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2015.07.30

新国立競技場の騒動が終わったと思ったら今度はエンブレム盗作疑惑か

始まる前からずいぶんとケチのつく国家行事だこと。

安藤忠雄株大暴落,官僚更迭など関わった者たちに災禍をもたらしてきた新国立競技場の騒動が収束に向かうか向かわないかまだ定まらないうちに,新たな騒動が巻き起こりつつある:

【盗作疑惑】2020年東京オリンピック・佐野研二郎さん制作のエンブレム」(ハフィントンポスト,2015年7月31日)

2020年東京五輪のエンブレムがベルギー・リエージュ劇場のロゴにそっくりだという話。

あれ?東京五輪のエンブレムってカラフルなリースを描いたものじゃなかったっけ,と思っていたら,それは招致時のロゴマークだった。


Tokyo2020candidate_3
↑招致時に某省からもらったピンバッジ。これは招致用のロゴマークだったのですね。これで十分じゃないか。


つい先日,コンペを勝ち抜いた佐野研二郎氏の作品が東京五輪公式エンブレムとなったという。それがリエージュ劇場のロゴにそっくりだと,同ロゴ作成者のオリビエ・ドビ氏が指摘し,問題が大きくなってきている。

ドビ氏は東京五輪エンブレムとリエージュ劇場ロゴを組み合わせたGIFを作っているのだが,それをみると,基本的に同じように見える:


盗作疑惑はさておき,東京五輪エンブレム自体に関しても賛否両論のようで,WIRED紙では不評の様子だ:

2020年東京五輪のエンブレムは『よくわからない』:US版『WIRED』記者が酷評」(WIRED, 2015年7月29日)

こうした海外の声や疑惑に対して当の佐野研二郎氏が応戦するか,無視するか,どうなんだろうと興味を持っているところだが,佐野氏はツイッターやフェイスブックのアカウントを削除(停止?)してネット上からは姿をくらませてしまった様子。かえって疑惑が膨らむような対応はまずい。

こんなことなら,招致の時のリースのロゴで十分だったのでは?と思う。


【追記】

その後さらに,スペインのデザイナーが"Rebuild Japan"という日本の復興支援のために作ったデザインも似ているという情報も出てきた。

さらに混迷が深まることに。

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『円周率1000000桁表』を読む・・・いや読まない

先日,日経トレンディでも取り上げられたのだが,円周率を延々と100万桁まで掲載した本が,密かにそしてじわじわと売れ続けている。

円周率1000000桁表円周率1000000桁表
牧野 貴樹

暗黒通信団 1996-03
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じつはこの本,小生は数年前に福屋広島駅前店の10階,ジュンク堂書店広島駅前店で手にした。

小生以外に誰が・・・と思ったが,ちゃんと売れているようである。2015年3月18日現在,第3.1415926刷が発行されている。

出版元の暗黒通信団だが,日経トレンディの記事(参照)にもあるように,大学のサークル名に由来するとのこと。

暗黒通信団のホームページも存在(参照)し,実は上述の100万桁円周率表もPDF版で提供されている。

しかし,PDFで100万桁の円周率表を入手できるとしても,その凄さを体感しようとすれば,書籍版『円周率1000000桁表』を入手するべきだろう。松岡正剛の言う,本の身体性というやつだ。

暗黒通信団からは円周率表だけでなく,他の数表も出版されている。たとえば,素数表だ。

素数表150000個素数表150000個
真実のみを記述する会

暗黒通信団 2011-08
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意図は全く違うと思うが,様々な数表がコンパクトにまとめられた書籍というのは昔からあった。例えば,日科技連から出ている『数値表』が代表的なものである。

新編 日科技連数値表新編 日科技連数値表
森口 繁一

日科技連出版社 2009-08
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あと,『丸善 五桁対数表』というのもあった。小生が持っているのは昭和63年発行のもので,現在では復刻版が出ている。

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これらは設計や統計や品質管理で使用される数値をまとめたものであり,実用が前提となっている。しかし,数値がびっしり書かれていること自体にある種の快感を覚える者もいるだろう。それが嵩じると,暗黒通信団の円周率表や素数表に手を出してしまうというわけである。

