登場した,豊浦寺跡の向原寺に安置されていたという観音菩薩立像については,

「これは1974年に忽然と姿を消したものの,2010年にインターネットオークションで『発見』され,無事に寺に戻ってきたというから,ありがたい話である」(『蘇我氏―古代豪族の興亡』,39ページ)

と,わりあい砕けた感じの感想を書いている。

他にも蝦夷・入鹿の墓の可能性がある五条野宮ケ原1・2号古墳が住宅地として造成されてしまったことについては,

「この古墳の発見は何故かほとんど報道もされないまま,住宅分譲地として造成された。あと100mも東に寄っていたら,というか市境がもう少し西にあってこの古墳が明日香村に含まれていたら,このような事態にはならなかったはずである。現地に立つと,返す返すも死後にも残念な蘇我氏という印象が強くこみ上げてくる」(『蘇我氏―古代豪族の興亡』,122~123ページ)

と,文化・教育行政の無情さを嘆いている。

というわけで,新書という形式の気楽さからか,筆が滑りまくるのが倉本版の特色である。

こうした脱線が多いので本題を忘れそうになるのが倉本版の面白いところであり,困ったところである。

やはり,安定したトーンで易しく包括的な情報を提供してくれる吉村版を読んで蘇我氏に関する基礎知識を身に着けたうえで,癖のある倉本版を手にするのが正しい順番だと思う。

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2016.02.21

「宇部ぱん穀博覧会」に行って来た

宇部井筒屋の4階イベントスペースで「宇部ぱん穀博覧会」をやっているというのでツマと出かけてみた。

Pankoku

宇部市内外のベーカリーが大集合するイベントだという。

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行ってみたら,北海道物産展を超えるほどの賑わい。

入場制限があって順番を待つ長蛇の列。

宇部井筒屋史上,近年まれにみる客の数に井筒屋のスタッフも興奮気味だった。

会場はパンを買い求める客による異常な熱気に包まれていた。

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押し合いへし合いしながら宇部市中央町の"BENCH"のパンを買いました(ツマが)。

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新天町の「メルシー」も頑張っております。

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隣の山陽小野田市の「フランパン」の朝食向きっぽいパンも買いました(小生が)。

あとは宇部市島のお茶専門店"Chasitsu"のブースでブレンドティーを買ったり,"里山資本主義"「瀬戸内ジャムズガーデン」のブースでプレミアムジャムを買ったり。

よくわからないけど,今,パンって空前の人気なのでしょうか?

パンの漫画パンの漫画
堀 道広

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パン×漫画といえば,この人。

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2016.02.15

読書を投資とみなす考え方

ちょっと前に話題になったのが"The Observer"の「年間100冊を読破するための方法 (How to Read 100 Books a Year)」という記事。

抜粋して和訳したものがinfoseekなどで「読書は最高の「自己投資」。忙しくても1年に100冊の本を読む5つのコツ」という記事となって公開されている。

  • 1時間に50ページ読む
  • 通勤中/食事中/仕事の合間等に時間を割いて1週間に10時間は読書の時間をつくる

こうすれば

(52週/年)×(10時間/週)×(50ページ/時間)÷(250ページ/冊)=104冊

ということで,1年に100冊以上は読めるという。

まあ,それはわかるが,無理しないでも1週間に1冊ぐらいなら読める。普通に読書する人であれば,年に50冊ぐらいは読んでいることだろう。

それよりむしろ読書を投資とみなす考え方がちょっと気になる。

そこで少し思い出したのが今月の"WIRED"日本語版の編集長の言葉である:

「人材」,「資源」,「開発」,「投資」といった経済用語をもって人を語ることにますます慣れていく世の中に,いい加減辟易していたはずだった。それは,文化的,社会的なあらゆるものごとを商品化し,市場経済内の言葉と指標で評価し,それでもって評価できないものはないものとしようとする(なぜか加速している)趨勢と呼応しあって,ますます反感を募らせる。(若林恵 『WIRED』日本語版編集長)
WIRED VOL.21(GQ JAPAN.2016年3月号増刊)/特集 音楽の学校WIRED VOL.21(GQ JAPAN.2016年3月号増刊)/特集 音楽の学校

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読書に関して「投資」という言葉を使うのは人々を読書にいざなうための方便なのだろうと思う。

仕事のための読書というのものはあるが,読書の本質は,見返りを求めない,読書体験そのものにある。

読書は強制されないがゆえに素晴らしい。

読書は何か見返りを求めていないがゆえに素晴らしい。

音楽や絵画や映画の観賞と同じものが読書にはある。

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諏訪勝則『古田織部』を読む――織部は織部焼に関わっていたのか?

