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2015.09.24

言葉は増えるよどこまでも:スコットランド語では雪に関連する単語が421もある件

にわかに興味を持ってラグビーワールドカップ見たんだけど,日本はスコットランドに大敗。この間の南ア戦はまぐれだったのだろうか?

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それはさておき,ガーディアン紙によると,スコットランド語には421もの雪に関する単語があるという。

グラスゴー大学のプロジェクト"Historical Thesaurus of Scots"で明らかになった。

"Whiteout: new Scottish thesaurus has 421 words for snow" (by Alison Flood, the guardian, Sep. 23, 2015)

たしか,イヌイットには雪に関する単語が50以上あるとかいう話(それは都市伝説という説もある。下記参照)だが,スコットランド語はそれをはるかにしのぐ語彙を有しているというわけである。

正確には雪に関する類語(thesaurus)の数だから,同じものを指す別の表現もあったり,古語もあったり,物としての雪の単語もあったり,現象・気象としての雪の単語もあったり,ということだろうから,雪を421通りに分類しているわけではない。

具体例としてガーディアン紙では次のようなものを取り上げている:

  • snaw: 雪
  • sneesl: 雪が降り始める
  • skelf: 大きな雪片
  • feefle: 雪が隅で舞う
  • flindrikin: ちょっと雪が降っている状態
  • spitters: 風に飛ばされる小さな雪片
  • snaw-pouther: 細かな風雪

ちなみに,"Historical Thesaurus of Scots"では気象とスポーツに関する言葉を集めている。というのもスコットランド人の会話は天気かスポーツの話で始まるからだという。

ちなみに,スポーツの中で最も類語が多く収集されたのはフットボールでもゴルフでもなく,「おはじき」だったということ。「おはじき」関連語は369もあるとか。


◆   ◆   ◆


イヌイットには雪に関する単語が50以上あるとかいう都市伝説(?)

雪とイヌイットの結びつきの強さを示す例として,「イヌイットには雪に関する単語が50以上ある」という話がまことしやかに伝えられている。小生も何度か目にしたことがある。

しかし,この話は都市伝説であるとGeoffrey Pullumというエディンバラ大の英語学者が1991年に書いている:

"The Great Eskimo Vocabulary Hoax"

この論説ではイヌイット(エスキモー)の雪に関する単語数が増加する経緯が次のように示されている。

Franz Boasが1911年に出版した"The Handbook of North American Indians"の中で,雪に関する単語が4つ紹介されているのが最初。

それをアマチュア言語研究家Benjamin Lee WhorfがMITの広報誌に寄せた記事"Science and linguistics"の中で引用した際,イヌイットの雪に関する単語が7つ以上あるかのように紹介したのが次の段階。

このあと,様々な文献の中でイヌイットの雪に関する単語数は変動し続ける:

  • Roger Brown "Words and Things"(1958): 3
  • Carol Eastman "Aspects of Language and Culture"(1975): many
  • Lanford Wilson "The fifth of July"(1978): 50
  • New York Times (Feb. 9, 1984): 100
  • Cleveland TV weather forecast (1984): 200
  • New York Times (Feb. 9, 1988): four dozen = 48

ということで,Geoffrey Pullumによって,「イヌイットには雪に関する単語が50以上ある」という話は根拠の乏しい都市伝説であると批判された。

ところがその後,やっぱり「イヌイットには雪に関する単語が50以上ある」という話が出てくる:

"There really are 50 Eskimo words for 'snow'"(by David Robson, The Washington Post, Jan. 14, 2013)

これは,"New Scientist"誌の記事がワシントンポストに転載されたものである。

この記事では,イヌイットとともに「エスキモー」と総称されているユピク(Yupik)という民族グループには40の雪に関する言葉が,また,カナダのイヌイットのグループでは53の雪に関する言葉があるということが紹介されている。また,サーミ人には少なくとも180もの雪氷に関する単語があることも紹介されている。

