椋鳥通信に見るノーベル賞の話題
年末が迫るにつれ,ノーベル賞が話題になるというのは百年前も同じだったようである。
鴎外は1911年12月1日発の椋鳥通信でノーベル賞受賞者の噂と結果について書いている。
まず,予想(噂)はこうだった:
○今年のノベル賞金を医学ではAllvar Gullstrand (Upsara)が貰う筈。目の屈折機を研究した人である。……○今年のノーベル賞金を受ける人々の候補は理学でEdison, Tesla(並にアメリカ)Bjerknes(ノルウェエゲン)化学でNernst(ベルリン)Svedberg(スウェエデン)文学でMaeterlinck(ベルジック)Heidenstam, Strindberg(並にスウェエデン)Troels, Pontoppiddan(並にデネマルク)平和事業でEllen Keyである。(22~23ページ)
で,結果はこうなった:
○ノベル賞金は化学がMadame Curieになるらしい。夫人は二度目に賞金を受けるのである。文学は矢張Maeterlinckになりそうだが,Schoenherrにしようかという意見もある。併しHauptmannが受けていないのに,ショオンヘルが受けるのもいかがのものか。 ○ノベル賞金を理学で受けるものはMax Planck (Berlin), W. Wien (Wuerzburg)の二人らしい。 ○Madame CurieがLangevinと失踪したと云う話が取り消された。二人共Bruxellesの学会に出ていると云うのである。(31ページ)
キュリー夫人は「ラジウムとポロニウムの発見,ラジウムの性質およびその化合物の研究」の業績で二度目のノーベルを受賞した。ちなみに一度目の受賞は1903年の物理学賞である。
椋鳥通信の記事が事実と異なるのは物理学賞。ヴィーンは「熱放射の諸法則に関する発見」によりノーベル物理学賞を受賞したが,マックス・プランクは受賞していない。プランクが受賞するのは1918年である。
最後の部分は余計な話題であるが,夫亡き後のキュリー夫人が夫の教え子ランジュバンと不倫関係にあるというゴシップ記事である。ランジュバンには妻がいた。ノーベル賞予想に絡めて候補者のスキャンダルを取り上げるのが鴎外流。
ちなみに,ノーベル生理学・医学賞は予想通りAllvar Gullstrandが受賞した。
で,文学の方はというと予想通りメーテルリンクが受賞した:
○ノベル賞金を受ける文学者はMaeterlinckと決定したそうだ。(34ページ)
このあと,鴎外は面白いお遊びを披露している。1901~1910年のノーベル文学賞受賞者の名前を並べてみるとメーテルリンクの名前が浮かび上がるというのである:
左が受賞者の名前,右が受賞年である。
ちょっと無理やりの感があるが,メーテルリンクの綴りが11文字であるのに対して,過去10年間に11人の受賞者がいたため,こういうお遊びができたわけである。
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