山田芳裕(やまだ・よしひろ)の『へうげもの』はすでに21巻に至り,終焉に差し掛かっている。

1巻から読み続けている小生としては感慨無量である。

そんな折,突如,中公新書からこんな本が出た:

諏訪勝則『古田織部』。

この本は歴史学の研究成果をもとに,『へうげもの』とは異なった織部像を描き出している。

古田織部 - 美の革命を起こした武家茶人 (中公新書)古田織部 - 美の革命を起こした武家茶人 (中公新書)
諏訪 勝則

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著者・諏訪勝則氏も漫画『へうげもの』のことは意識しているようで,「はじめに」でも触れている。

漫画『へうげもの』で描かれている織部像は諏訪氏の言う通り「ひょうきんで策士的な男」である。しかし,それは『へうげもの』という作品世界でのこと。史料を通して浮かび上がってくる織部の人物像は,懇切丁寧・沈着冷静な第一級の文化人といったところである。

例えば,本書の2章,3章では利休と織部の間で交わされた書簡が数多く紹介されているが,そこからは,諸事細やかな配慮のできる織部を利休が頼りにしていた様子がうかがわれる。と同時に書簡からは「利休が実は気さくで饒舌で機知に富んだ会話ができる人物であったこと」(本書108ページ)も浮かび上がっている。これでは,『へうげもの』の利休と織部が入れ替わってしまったようではないか。

本書では『へうげもの』では触れられていない,織部に関する史実が紹介されており,読んでいて驚かされる。


例えば,織部と連歌界とのつながり

これは鶴崎裕雄氏の研究成果によるものであるが,織部は信長に仕えていた頃に連歌界を取り仕切る里村一門の連歌会に度々参席していたことがわかっている。織部は利休門下に入る以前から,連歌を通じて著名な文化人と交流を深めていたようである(本書30~33ページ)。


また,黒田如水との交流

『へうげもの』では黒田如水と直接交流する場面はないが,実際には,織部が黒田如水に茶の湯を指導していた。本書ではこのことを示す書状が紹介されている(本書153~154ページ)。


また,勢高肩衝の由緒

『へうげもの』では本能寺の変の直後,織部が弥助から信長の形見として受け取ったことになっている。実際には本能寺の焼け跡から破片が発見され,修復後,秀吉のものとなり,そして秀吉から織部に渡ったということである。


さらにまた,織部が織部焼に関わっていたことを断定できる資料が無いことも驚きである。

『へうげもの』では織部が作陶に積極的に関わっていたことが当前のことのように描かれているが,本書によればそれは断定できないとのこと。織部が織部焼を茶会に用いていたことは間違いないものの,織部が織部焼を焼かせたかどうかを明確に示す史料はないという。

加藤唐九郎(あの永仁の壺事件の人)や矢部良明氏が織部が織部焼に深く関与していたことを推測しているが,あくまでも推測の範囲でのことである。


◆   ◆   ◆


本書は織部の人物像を描くとともに,なぜ織部が切腹を申し渡されたのか,という謎にも取り組んでいる。

大坂夏の陣で大坂方に内通していたというのが,表向きの理由である。

しかし,第一級の文化人として築き上げた人的ネットワークが,幕府にとって脅威であったから――というのが著者が推測する真の理由である。

これは利休にも関白秀次にも通じることである。利休は茶の湯を通して強固な人的ネットワークを構築していたし,(あまり知られていないが)関白秀次も文化事業を通して仏教界や公家社会とつながりを持っていた。秀吉にとっては,どちらも潜在的な脅威だった。

「利休・秀次・織部が有する隠然たる力は,権力者の手も及ばざるところにあり,排斥しなければならなかったと考えられる」(本書199ページ)。

シンプルだが理にかなった推測だと思う。

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2016.02.12

萩で雛人形を見てきた

この休み(建国記念日),萩に出かけてみた。

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瀬戸内側の宇部から日本海側の萩までは,小郡萩道路という立派な道路ができたおかげで,1時間少々あれば移動できる。そう遠くない。

萩では今,文化施設で雛人形を飾るイベント「萩城下の古き雛たち」というイベントをやっている。

以前にも訪れたことがある旧久保田家住宅を今回ものぞいてみたのだが,莫大な数の雛人形が飾られていて圧倒された。

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この家屋では500体以上の雛人形が飾られているらしい。

珍しいものとしては,享保年間に作られた,通称「享保雛」(久保氏蔵)があった。

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お内裏様の指が長い!