ということで,「イヌイットには雪に関する単語が50以上ある」という説は一時的には都市伝説扱いを受けたものの,最新の研究成果によって復活した,といえる状況にある。


◆   ◆   ◆


だが,ここで疑問が一つ。違う言語グループで単語の数を競うのは意味があるのだろうか?ということ。

ヨーロッパの言語の多くは「屈折語」である。そのうちの英語なんかはほとんど「孤立語」と化している。まあ,屈折語にせよ,孤立語にせよ,単語と単語とが明確に分かれている。

これに対し,イヌイットやユピクの言語は「抱合語(複総合的言語, Polysynthetic language)」と呼ばれる。簡単に言うと,1単語で1つの文章を表現するような言語である。

イヌイットには雪に関する単語が50以上あるのが事実としても,それは,他の言語において単語同士をくっつけて作った複合語に比すべきではなかろうか?

複合語で良ければ,日本語だって多く雪に関する言葉を準備することができる。

例えば,"Weblio"の「雪 - 気象 - 気象 - 同じ種類の言葉」には雪に関する90以上の言葉が並んでいる。こんな風に:

「雪,時々にわか雪,残る雪,帷子雪,弱い雪,圧雪,万年雪,霧雪,年の雪,晴雪,・・・・」

ここにはないが,「細雪(ささめゆき)」だって雪に関する表現である。日本語は造語力がすごいので,思いついたらまだまだ用意できる。

複総合的言語でないスコットランド語で421もの雪に関する単語がある,というのはやはりすごいことである。

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2015.09.23

久住山に登ってきた

シルバーウィークに何もしないのもいかがなものかと思ったので,ツマとともに大分の久住山に登ってきた。

久住山というのは,深田久弥の日本百名山にも選ばれた九重連山を構成する山の一つである。標高1787mで九重連山の主峰とされている。その隣に標高1791m,九州本土最高峰の中岳がそびえている。わずか数メートル差で,久住山は最高峰となれなかったわけである。

9月22日の午前5時前に宇部を出発。山陽自動車道,中国自動車道,九州自動車道,東九州自動車道,と走り続け,午前7時半ぐらいには湯布院からやまなみハイウェイに入った。

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牧の戸峠を目指してやまなみハイウェイをひたすら走る(↑)。

そして,8時半頃に牧の戸峠の登山口に到着。あとはひたすら久住山を目指した。

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途中,阿蘇山の方向を眺めると見事な雲海が広がっていた(↓)。

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はるか向こうに見える阿蘇山をよく見ると噴煙が上がっていた(↓)。

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久住山への道のりは変化に富んでおり,急斜面だったり,平坦だったり,岩場だったり,ガレ場だったり。

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久住山登頂を目指す小生(↓),同じくツマ(↓)。ここはわりと平坦で歩きやすい道。右手に目指す久住山が見える。

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ここ(↓)は久住分かれと呼ばれる場所で,中岳や久住山に登る起点となるところである。だいたいの登山客はここで一度休憩する。

Dsc_0373s

久住分かれから久住山を望む(↓)。2枚の写真を適当に合成したものである。左手から弧を描きながらガレ場を歩き,久住山の山頂を目指す。慣れた人はどんどん登っていくが,初心者にとっては歩きづらいことこの上なし。

Img_2675s

ガレ場はこんな感じ(↓)。足に合った登山靴を履かないと怪我をする。

Dsc_0387s

山頂には11時半ぐらいに到着した。

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皆さんお昼をとっているので,小生らも下界を眺めながら登山口の売店で購入した「山賊にぎり」(200円)を食べた。

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12時ぐらいに下山開始。十分な体力と栄養剤と飲料があれば,久住分かれに戻ったのち,中岳登頂にもチャレンジできただろうが,今回は準備不足で断念。来た道をひたすら歩いて,2時過ぎに登山口に戻った。


今回の反省点としては,ストックが要るということが第一に挙げられる。犬を連れて久住山を登ったという記事を読んだため,久住山を舐めてストックを準備していなかった。ガレ場歩きにはストックが有効。今度,モンベルか好日山荘で調達しないと。

