グレアム・グリーン『ヒューマン・ファクター』
エイモス・チュツオーラ『薬草まじない』以来,しばらく小説の書評らしきものを書いていなかったのだが,何も読んでいなかったわけではない。
部局の代表者会議や海外からの来客の対応の合間に,グレアム・グリーン『ヒューマン・ファクター』を少しずつ読んでいた。
ヒューマン・ファクター―グレアム・グリーン・セレクション (ハヤカワepi文庫) グレアム グリーン 加賀山 卓朗 早川書房 2006-10-12 売り上げランキング : 128996 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
分類としてはスパイ小説。グレアム・グリーン作品群の頂点と言われている。
だが,"007"のように巨大な陰謀やド派手なアクションが繰り広げられているわけではない。
主人公カッスルたち英国情報部員は目立たず,公務員らしく淡々と働いている。このあたりサマセット・モームのスパイ小説『アシェンデン』の一節を思い出させる:
秘密情報部で働く情報員の仕事は,全体的には,極端に単調なものなのだ。(『アシェンデン』10ページ)
表向きの生活は,市役所の事務員並みに規則正しく単調なものだった。(『アシェンデン』「7 パリ旅行」158ページ)
アフリカ各地の諜報員から寄せられる暗号情報を解読し,書類にまとめて外務省などに送付する。そんな淡々とした情報部の仕事の中で事件が起こる。英国の機密情報がソ連に漏洩したのだ。主人公カッスルが所属する六課にはダブルスパイがいるのではないかという疑いがかけられる。
この作品,疑いをかけられる情報部員,その家族,ダブルスパイの特定を図る上層部,ダブルスパイの支援者,それぞれの人物描写,会話などが見事で,<ミステリにして純文学>(by 小林信彦)という奇跡を成し遂げている。
巻末の解説で池上冬樹が述べているように小道具の使い方も素晴らしい。
カッスルは常日頃,"J&B"というスコッチウィスキーをたしなんでいるが,これはいわば,カッスルと妻の団欒,つつましく穏やかな生活の象徴となっている。
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また,この作品の初めの方で「モルティーザー」というチョコレート菓子が登場するが,モルティーザーに対する発言や態度によって,人々の地位や嗜好が浮き彫りになる仕組みが見られる。
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読者に衝撃を与えるようなどんでん返しこそ無いものの,ゆっくり読めば大体予測がつく程度の小さな謎があちこちに仕掛けてあって,それもまた読んでいて楽しい。
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