お内裏様とお雛様の並びが当世とは逆のように思う方もおられると思うが,旧久保田家住宅で解説してくれた方によれば,昨今の並び方(お内裏様が向かって左側,お雛様が向かって右側)は昭和天皇のご婚礼での並び方に倣ったものであるとのこと。

あと,

(1)お内裏様とお雛様は,関西では御殿形式で,関東では屏風形式で飾られること
(2)三人官女のうち,中央の三方を持った官女は既婚者であること(だから眉をそり落としている)

など,いろいろと解説の方からトリビアを教わった。ありがとうございました。

この旧久保田家住宅では,なぜか随所に市松人形が配置されていた。雛人形を護衛中?

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「萩城下の古き雛たち」は4月3日(日)まで開催。

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2016.02.01

『偐紫田舎源氏(にせむらさき いなかげんじ)』初編はこんな感じ

先日来,『偐紫田舎源氏(にせむらさき いなかげんじ)』を読んでいるが,雰囲気を伝えたいと思い,初編の内容を紹介してみる。


◆   ◆   ◆


舞台は足利将軍家の邸宅,通称「花の御所」。

時の将軍,義正(よしまさ)公は,正室(北の方)富徽(とよし)の前との間に嫡男義尚(よしひさ)をもうけていた。

この頃,義正は花桐(はなぎり)という女性を寵愛していた。花桐は心優しく見目麗しく,病弱であったがそれがかえって義正の気に入り,ついには義正の子を身ごもった。

富徽の前に仕える腰元・昼顔は花桐のことが気に食わない。そこで,小菊,桔梗という二人の召使とともに花桐への嫌がらせを企んだ。

ある春の夜,花桐が腰元・杉生(すぎばえ)を伴って義正の寝所に行こうと廊下を歩いたところ,床には魚の内臓が巻き散らされており,着物の裾が汚れてしまった。杉生が着替えを取りに部屋に戻り,花桐が廊下で一人で待っていたとき,小菊と桔梗は廊下の出入り口の戸に鍵をかけて閉め,春とはいえまだ寒い夜の廊下に花桐を孤立させた。

しかし,部屋から戻ってきた杉生,そして花桐が寝所に来ないことを不審に思った義正はこの嫌がらせに気づき,花桐を救い出した。

翌日,義正は昼顔の部屋の方が寝所に近く,花桐が昼顔の部屋に移れば,花桐が廊下を渡らずとも寝所に来ることができると言い,花桐と昼顔の部屋を交換させた。その夜,何者かが昼顔の部屋(旧花桐の部屋)に侵入し,昼顔を刺した。昼顔は「さてはわらわが奸計洩れ,先を越して花桐めが,忍びを入れて害さすよな。殺さば殺せ女の一念,今に思い知らさん」と言い残して死んだ。


◆   ◆   ◆


こういう後味の悪い怪事件があった後,月満ちて花桐は男子を出産した。この男子は次郎の君と呼ばれた。

次郎に対する義正の溺愛ぶりはただ事ではなく,家臣の中には富徽の前や義尚を差し置いて花桐や次郎に媚びるものが現れる始末。

次郎の袴着の儀が豪華に執り行われた際,「このままだと後継者争いが起こる」と富徽の前が義正に対して諫言したものの,次郎や花桐に対する義正の溺愛は留まることを知らなかった。

次郎6歳の夏,花桐は病を得,次郎を御所に置いて嵯峨野の実家に下がった。間もなく花桐は逝去。訃報を耳にした義正は大いに嘆き悲しんだが,禁裏の行事があるため,花桐の家に赴くことができない。代わりに杉生をお供に,次郎を嵯峨野に送った。

花桐の実家には花桐の母(後室(こうしつ))と腰元の刈萱(かるかや)がいるだけだった。後室と次郎とで花桐の死を悼んでいたところ,諸国を巡る修行者が屋敷の門前に現れた。後室は花桐の菩提を弔ってもらおうと修行者を呼び込んだ。弔いのついでに修行者が次郎の人相を見たところ,前代未聞の相であることが分かった。次郎は天下人の徳を持ちながら,天下人となった場合には世が乱れる恐れがある。しかし,天下人の後見となるならばその徳はあまねく行き渡り,繁栄するであろうという。