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2015.09.21

2015年生まれのイギリス人の三分の一が認知症になります

ラグビーワールドカップで日本が南アに勝った話でも読もうとガーディアン紙のウェブサイトを開いたら、別の記事に目がとまった。

"One-third of British people born in 2015 'will develop dementia"

「2015年生まれのイギリス人の三分の一が認知症になる」と言うことで、これは何かの病気が蔓延しているのでは、と思ったら、単に長寿のせいで認知症の問題が深刻になるという話だった。脅かさんといて。

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国際便遅延に関する備忘録

9月15日(火)の晩に,NH856便でジャカルタから東京羽田に戻ろうと思ったわけである。

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午後7時前にスカルノ・ハッタ国際空港に行き,チェックインカウンターに向かったところ,同便遅延のお知らせ。機材(787)に故障が生じ,修理の必要があるため,翌日(16日)の朝7時半までお待ちくださいとのこと。

チェックインカウンター前は大行列の大騒ぎである。ほとんどが日本人。

帰国後のスケジュールが詰まっている人も多いようで,別便,とくにJL726便(ジャカルタ発成田行き)への振り替えを要求している人もいた。

ちなみにNH856便ではビジネス席だったのにもかかわらず,JL726便に振り替えた結果,エコノミー席になってしまった人も続出した様子。まあ,仕方ないですね。

小生の場合は,日本でいろいろやらなくてはいけないことはあるものの,慌ててもしょうがないので明朝まで待つことに。

待機のためのホテルと移動のためのバスはANAが準備した。

午後8時過ぎに空港からのバスが出発。渋滞に巻き込まれながらジャカルタ市内まで移動し,午後9時過ぎにThe Sultan Hotel Jakartaに到着。五つ星の巨大かつ立派なホテルである。まあ,急に100名を超える乗客を収容しようとすれば,こういうホテルを用意せざるを得ないと思う。

若干得したような気がしたが,翌日の朝4時起き,バスで5時出発というのを伝えられると,かなりガッカリ。ホテルにチェックインした後は,すぐに風呂に入って寝た。

翌日は4時にモーニングコールで起こされ,ほぼ同時にドアをノックされ,ホテルマンから朝ごはんとしてパンとかサンドイッチとかを渡された。寝ぼけ眼で身支度をした後,予定通り5時のバスで空港に向けて移動した。

空港でチェックインを済ませ,ラウンジでしばし休憩した後,搭乗口に向かった。

午前7時半になり,さて飛行機が飛ぶかと思いきや,思わぬアナウンスが。

修理のための部品の入管手続きに時間を要し,出発までまだ時間がかかるとのこと。搭乗口待合の旅客からは落胆の声しきり。

小生は再びラウンジに戻って待つことにした。これでは当分帰国できないのではと諦めていたところ,9時前には搭乗の案内が始まった。なんとか帰国できることになった。

そのあとは一応順調に離陸,そして飛行。

結局,11時間以上の遅れで羽田に到着した。

何の故障だったか聞いていないのだが,機体が787ということもあり,小生はまたバッテリーの異常ではないかとみているが,真相は不明。

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2015.09.19

訃報:「塩じい」とか「国際報道2015」黒木奈々とか

毎日誰かが死んでいるわけだが,今日は「塩じい」こと塩川正十郎(93)や,「国際報道2015」の黒木奈々キャスター(32)の訃報が出た。

塩川正十郎に関しては,うちのばあ様(故人)が大昔に旧河内市議会議員だった時にひと悶着あったようで,ばあ様が「嫌いや」言うてはったのを覚えている。死因は肺炎だそうだが,93歳は大往生だと思う。

黒木奈々キャスターに関しては約一年前,本ブログで取り上げたことがある(「黒木奈々キャスター胃がん闘病,宮沢りえ母(りえママ)肝腫瘍で逝去」,2014年9月25日)。

