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2015.06.08

アレクセイ・ゲルマン監督の遺作『神々のたそがれ』を見てきた

YCAMでアレクセイ・ゲルマン監督の遺作,『神々のたそがれ』を見てきた。原題は<<Трудно быть Богом>>, つまり「神様はつらい」である。

【あらすじ】

舞台は,とある惑星の都市アルカナル。

この惑星は,地球から 800 年ほど遅れた発展を遂げており,中世ルネッサンス期を迎えているかのようであった。

そこに目を付けた地球人たちは,科学者・歴史家らの調査団を派遣した。しかし,最初の潜入から20 年が経過しても,そこで繰り広げられるのは,圧政,殺戮,知的財産の抹殺であり,文化発展の兆しは全く見られない。

地球人の一人,ドン・ルマータは,未来から知識と力を持って現れた神のごとき存在として惑星の人々から崇められているが,政治に介入することは許されず,ただただ権力者たちによって繰り広げられる蛮行を傍観するのみであった…(チラシより)

「ルネサンス誕生の瞬間が見られるかも」という地球人たちの希望は見事に打ち砕かれた。大学の破壊から知識人の迫害がはじまり,反知性主義が凱歌を揚げた。ポルポト時代のカンボジアにも通じる状況。地球人たちは失望し,あきれ返っている。ドン・ルマータはしきりに<<тоска>> (気が滅入る), <<трудно>> (疲れる)という言葉を口にしている。だがそれでもドン・ルマータは領主の一人としてこの星の人々の生活に入り込み,時として闘争にも加わりながら,参与観察を続けているのであった。

ひたすら降り注ぐ雨と,泥と,糞尿と,血と,内臓と……さらに暴力と,陰謀と,無知とに包まれた世界で生きる人々を描いた作品である。3時間もある大作だが,ただただスクリーンにくぎ付けとなった。

ソ連/ロシアと言ったら,タルコフスキーとかソクーロフとか。また世界に目を向ければ,テオ・アンゲロプロスとかタル・ベーラ(参照)とか,強烈な作品をこれまで見てきたが,今度のこれもまた素晴らしい。悲惨すぎてユーモアすら漂っている。

Bogtrudno

ウンベルト・エーコ曰く:

「アレクセイ・ゲルマンに比べれば,タランティーノはただのディズニー映画だ」(「神々のたそがれ 劇場用パンフレット」94ページ)

おっしゃる通りで。タランティーノは暴力を扱っていても様式美と言えるぐらい綺麗ですからね。

浅田彰先生などはやはり上手いこと本作を批評している:

「ルネサンスの期待は中世への退行によって裏切られ,解放は抑圧,知は狂信,富は貧困,平和は暴力を生む。歴史の悪循環をそのように俯瞰することすらここでは不可能だ。際限のない泥と糞の海を横切りつつ,視界が限られた中で,すべてに触れ,嗅ぎ,舐め,吐き捨てるほかはない。そして言葉というより声,音楽というより音に耳を澄ますこと。これは単に見るべき映画ではなく,そうやって全感覚で体験すべき映画なのだ――ラブレーやブリューゲルの世界に身体ごと放り込まれたかのように」(「神々のたそがれ 劇場用パンフレット」93ページ)

SFであるにも関わらず,醜悪な世界と人間とを,美しさを感じさせるほど徹底的に描いているので,リアリティーが半端ない。ヒエロニムス・ボッシュとラブレーとを混ぜ合わせた世界を撮ってきたドキュメンタリーのようだ。バザンから「映画におけるリアリズムとは何か?」と聞かれたら,「この映画に答えがあります」と答えよう。

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