修行者は仏事の礼として一晩,この屋敷の仏壇の間の隣の小座敷に泊まることとなった。この小座敷は毎夜次郎が寝間としていたのだが,この晩だけ,次郎は別の部屋で寝ることに。

さて,夜中になり,仏間の隣の小座敷から修行者の悲鳴が上がった。後室が長刀をもって駆け込むと,そこには修行者の喉を懐剣で貫く刈萱の姿があった。後室と杉生が刈萱を取り押さえ,詰問したところ,刈萱は元は昼顔の配下にあった召使,桔梗であることがわかった。

桔梗は亡き昼顔の敵を討とうと,刈萱と名を変えて嵯峨野の屋敷に奉公し,花桐をつけ狙っていたのだが,花桐が亡くなり,狙いを次郎に変えたのだという。そして毎夜,次郎を手にかけようと機会を伺い,ついにこの夜決行した。しかし,寝ていたのは別人,旅の修行者だった。しかも,刺した修行者をよくよく見れば,刈萱の兄,泥蔵(どろぞう)だったというから,まことに不思議な運命。

「敵は討たで現在の,兄を殺せし此の身の不運,さァ御存分に遊ばせ」と悪びれもせず控える刈萱こと元桔梗。


◆   ◆   ◆


一体,刈萱はどうなるのか,そして泥蔵って誰? 本家「源氏物語」の桐壺の巻と全然違うぞ,田舎源氏。 第二編を待て。

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柳亭種彦『偐紫田舎源氏(にせむらさきいなかげんじ)』を買った件

この週末,広島に出張していたのだが,昼休みに立ち寄った古本屋で衝動買いしたのがこれ,柳亭種彦『偐紫田舎源氏(にせむらさき いなかげんじ)』である。

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普段はあまり江戸文学に手を出さないのだが,割と綺麗だったのと,3巻並ぶと壮観だったのと,現時点では絶版になっているのと,そして3巻で900円だったということで,サクッと買ってしまった。

柳亭種彦は文化・文政・天保期(1800年代前半)に活躍した作家で,本名高屋彦四郎という旗本であった。

偐紫田舎源氏(にせむらさき いなかげんじ)』は,「にせ紫の今の式部」とあだ名される,日本橋在住のお藤という女性が書いた小説という体裁をとっている。

内容は源氏物語の世界を室町時代に移植したものである。光源氏にあたる貴公子は将軍足利義正(あしかが・よしまさ)の次男,足利次郎光氏(あしかが・じろう・みつうじ)である。

江戸時代の文章そのままなのでやや読みづらいが,七五調なのでブツブツ声に出しながら読んでみると,あら不思議,頭に入って来る。

冒頭はこんな調子:

「花の都の室町に,花を飾りし一構え,花の御所とて時めきつ,旭の登る勢いに,文字も縁ある東山,義正公の北の方,富徽(とよし)の前と聞こえしは,九国四国に隠れなき,大内為満が娘にて,既に去る年御産の紐,安らかに解き給い,男子(おのこご)もうけしかば,昔にいや増し人々の,尊敬大方ならざりけり。」

本家光源氏は色好みの貴公子として知られている。足利光氏も本家と同じく見目麗しく,表面上は色好みの貴人として知られているものの,それは仮の姿で実は将軍家を守ろうとする知勇備えた武人として描かれている。

本家源氏物語の世界と異なり,田舎源氏の世界は結構血なまぐさい。源氏物語の「桐壺」の巻に当たる田舎源氏の初編・二編ですでに腰元や修行者が刺殺されたり,光氏が切腹を図ったりする。かつてドナルド・キーンが「物語の中では対立は暴力に及ぶことがなかったし,そこには戦争がなかった」(『ドナルド・キーン自伝』)と称えた源氏物語の美しい世界が台無し。

とは言え,優れた心理描写や人間の哀しさについての考察といったものは本家に任せておけば良いと割り切って,江戸の庶民好みのエンターテイメントに換骨奪胎したというところが,柳亭種彦のプロ意識であり,この小説の価値であると思う。


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キーン先生は戦時中,暴力のない美しい世界と人間の深い悲しみを知る登場人物たちを描いた源氏物語に心を奪われ,以後,日本文学の研究に没頭することになる。最初に読んだのがこの『偐紫田舎源氏』だったら,そうはならなかっただろう。

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