NHK BS1の「国際報道2014」のメインキャスターになったばかりで胃癌が発覚,その後,「国際報道2015」に復帰するも32歳の若さで亡くなったので本人としても無念だったろうと思う。

20152
NHK「国際報道2015」ホームページより

「ワールドWave トゥナイト」の時は鎌倉千秋キャスターの脇に控えていたわけだが,2014年度からは鎌倉キャスターの異動にともなって「国際報道2014」メインキャスターに。さあいよいよです,というところで胃癌が見つかった。胃の全摘手術を経て,今年の初めから「~2015」に復帰した。

NHKでは今,「キャシーのBig C」という40代の癌(メラノーマ)患者キャシーを主人公にした米ドラマを流しているのだが,「キャシーのBig C」シーズン1では番組宣伝ミニコーナーに癌経験者として黒木キャスターが登場していた。 ちなみに"Big C"とは癌を表すスラング。

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こういう本も出していた。

癌は早期発見早期治療が大事やなぁと思っていたところで,今回の訃報を目にして驚いた。

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2015.09.15

インドネシア流の寿司

ジャカルタ・クニンガンのGedung Setiabudiに入っている某日系企業を訪問した。

Gedungsetuabudi

このGedung Setiabudiというビルは清水建設が建てたもの。ずいぶん古いと聞くが,それでもきれいで立派。

Shimizujakarta01

上の写真は清水建設ジャカルタ営業所のエントランス。このビルの中には日系企業がたくさん入居しているのだが,いずれもきれいにしている。5Sの精神だね。

Gedung Setiabudiの隣にはPlaza Setiabudiというショッピングモールがある。仕事帰りにそこで早めの夕食を取った。

入ったのは"Groove Sushi"という店。なんか近未来感覚の内装:

Groovesushi

で,期待通りインドネシア流の寿司が出てきた。これは「芸者ロール」という。

Geisharole

稲荷寿司を油でカリカリに揚げて輪切りにし,上にカシューナッツを置いている。なかなかおいしい。

日本の寿司といえば生の魚介類だが,こういう熱帯では衛生上難しい。揚げたり火を通したりという工夫が必要。

日本の寿司はインドネシア流に進化している。

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2015.09.14

アウエハント『鯰絵――民俗的想像力の世界』を読む

ジャカルタにいるというのに全く関係のない本を読んでいる。

アウエハント『鯰絵――民俗的想像力の世界』(岩波文庫)。

まあ,海外出張時の小生の典型的なパターンである。カンボジア出張時には吉田類『酒場詩人の流儀』を読んでいたし(参考)。

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「鯰絵(なまずえ)」というのは,1855年(安政2年)に起こった大地震の直後に大量に出回った多色刷りのナマズの絵である。鹿島大明神が要石でナマズを押さえつけている絵や江戸の民衆がナマズをやっつけている絵など様々な種類の絵が出回った。

鯰絵に描きこまれた画題や詞書を読み解きながら,江戸の民衆文化だけでなく,その基底にある日本文化の深層にも迫ろうというのが本書の目的である。

著者のアウエハント(Cornelius Ouwehand)はオランダ人の研究者で,柳田國男の下でも研究を行っている。本書は1964年にアウエハントがライデン大学に提出した博士論文がもとになっている。著者の研究手法はまさしく構造主義のそれであり,柳田や折口らが築き上げてきた日本民俗学の成果をもとに,民間信仰の構造を明らかにしている。

訳者たちもすごい。小松和彦や中沢新一といった精鋭ぞろい。水木しげるの若い友達ばかりではないか。


~゜・_・゜~


この600ページを超える大部の中で,アウエハントは鯰絵に関連するであろう様々な事項を余すところなく検討している。どれもこれも面白い考察なのだが,ここですべて紹介するのは無理。

