言葉は増えるよどこまでも:スコットランド語では雪に関連する単語が421もある件
にわかに興味を持ってラグビーワールドカップ見たんだけど,日本はスコットランドに大敗。この間の南ア戦はまぐれだったのだろうか?
それはさておき,ガーディアン紙によると,スコットランド語には421もの雪に関する単語があるという。
グラスゴー大学のプロジェクト"Historical Thesaurus of Scots"で明らかになった。
"Whiteout: new Scottish thesaurus has 421 words for snow" (by Alison Flood, the guardian, Sep. 23, 2015)
たしか,イヌイットには雪に関する単語が50以上あるとかいう話(それは都市伝説という説もある。下記参照)だが,スコットランド語はそれをはるかにしのぐ語彙を有しているというわけである。
正確には雪に関する類語(thesaurus)の数だから,同じものを指す別の表現もあったり,古語もあったり,物としての雪の単語もあったり,現象・気象としての雪の単語もあったり,ということだろうから,雪を421通りに分類しているわけではない。
具体例としてガーディアン紙では次のようなものを取り上げている:
- snaw: 雪
- sneesl: 雪が降り始める
- skelf: 大きな雪片
- feefle: 雪が隅で舞う
- flindrikin: ちょっと雪が降っている状態
- spitters: 風に飛ばされる小さな雪片
- snaw-pouther: 細かな風雪
ちなみに,"Historical Thesaurus of Scots"では気象とスポーツに関する言葉を集めている。というのもスコットランド人の会話は天気かスポーツの話で始まるからだという。
ちなみに,スポーツの中で最も類語が多く収集されたのはフットボールでもゴルフでもなく,「おはじき」だったということ。「おはじき」関連語は369もあるとか。
イヌイットには雪に関する単語が50以上あるとかいう都市伝説(?)
雪とイヌイットの結びつきの強さを示す例として,「イヌイットには雪に関する単語が50以上ある」という話がまことしやかに伝えられている。小生も何度か目にしたことがある。
しかし,この話は都市伝説であるとGeoffrey Pullumというエディンバラ大の英語学者が1991年に書いている:
"The Great Eskimo Vocabulary Hoax"
この論説ではイヌイット(エスキモー)の雪に関する単語数が増加する経緯が次のように示されている。
Franz Boasが1911年に出版した"The Handbook of North American Indians"の中で,雪に関する単語が4つ紹介されているのが最初。
それをアマチュア言語研究家Benjamin Lee WhorfがMITの広報誌に寄せた記事"Science and linguistics"の中で引用した際,イヌイットの雪に関する単語が7つ以上あるかのように紹介したのが次の段階。
このあと,様々な文献の中でイヌイットの雪に関する単語数は変動し続ける:
- Roger Brown "Words and Things"(1958): 3
- Carol Eastman "Aspects of Language and Culture"(1975): many
- Lanford Wilson "The fifth of July"(1978): 50
- New York Times (Feb. 9, 1984): 100
- Cleveland TV weather forecast (1984): 200
- New York Times (Feb. 9, 1988): four dozen = 48
ということで,Geoffrey Pullumによって,「イヌイットには雪に関する単語が50以上ある」という話は根拠の乏しい都市伝説であると批判された。
ところがその後,やっぱり「イヌイットには雪に関する単語が50以上ある」という話が出てくる:
"There really are 50 Eskimo words for 'snow'"(by David Robson, The Washington Post, Jan. 14, 2013)
これは,"New Scientist"誌の記事がワシントンポストに転載されたものである。
この記事では,イヌイットとともに「エスキモー」と総称されているユピク(Yupik)という民族グループには40の雪に関する言葉が,また,カナダのイヌイットのグループでは53の雪に関する言葉があるということが紹介されている。また,サーミ人には少なくとも180もの雪氷に関する単語があることも紹介されている。
ということで,「イヌイットには雪に関する単語が50以上ある」という説は一時的には都市伝説扱いを受けたものの,最新の研究成果によって復活した,といえる状況にある。
だが,ここで疑問が一つ。違う言語グループで単語の数を競うのは意味があるのだろうか?ということ。
ヨーロッパの言語の多くは「屈折語」である。そのうちの英語なんかはほとんど「孤立語」と化している。まあ,屈折語にせよ,孤立語にせよ,単語と単語とが明確に分かれている。
これに対し,イヌイットやユピクの言語は「抱合語(複総合的言語, Polysynthetic language)」と呼ばれる。簡単に言うと,1単語で1つの文章を表現するような言語である。
イヌイットには雪に関する単語が50以上あるのが事実としても,それは,他の言語において単語同士をくっつけて作った複合語に比すべきではなかろうか?
複合語で良ければ,日本語だって多く雪に関する言葉を準備することができる。
例えば,"Weblio"の「雪 - 気象 - 気象 - 同じ種類の言葉」には雪に関する90以上の言葉が並んでいる。こんな風に:
「雪,時々にわか雪,残る雪,帷子雪,弱い雪,圧雪,万年雪,霧雪,年の雪,晴雪,・・・・」
ここにはないが,「細雪(ささめゆき)」だって雪に関する表現である。日本語は造語力がすごいので,思いついたらまだまだ用意できる。
複総合的言語でないスコットランド語で421もの雪に関する単語がある,というのはやはりすごいことである。
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