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2015.07.27

新国立競技場ザハ案の棄却がイギリスで称賛されている件

新国立競技場の件,ザハ案棄却という安倍首相の英断が下った後も,ごたごたが続いているが,それはそれとして英国ガーディアン紙では「民の声が届いた」と称賛されている。

"Japan's heave-ho of Zaha Hadid's Olympic stadium is a win for the people" (by Michele Hanson, the guardian, July 23, 2015)
"Better still, they've been mocking Hadid's design, recasting it as a hairdryer, a spacecraft, a footbath, a rusting tank, a stranded turtle and a child’s potty. This has perked me up enormously, because, in this country, we hardly ever dare to laugh at our grand architects."

とまあ,この記事を書いたコラムニストのミシェル・ハンソンは日本のザハ案(の修正版)を使ったクソコラコンテストを誉め,イギリスでは偉大な建築家を笑い飛ばすことはいまだかつてなかったと興奮気味に述べている。

英国でも利用者無視の巨大建築が問題となっているようでミシェル・ハンソンは日本での快挙(?)を称賛すると同時に,なぜイギリスで役立たずの巨大建築を押しとどめることができないのか,と疑問を呈している。

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2015.07.21

中国歴代王朝の不安定度指数を考えてみた

このところ,宮崎市定の『中国史』を断続的に読んでいる。ようやく下巻の近世史(宋以降)に入った。

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この通史を読みながら思ったのが,中国歴代王朝の安定度ないし不安定度を表す方法は無いかということ。

とりあえず思いついたのが,ある皇帝の「在位年数の逆数」を「不安定指数」として,その皇帝の治世の各年に割り振る方法である。

不安定指数[代/年] × 在位年数[年] = 1[代]

という式が成立する。

このとき,在位年数は宮崎市定流に,即位の翌年を元年とし,最終年(没年)までを数えるものとする。あと,旧暦で考えることとする。

例えば清朝の乾隆帝の在位は西暦1735年10月8日から1796年2月9日(旧暦だと1995年末)なので,在位年数は1736年から1795年とする。

そうすると,在位年数は60年で,不安定指数は1/60=0.017[代/年]となる。乾隆年間の各年には不安定指数0.017を割り振ることとする。

このような作業を明朝と清朝でやってみた結果が次の図である。

Dynastyver1_2

明朝なんか,在位1年程度の洪熙帝や数か月程度の泰昌帝のところできついピークが現れるわけである。清朝の場合はラスト・エンペラー宣統帝のところでピークが出現するが,その他の皇帝たちの治世では明朝に比べてそんなにエッジが立っていない。

明朝と清朝が重なっているところ(1616年~1644年)はいわば動乱の時代である。このあたりはもっと不安定指数が上がるべきだろう。

そういう反省をもとに,新たなルールを加えてみる。

併存する王朝がある場合には,不安定指数に併存する王朝の数を掛ける

明朝と清朝が重なっている期間はそれぞれの王朝の不安定指数を2倍するわけである。そういう補正を行うと,次の通りとなる。

Dynastyver2_2

この指数にはまだまだ改善の余地があるとおもうが,王朝末期や帝位簒奪がある場合にはだいたい皇帝の在位期間が短くなるから,不安定度をある程度表しているのではないかと思っている。

以下は宿題:

○皇帝が単に長生きするだけで不安定度が低くなるのはいかがなものか?
○長い治世の間には農民反乱などがおきるのではないか?
○短い治世だからと言って不安定とは限らないのではないか?(たとえば,雍正帝の治世(1723~1735年))

これからおいおい改良していく予定。

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2015.07.17

関西の二つの顔:凋落と栄光と,安藤忠雄と又吉直樹と

昨日は対照的な2つの関西人の顔を見た。

一つは芥川賞を獲得したピース又吉直樹の喜びの顔。

そしてもう一つは絵にかいたような凋落ぶりを見せた安藤忠雄の顔である。

又吉『次回作、恥をかいても書こうと』/一問一答」(日刊スポーツ,2015年7月17日)
<新国立競技場>安藤忠雄氏は「ラグビーW杯」と「森喜朗古墳」の関係をどう考える?」(弁護士ドットコムNews,2015年7月16日)