そこで,ここではナマズの両義性とでも称すべきことを紹介しておく。

中世(少なくとも14世紀初頭)の日本では日本を取り巻く海を,日本を取り巻く巨大な蛇または龍のイメージでとらえていたようである。そしてその蛇龍が17世紀の終わりには巨大なナマズへと変化していったとのこと。いくつかの鯰絵の中で,ナマズはナマズの顔をした龍やクジラとしても描かれており,ナマズとクジラと龍は互いに代替可能なイメージとなっていたようである。

鯰絵の中には,地震を起こすナマズを懲らしめるエビスの姿が描かれているものがあるが,クジラは時としてエビスとも呼ばれる(※)。そして先ほど述べたようにクジラとナマズが代替可能だとすると,

エビス(善)=クジラ=ナマズ(悪)

という関係が成り立つ。とすると,一つの画面の中で善のエビスと悪のナマズとが対面する(実は両者は同一のものの2つの側面である)という興味深い構図が出来上がる。

いくつかの鯰絵の中ではナマズは金持ちを打擲して金銭を吐き出させる世直し鯰として登場しており,この場合のナマズは民衆の側に立つ存在となっている。

ということで,鯰絵のナマズは善悪両極を担った存在として描かれている。地震を起こし,社会をリセットする存在。文化人類学でいうところのトリックスター。

だから地震を起こした張本人であるにもかかわらず,愛嬌たっぷりに描かれているのかもしれない。


~゜・_・゜~


※クジラとエビスの話

クジラは時折,日本の近海に現れ,食料として漁村に幸をもたらすので,宝船に乗って来て幸をもたらすエビスに例えられた。

エビスは常世の国からやってくる神だが,そもそもはイザナギ・イザナミに捨てられた不幸な神でもあり,必ずしも幸だけをもたらすわけではない。

エビスの本拠地である常世の国は海の彼方の幸の多い国であると言われるとともに地の底の恐怖に満ちた暗い国であるとも言われる。ここにも善と悪,禍福の両義性が見られる。

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2015.09.12

バンドンに行ったり,ジャカルタに行ったり

今週の中ごろからインドネシアに来ております。先月から頻繁に東南アジア諸国をめぐっております。

今回はバンドンにも行きましたが,現在はジャカルタにおります。

下の写真はジャカルタの遠景。

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バンドンが涼しいのは当然だとして,ジャカルタに来てみたら,風が強くて予想していたよりも暑くなく過ごしやすい。

ジャカルタの露店でクルプック(kerupuk)を買ってみた。3000ルピアだから今のレートだと30円以下。

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クルプックというのは,インドネシアのスナックで,タピオカや片栗粉,魚介類ののすり身,米を混ぜ合わせた物を油で揚げて作る。今回買ったのは麺をクルクル巻いているような形なのでクルプック・プティというものだと思う。

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サクサクでうまい。料理の付け合わせとしても提供される。

軽く食べられるので,ビールのおつまみとして最適だと思うのだが,政教分離しているものの,ムスリムが多い国なので,ビールが高めで残念。

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2015.09.04

近藤ようこ『死者の書』出た!

近藤ようこが折口信夫の『死者の書』に挑戦しているのである。

このたび,ビームコミックスから上巻が上梓された。

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この作品は折口信夫の『死者の書』をそのまま漫画化したものではなく,大胆に再構成したものである。

原作の物語の構造については以前,本ブログ記事「折口信夫(おりくち・しのぶ)『死者の書』を読む」の中で簡単に触れた。原作は滋賀津彦(大津皇子)の物語と藤原南家郎女(中将姫)の物語とが交錯する二重構造となっていた。そして滋賀津彦(大津皇子)の躯が目覚めるところから話が始まっていた。

これに対し,近藤ようこ作品では藤原南家の郎女が最初から登場し,明確に物語の中心となっている。難解だと言われている『死者の書』の世界がかなりすっきりした形で再現されているのである。


◆   ◆   ◆


月刊コミックビーム2015年1月号で近藤ようこによる『死者の書』の連載が始まったとき,なぜだか「ついに!」と思った。

近藤ようこは以前にも『説教 小栗判官』や『妖霊星―身毒丸の物語』など説教節を題材とした作品を発表していた。折口信夫もまた説教節を「唱導文学」と呼び,研究するだけでなくこれを題材とした短編小説も発表しているほど造詣が深かった。

