ハドリー・チェイス『蘭の肉体』を読んだ
スパイ小説『ヒューマン・ファクター』を読んで以来,ハードボイルド的な物への憧憬が生じて,本棚に入ったまま眠っていたハードボイルド小説に手を出している。
その一つがハドリー・チェイスの『蘭の肉体』である。今回の出張に持ってきた。
ハドリー・チェイスなら,まず『ミス・ブランディッシの蘭』だろ,というハードボイルドファンからの批判が起こりそうである。だが,ずいぶん前に「蘭の肉体」という映画を見て以来,ハドリー・チェイスによる原作を読まなくてはならない,という気持ちをずっと抱いていた。その一方で,映画の内容を完全に忘れてしまったので,今回はまっさらな状態で『蘭の肉体』を読み始めることになった。
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今回読んだのは創元推理文庫から出ている井上一夫訳の『蘭の肉体』。手元にあるのは,1999年5月14日発行の23版。小生が会社員になりたての頃に購入したものだ。それ以来,読まずじまいで本棚に眠っていた。何度か引っ越しを重ねたにも拘わらず,捨てらなかったのは,いずれ読もうという意思があったからである。読んでいなかったにもかかわらず偉そうに書いている。
ずいぶんと活字が小さく見える。読み通せるかどうか心配だったが,結局,終わりまでハラハラしながら読むことができた。訳文に古さを感じた(「…しちまう」とか「どういう量見」とか)が,第二次世界大戦前あるいは戦後直後のアメリカが舞台なんだからこれでいいだろう(原作"The fresh of the orchid"が出版されたのは1948年)。
【あらすじ】
ジョン・ブランディッシという牛肉王とも称される大金持ちがいて,その令嬢が殺人狂スリム・グリッソンに誘拐された。この事件を描いたのが『ミス・ブランディッシの蘭』である。
令嬢は見つかったのだが,グリッソンの子供を孕んでいた。令嬢は自殺を図って重傷を負い,やがて死ぬのだが,死ぬ前に女の子を産んだ。それが,この『蘭の肉体』の主人公,キャロル・ブランディッシ (Carol Blandish)である。
見事な赤毛,白絹のような膚,類まれなる美貌を持つキャロル・ブランディッシは巨万の富の相続者であるとともに,時として父から受け継いだ殺人狂の血が騒ぎだす危険な女性でもあった。『ミス・ブランディッシの蘭』事件から20年経った今,キャロルはグランヴィウ病院に閉じ込められていた。しかし,ある嵐の夜,キャロルはこの精神病院を逃げ出した…。
キャロルの美貌と富を狙ってサリヴァン兄弟 (The Sullivan Brothers) ほか,さまざまな人間たちが争奪戦を繰り広げるのが5章までの内容。そして,キャロルによる復讐劇が展開されるのが,残りの6, 7章である。
本書には濃い人物ばかり登場する。キャロル自身もそうだし,サリヴァン兄弟もそう。髭を生やした元見世物の女性,ミス・ロリーという人物も登場してびっくりした。「ヒゲのOL」薮内笹子かと思った。この女性,本書ではかなり重要な役割を果たすのだが,ここでは書かない。
どこかで笠井潔逢坂剛が「サリヴァン兄弟が怖い」ということを書いていた。それはよくわかる。黒づくめの二人組が簡単に人を殺していくからだ。サリヴァン兄弟がロイ・ラースンをガソリンで焼き殺すシーン,フォークナーの『サンクチュアリ』の結末を思い出した(参照)。そういえば,wikipediaのチェイスの記事によれば,チェイスはフォークナーの『サンクチュアリ』に影響を受けたとか。
スパイ小説にせよ,ハードボイルドにせよ,小道具の使い方が重要だと思う。この小説では車が重要だ。「黒いパッカード・クリッパー」はサリヴァン兄弟の,「黒いクライスラーのクーペ」はキャロルの乗用車であり,また象徴でもある。人物が登場しなくてもこれらの乗用車の名前が登場するだけで,事態が飲み込める。黒いパッカードが現れたら死亡フラグが立つわけである。
ジョホールバル出張で退屈しのぎに『蘭の肉体』を持ってきたものの読み終わってしまった。あとは田中慎弥の『宰相A』しか持ってきていない。さて,どうしよう。
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