ピース又吉氏の受賞に関しては,出版業界からの話題提供,ビジネス的な側面も感じられなくはない。だが,同氏の『火花』は一票差で三島賞に届かなかった作品であり,受賞の可能性は十分にあったと思われる。

ちなみに『火花』は今現在,アマゾン売上ランキング1位である。うちの近所の宮脇書店にも山積みになること請け合い。

火花火花
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慶事についてはこの辺にして,凶事について述べてみよう。時代の寵児だった人物がここまで零落したか,という話である。

今から数十年前,小生の母校では安藤忠雄氏が非常勤講師として教鞭を執っておられた。残念ながら,小生が入学した時,安藤氏は既に非常勤講師を辞めておられ,残念ながら謦咳に接する機会を得ることはできなかった。しかし,先輩方から伝え聞くところでは,当時の代表作の一つ,「住吉の長屋」に招かれての講義は感動ものだったとのこと。

安藤忠雄のディテール―原図集 六甲の集合住宅・住吉の長屋安藤忠雄のディテール―原図集 六甲の集合住宅・住吉の長屋
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ちなみに安藤忠雄氏の講義を拝聴することは叶わなかったが,別の伝説的な建築家であり,安藤氏の「住吉の長屋」に影響を与えた「塔の家」の作者である故東孝光先生に直接学ぶことができたのは幸いであったと言える。


話を元に戻すが,小生の周りには安藤氏の信奉者が多く,設計演習では安藤氏の作品を手本として取り組む者もいた。どいつもこいつも「打放しコンクリート」。さらには安藤氏が若かりし頃,世界を放浪していたのを真似てユーラシア放浪の旅に出た奴もいた。

小生が入学した年には大阪府茨木市に「光の教会」が竣工し,建築系の学生の多くにいい意味でのショックを与えていた。

光の教会―安藤忠雄の現場光の教会―安藤忠雄の現場
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小生は学生時代に東大阪の鴻池新田に住んでいたのだが,鴻池新田駅の近くには安藤氏の母校・城東工科高等学校(当時は城東工業高等学校)があり,会ったこともない安藤氏をなんだか身近に感じていた。

まあともかく,小生の学生時代,安藤氏はスターだったのである。


それが1990年代から大規模施設を手掛けるようになり,そしてマスコミへの露出が多くなったころから何となく変な感じになってきた。

「こんなに凄い建築家なのに,大阪弁丸出しのおもろいおっちゃん」
「高卒やけど世界に誇る天才建築家」

マスコミがそんなイメージを形成し,安藤氏もそれに便乗して自ら進んで演じてみせるという小芝居が鼻につくようになってきた。大阪人特有のサービスであろうか?

「森喜朗古墳」もとい「新国立競技場」の問題についての安藤忠雄氏の記者会見をテレビで見た。相当重要な問題であるにもかかわらず,軽妙な受け答えをする安藤氏。事の重大さが理解できていないのか,虚勢か,マスコミへのサービスか。

体調が良くないのを押して上京し,いつもであればスタイリッシュに決めたであろう髪型もふり乱し,白髪を染めるのも忘れたような態で,さらにいつものスタンドカラーのシャツではなく,地味なワイシャツを着て会見に臨んだ様子を見ると,この問題の重大さを認識しているようではある。

しかし,話す内容は責任の回避に終始し,磯崎新がああ言ったこう言ったと自分の言葉では説明しないあたり,問題の重大さを認識する一方で当事者意識には欠けているような印象を受けた。

危機に瀕したときの態度で人の評価は定まる。漫談のような調子で責任回避を図る安藤忠雄氏は恰好悪かった。マスコミに祭り上げられた建築家が今,マスコミによって葬り去られつつある。先生,晩節を汚しましたね。