近藤ようこと折口信夫。両者の作品世界はすでに重なり合い,交錯していた。近藤ようこによって『死者の書』が描かれるのは時間の問題だったのだろう。

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2015.09.01

安田喜憲『ミルクを飲まない文明』を読む:ハラハラする歴史書

洋泉社の歴史書はエッジが効いていて,いつも面白い。
5月に出た安田喜憲『ミルクを飲まない文明』にはハラハラさせられた。

メソポタミア,エジプト,インダス,黄河のいわゆる四大文明だけが「文明」なのではない。これらは稲作牧畜民の文明であって,長江文明,クメール文明,マヤ文明のような稲作漁撈民によって築かれた別系統の文明もしっかりと存在しているのだ!というのが本書の主張の一つである。「ミルクを飲まない文明」とは,環太平洋各地に形成された稲作漁撈文明の総称である。


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こうした主張は実は珍しいものではない。以前,「【アマゾンに文明があったんだ】実松克義『アマゾン文明の研究』を読んだ【驚異のモホス文明】」という記事で,アマゾンにも文明が存在したという説を紹介しているが,「四大文明」だけが「文明」なのではない,という見方は既に広く共有されていると思う。


アマゾン文明の研究―古代人はいかにして自然との共生をなし遂げたのかアマゾン文明の研究―古代人はいかにして自然との共生をなし遂げたのか
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「四大文明」という固定観念を突き崩す,という点ではあまり新しさを感じない本だが,世界各地の湖に残された「年縞(ねんこう)」の調査結果を基に,古代文明の興隆と衰亡を気候変動によって説明する「環境史観」には,非常に説得力がある。さすが環境考古学の権威。宮崎市定は,歴史は事実の論理でなくてはならない,と述べていたが,環境史観をベースに一貫した説明がなされているのは本書の優れたところである。

また,稲作漁撈民の古代信仰に関する新たなヒントを提供している点でも本書は興味深い。例えば,「注連縄(しめなわ)」は交尾する蛇の姿で豊穣・生命の再生等の象徴であるという話(吉野裕子説)や,「玉」は山のシンボルであるという話(著者の説)は古代の信仰を読み解くうえで非常に重要な指摘である。

本書にはこういった優れた記述が見られる一方で,これから述べるような危うい記述が随所に見られ,安心して読むことができない。面白いがハラハラする。


<過剰な稲作漁撈礼賛>

本書で繰り返し主張されるのは,

  • 稲作牧畜文明は支配的・収奪的
  • 稲作漁撈文明は調和的・循環的

ということである。

前者「稲作牧畜文明」に対しては

「欧米の市場原理主義や金融資本主義に立脚した『畑作牧畜民の文明原理』では21世紀の世界がどうしようもなくなった」(4頁)

とか

「21世紀の人類は,森と水の循環系を破壊する畑作牧畜民によって引き起こされた地球環境問題,とりわけ水問題で危機に直面することになった」(178頁)

といった徹底的な批判が加えられる。

これに対し,後者「稲作漁撈文明」に対しては

「稲作漁撈社会は王自らも労働を大切にした。農民とともに働くことが王の役割でもあった。『勤勉こそ最高の美徳』であったのが稲作漁撈社会なのだ」(63頁)

とか

「森と水の循環系を守り,人や自然を信じて,美しい大地とともに生きてきた文明」(179頁)

といった礼賛の言葉が投げかけられている。こうした善悪二元論にも似た主張には疑問を禁じ得ない。

稲作漁撈民の社会は地球環境に優しかったのかもしれない。しかし,戦争が皆無だったわけではないし,人身御供が広く行われていた。簡単に礼賛するわけにはいかない。


<論理の飛躍>

文章技法のバイブルともいえる『理科系の作文技術』では事実の記述(「…である」)と推論(「…と思われる」)とをきちんと分けるということが強調されている。

しかし,この本,そういったルールを無視して書いているところが散見される。

例えば,この文章:

