八色の姓とビザンツの爵位制度
吉村 武彦『蘇我氏の古代』を読んでいて,たびたび登場するのが「八色の姓(やくさのかばね)」という身分秩序である。
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「八色の姓」というのは天武天皇が684年に制定した「真人(まひと),朝臣(あそみ),宿禰(すくね),忌寸(いみき),道師(みちのし),臣(おみ),連(むらじ),稲置(いなぎ)」の8つの姓の制度のことである。
もちろん,これ以前にも臣,連のほか,伴造(とものみやつこ),国造(くにのみやつこ),県主(あがたぬし)というような多数の姓が存在していた。それら従来の姓は「八色の姓」の制定に伴って急に廃止されたわけではなく,両者は併存していた。
大事なことは臣,連のような従来の姓の上に新たな4つの姓が制定されたことである。
Wikipediaの記述にはこうある:
「従来から有った、臣、連の姓の上の地位になる姓を作ることで、旧来の氏族との差をつけようとしたという見方もできる」
「八色の姓」の事例のように,従来の身分秩序に手を付けずに新たな身分秩序を制定することによって,身分秩序の再編を行うやり方としては,ビザンツ帝国アレクシオス1世の爵位制度改革が挙げられる。
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この爵位制度改革については根津由喜夫『ビザンツ 幻影の世界帝国』が簡潔に述べているが,より簡単に述べると次のようなことになる:
アレクシオス1世以前,ビザンツ帝国の爵位は次のようになっていた:
- カイサル(=副帝)
- セバストス(=尊厳者<アウグストゥス>)
- ……
アレクシオス1世即位前はセバストスの位を持つ者はアレクシオス1世を含め3名しかいなかった。
しかし,アレクシオス1世は即位後,気前よくセバストスの位を周りのものに与えた。この爵位濫発によりセバストスの価値は希薄化。
続いてアレクシオス1世はセバストスの上位の爵位「プロートセバストス(第一のセバストス)」を制定し,弟に与えた。
これにより,身分秩序は次のようになった:
- カイサル
- プロートセバストス
- セバストス
- ……
アレクシオス1世は兄や義兄といった身内の序列を調整するためにさらに新たな2つの爵位を制定した。それが,「カイサル」の上位になる「セバストクラトール(セバストス+先制者)」と「カイサル」とほぼ同等の「パンヒュペルセバストス(いとも至高なるセバストス)」である。
こうして出来上がった身分秩序は次の通りである
- セバストクラトール
- カイサル
- パンヒュペルセバストス
- プロートセバストス
- セバストス
- ……
こうしてカイサルやセバストスといった従来の爵位の価値は低下した。
天武天皇の「八色の姓」にしてもアレクシオス1世の爵位制度改革にしても,姓や爵位のはく奪や降格のような乱暴なことをせずに新たに身分秩序を構成し直せるうまいやり方だと思う。
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