連戦連敗連戦連敗
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2015.07.15

森喜朗古墳の造営について

ネットで話題沸騰の「森喜朗古墳」だが,とてもテレビでは取り上げられない。NHK"News Web"でも華麗にスルー。テレビって怖いわー。

読み方には様々な意見があり,「もりよしろう」ではなく「しんきろう」だという話も。

そういえば,ピラミッドは単なる陵墓ではなく,公共事業/失業対策だったという説がある。古墳もそうだったかもしれない。とすると,新国立競技場を森喜朗古墳と名付けるのは的確だろう。

↑上のコラージュもいいが,個人的には↓下のコラージュの方が出土した感じが出ていいと思う。サイズ感は無視されているが。


真面目な話,一度決めたものは変えることができない,サンクコストは無視できない,英霊に申し訳ない,ということで,新国立競技場の話と太平洋戦争は同じ構図だということを池田信夫先生は指摘している:

新国立で安倍首相は『第二の東條英機』になるのか」(池田信夫,アゴラ,2015年07月12日)

森喜朗古墳の造営費が科学研究費助成事業(通称:科研費)の総額とだいたい同じというのがすごい。

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2015.07.13

加上説:古い話はあとから作られる

宮崎市定の『中国史』の古代編を読んでいると,「加上説」というのが出てくる。

神話時代の物語は,古い時代に関する話ほどあとから作られたものである可能性が高いという説である。

これを加上説というが,日本神話でも同じようなことがあると言われているので両方を取り上げてみた。

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下の図は日中の神話に対する加上説を並べて図示したものである。

Kajousetsu


まず,中国の神話時代の帝王たちの系譜について。

孔子は理想的な帝王の姿として周の文王・武王を描いた。これに対抗して墨子は文王・武王よりも前に手本とするべき帝王として禹を置いた。これにさらに対抗したのが孟子で,禹の前に,堯・舜といった帝王を置いた。老子・荘子の流れをくむ道家はさらに古い時代の帝王として黄帝を置き,農業の専門家たちである農家は神農をその前に置いた。易学を専門とする儒家の一派はさらに前に伏犠を置いた。

ということで,春秋戦国時代の学者たちは自分たちの学問の祖となる人物をライバル学派の祖の前に置くということを繰り返し,その結果,古代帝王の長い系譜が出来たというわけである。これが中国神話の加上説であり,宮崎市定『中国史(上)』の166~167ページに出てくる。


つぎに日本の記紀神話の加上説について。

これは4年ほど前,本ブログの記事「松前健『日本の神々』(中公新書)を読む」で紹介したので採録になる。松前健『日本の神々』の文章をもう一度引用しよう:

イザナギ・イザナミの国生み神話は,もともと淡路島付近の海人の風土的な創造神話,天の窟戸神話は,もと伊勢地方の海人らの太陽神話,スサノヲの八岐大蛇神話は,出雲の風土伝承,天孫降臨は宮廷の大嘗祭の縁起譚,というように,記紀の各説話はめいめい異なった出自・原素材を持っている。それらの原素材は,それだけで完結していて,互いに無関係であったに違いない。ところが,ある一時代にこれらの説話を操作し,これらを人為的に一定の構想をもって,結びつけ,大和朝廷の政治的権威の淵源・由来を語る国家神話の形とした少数の手が感じられるというのである。(松前健『日本の神々』189~190ページ)

つまり,大嘗祭の縁起譚として天孫降臨神話があり,天孫降臨神話の前の話として天の窟戸神話が結び付けられ,天の窟戸神話の前の話として国生み神話が結び付けられた可能性があるというわけである。

ちなみになぜ,天の窟戸神話と天孫降臨神話が直接結びつき,八岐大蛇神話が脇に追いやられているのか,という疑問がわくかもしれないが,そのあたりは本ブログの過去記事「アメノイワヤト神話と天孫降臨神話は直結していた」をご覧いただきたく。

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もし加上説が正しいとすると,史書に記された歴史のうち,信ぴょう性の高い部分が短くなり残念な思いをする人もいるかと思われる。

しかし,それは史書に記載された歴史,つまり文書化された歴史が短くなっただけのことである。

考古学が教えるように,中国の場合,彩陶文化や黒陶文化といった文化が太古に栄えていたことは確かであるし,日本の場合も,紀元前145世紀から紀元前20世紀にいたる長期間にわたって高水準の縄文文化が栄えたわけである。文字になった歴史が短くとも嘆く必要はない。