「抜歯の風習がさかんなことと,『言霊』を重視することの間には深い関係が存在するのではあるまいか。抜歯を重視する人々は『言霊』を重視した人々だったのである。」(120頁)

「ではあるまいか」が直後に「だったのである」になってしまうのはまずい。「ではあるまいか」で留めておいた方が文章としてはよかったと思う。


また,この文章:

「(現代のマヤの)人々の衣装は色とりどりの刺繍を施した,まるでおとぎの国からやってきたような美しさだった。この美しい刺繍のように,マヤ文明も美しくかつ繊細な文明だったに違いない。なぜなら,美しいものを作れる人の心は美しいからである」(173頁)

こういう推論はいわゆる「アブダクション」である。マヤ文明が現代人から見ても美しい文明だった可能性はある。だが,こういう記事を見るとなんとなく違うような気がする:

古代マヤ人は捕えた敵を解体していた


<しつこい記述>

本書の随所に散見されるのが,重複した記述である。

例えば,

「マヤ文明最後の地がともに美しい湖と関係していることは興味深い。マヤ文明は水の文明だった。このマヤ低地南部では,湖の周辺に遺跡が集中していた。マヤ文明は,この美しい湖のほとりで繁栄したのである。<中略> マヤ文明の最後の残照は,侵入が困難な僻地のマヤ高地のアティトラン湖周辺と,亜熱帯雨林が侵略を阻んだペテン・イッツァ湖畔だった。その終焉の地が,ともにアティトラン湖とペテン・イッツァ湖という二つの美しい湖に守られるように位置していたことは,偶然ではあるまい。」(177頁)

という一節。半ページの間に「美しい湖」という同じ表現が三回,「マヤ文明最後の地」「マヤ文明の最後の残照」「その終焉の地」という類似表現が三回繰り返されている。

また,

「音環境の面からみると,人間の生命維持装置としては,日本の田舎すなわち農村の環境が都市よりもはるかに優れていることが明らかになった。都市よりも農村の方が優れていたのである。」(214頁)

という一節。農村の優位性を続けて2度主張している。

強調したくて繰り返し同じことを書くのだろうが,かえって印象を弱めているように感じる。

洋泉社の編集者は,紫綬褒章を受章した偉い先生だからといって遠慮せず書き直しをお願いするべきだったと思う。


<ギリギリで「トン」理論回避>

第1章の最後尾では,長江文明が滅亡し,人々が南下したという説が書かれているのだが,この文章を見たときはドキッとした。

「大きな民族移動は波となり,やがて東南アジアから南太平洋のイースター島まで到達する大民族移動を引き起こすのである」(78頁)

長江文明がクメール文明に引き継がれたという話はあり得なくはない。しかし,「イースター島」という記述を見た瞬間,このまま行くと,長江文明の系譜が米大陸につながってしまうのではないかと思ったのである。なにしろ第4章にはマヤ文明の話が控えている。

このあたりを読んでいるとき,小生の脳裏には「室町時代に太平洋を渡った日本人たちがいて,その伝統がズニ族に伝わった」という説を唱えた『ズニ族の謎』が浮かんだ。

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本書『ミルクを飲まない文明』の後半では「太平洋を渡った長江文明」というような「トンデモ理論」が展開されるのではなかろうかという嫌な予感。

しかし,最終章「環太平洋文明に共通する世界観」に至って,その心配は杞憂に終わった。

「しかし,彼らが中南米に渡って,マヤ文明やインカ文明をつくったという証拠はどこにもない」(187頁)

だが,助かったと思った一方で,「イースター島」の話はどこに行ったんだろうという疑問も残った。

本書『ミルクを飲まない文明』は決してつまらない本ではないし,有益な示唆も豊富に含まれている。しかし,強烈な主張に惑わされないことが必要である。読む前にはある程度の世界史に関する知識が必要だと思う。

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