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2015.07.12

中国史の時代区分

中国史に限らないのだろうが,時代区分をどのように設定するか,ということは中国史をどのように認識しているのかを如実に表す重要な作業である。

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宮崎市定以前には3分法というものがあった。

<戦前・守屋美都雄ほか>
古代: 上古~戦国末
中世: 秦漢~明末
近世: 清初~現代


<戦前・内藤湖南ほか>
古代: 太古~後漢
中世: 後漢~五代
近世: 宋以後


<戦後・唯物史観>
古代: 上古~唐末
中世: 宋~明末
近世: 明末~現代


これらのうち,真ん中の内藤湖南説では,太古から後漢までを古代とするが,これは漢,すなわち古代帝国の成立と維持を古代の歴史的潮流の頂点とする考え方である。西洋史においてローマ帝国を古代の頂点としているのと同じ考え方である。そして,中世を貴族制度の時代,近世を庶民勢力の台頭の時代としてとらえ,時代を区分している。

これに対し,戦前の守屋美都雄らによる3分法では皇帝制度の成立と発展維持の期間を中世としている。清朝以後に関しては西洋の影響が加わっているので近世。しかし,この区分法では中世が長すぎるという問題がある。

唯物史観は労働制度による区分法である。古代は奴隷制度,中世は農奴制度,近世は自由労働制度という考えに基づいて時代区分を行っている。この枠組みでは例えば唐の佃戸は農奴ととらえられている。しかし,宮崎市定が指摘するように,唐律によれば佃戸は小作人に近く,契約によって労働に当たる者である。また唐代には他に奴婢,部曲という身分があり,奴婢は奴隷,部曲は農奴に比定される。つまり唯物史観で中世とされる時代には複数の労働制度が混淆しているわけで,単純に労働制度によって時代を区分することはできない。


というわけで,上述の3つのうち2つの3分法にはいろいろと難がある。これらの3分法に対し,宮崎市定は4分法を唱えている。すなわち,


<宮崎4分法>
古代: 太古~漢代
中世: 三国~唐末五代
近世: 宋~清末
最近世: 中華民国以後


基本的には内藤湖南の3分法を継承している。ただし,西洋文化の衝撃を踏まえ,清と中華民国との間に区切りを設けるという考え方である。

宮崎史観では,経済や権力のダイナミズムが重視される。

古代というのは,バラバラだった中国の都市国家が次第に統一され,経済活動が一層盛んになる求心的傾向が見られる時代のことである。中世というのは中央政府が弱まり,皇帝と貴族たちとが強調したり対立したりを繰り返す,遠心的傾向が見られる時代のことである。この遠心的傾向が再び求心的傾向に転じるのが宋代以降の近世である。


本書ではなく,『大唐帝国』という宮崎市定の著した別の本には,宮崎史観を如実に表す概念図が示されている。

宮崎市定は中国歴代王朝の経済活動の状況を「景気」と呼び,それをグラフ化したものを「中国史上景気循環概念図」と名付けて同署に掲載している(『大唐帝国』,431ページ)。

中国史上景気循環概念図」を書き直したものを下に示す(20世紀以降の状況は小生が独断と偏見で書き加えた)。

Keikijunkan
中国史上景気循環概念図」(宮崎市定『大唐帝国』,431ページに基づく。20世紀以降加筆)

この図によれば,中国史の中世とは大いなる景気の谷間の時期である。群雄割拠して人々が不安に苛まれていた時代であり,経済活動も一進一退であったというわけである。


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2015.07.07

宮崎市定『中国史』を読む

先々月,先月と,東洋史学の泰斗・宮崎市定の著書,『中国史』が上下巻に分けて岩波文庫から上梓されたので,購入し昨日から読書中。

中公文庫で出ているこの人の本はほとんど購入し,岩波文庫のものもいくつか読んでいるが,中国の通史はこれが初。

小生の頭の中では,宮崎市定(東洋史),中村元(仏教),井筒俊彦(イスラーム)が三大東洋学者であり,文庫本が出たら読まなくてもすぐ購入することにしている。

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この通史を貫くのは上巻の総論に記述されているように,歴史は単なる事実の集積ではなく,論理の体系であるという主張である。それも抽象的な論理ではなく,「事実の論理」の体系でなくてはならないということ。

読者の中には,早く古代から現代にいたる歴史の流れを知りたくて,上巻の総論を読み飛ばしたいと思う人もいるだろう。しかし,上巻の総論こそが宮崎史学のエッセンスなので,じっくり読むべきである。

かつてE. H. カーが『歴史とは何か』の中で「歴史は現在と過去の対話である」と述べた。しかし,いまいち小生にはピンとこなかった。

ところが,今回,『中国史』の総論を読んでいたら,歴史というものの意義についてはっきり述べている箇所があって,心中の霧が晴れた。

人間の実生活には,絶えず将来を予測し,将来に備えながら,現在の瞬間を生き,新しい歴史を作っていく一面と,また絶えず過去を振返って過去を整理する一面とがある。そして過去を整理しておかなければ,明日の生活に支障を来すことになるのである。過去はそのまま消えて行くものではなく,その中の必要な部分は将来に再生する。だから過去を整理するという仕事は,それ自身が生活の進行なのである。何だか反対の方向に向いているように見えて,実際はそのいずれも,我々が生きて行く間に起る,生活の営みに外ならない。(『中国史 (上)』,33ページ)

歴史の意義が明確になったので,今後も安心して歴史書を読み散らかすことができる。

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2015.07.06

ギリシャ国民投票:反対(OXI)派がリード,約60%

開票率8.7%の段階だが,ギリシャの国民投票は反対派が予想以上にリードしている。

反対(OXI):60%
賛成(NAI):40%

本日の為替と株の動きはどうでしょう?
織り込み済みか。

ちなみにロンドン市場ではFTSE100がシャープな下がり方を示しているとのこと。


【AM2:50追記】

The Guardianによると,開票率20%の段階で

反対(OXI):60.49%
賛成(NAI):39.51%

とのこと。

さよならギリシャ。 エジプト文明のパチモンからスタートした君の偉大な文明のことは忘れない。

Greecedscn0053
(2005年7月撮影)

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ギリシャ:どうも否決(No, Oxi)らしい

ギリシャ財政危機の件。

EUによる改革案の受け入れを国民投票で問うているのだが,どうも「反対(Oxi,オヒ)」の様相である。

与党SYRIZAのロンドン事務所がツイッターで各調査機関の調査結果を示しているのだが,いずれも僅差で否決の方が勝っている。

だが,この僅差は覆るかもしれない。先日のイギリスの総選挙なんか,事前の予測結果が大きく外れたわけであるし。

それはそうと,ほんとうに僅差だった場合,EU案受け入れ賛成派が勝っても反対派が勝ってもギリシャ社会は真っ二つに分かれ,深刻な禍根を残すだろう。まあ,ギリシャのジャーナリスト,Nick Malkoutzis氏の受け売りですけどね。


とはいえ,過去,3回ほどギリシャに行ったことがある者の私見としては,暴動とか社会騒乱は起きないのではないかと思っている。ウゾやギリシャコーヒーを飲んで一日中おしゃべりしている国民だし。

ギリシャの経済はこれから静かに眠りの時を迎えるのだと思う。下の写真のパルテノン神殿で寝ている猫のように。

Greecedscn0049

↑パルテノン神殿で寝る猫(2005年7月撮影)

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2015.07.03

LEGOのパーツだけでできたプリンター"Bricasso"

ブログサイト"Evil MAd Scientist Laboratories"からの孫引きなのだが,Jason Allemannという人が運営する"JK Brickworks"でLEGOのパーツだけでできたプリンターが開発された。

LEGOにインクを吹き出すパーツなんてあったっけ?と思ったが,LEGOの1X1サイズのプレートを並べる「モザイク配列型プリンター」であることが判明。この発想はなかった。

"LEGO Mindstorm EV3"のカラーセンサーを使うのだそうだ。
工業の個人化が進んでいる。

レゴ マインドストーム EV3 31313レゴ マインドストーム EV3 31313

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