上野誠『日本人にとって聖なるものとは何か 神と自然の古代学』を読む
著者は小生よりも10歳年上の古代文学研究者。
本書では,主に万葉集を手掛かりとして,聖なるものに対する日本人の感性とその成立過程を探っている。
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聖なるものに対する感性は,古代人のみが有していたものではなく,現代の日本人にも受け継がれ実感されているものである。
その実感は本書にも引かれている西行法師の(作と伝えられる)歌:
何事の おはしますをば しらねども かたじけなさに 涙こぼるる
に端的に表されている。
日本各所には,クスノキの大木,海岸にそびえたつ奇岩,崖から湧出する石清水など「聖なるもの」を感じさせる景観が点在しており,近年ではこれらの場所を「パワースポット」と呼び,詣でる人々もいる。こうした感性は古代から受け継がれてきたものであり,日本文化を構成する重要な柱の一つであると言えるだろう。
著者は「モリ」「ミモロ」「カムナビ」といった万葉集に登場するキーワードを頼りに,7~8世紀の人々の宗教観・自然観(古代思考)を明らかにしていく。読者は本書を読み進めるにつれ,現代日本人が受け継いでいるもの(古代的思考)を強く認識するようになるだろう。
本書では独特の見解が示されており,小生は蒙を啓かれる思いがした。詳細は本書を読んでいただくこととし,ここでは短く紹介するにとどめる。
「とめどなく生まれ出ずる神々」
「多神教というと,たくさんの神がいる宗教と考えてしまいがちだが,じつはそうではない。あらゆる事物が神となり得るのだから,無限に神が生まれ続ける文化構造と考えねばならないのである。」(序章,11ページ)
…ということは,神々が増え続けるにつれ,神々同士の覇権争いが生じることとなる。地域を代表する座を巡って,また国を代表する座を巡って。神々の競争については本書第八章の終わりに「神々の競争と優勝劣敗と」という節で触れられている。競争の結果として神々には序列が生じるわけで,記紀成立時には記紀に記されているような序列が定まったわけである。ただし,これはその時点での序列であって,常に競争が行われ序列が変化していくというダイナミズムがあるというのが著者の見解である。なるほど。
「原恩主義」
「今日的感覚からすれば,ご先祖さまに申し訳がないとか,おてんとうさまが見ているという感覚である。キリスト教のように,生まれながらに原罪を背負い,贖罪のために生きるという考え方とは,まったく逆である。『原罪』に対して,『原恩』と呼び得る感覚である。」(第二章 原恩主義の論理,40ページ)
「万葉集巻一・巻二は明日香・藤原思慕歌集」
「(明日香は)平城京で生まれた人びとにとっては,父と母の暮らしていた土地として記憶に留められていたのであった。この記憶を後世に残したいという感情こそ,『万葉集』という歌集を誕生させた一つの原動力なのである」(第四章 「カムナビ」と呼ばれた祭場,聖地,122ページ)
ほかにも持統天皇御製の歌:
春過ぎて 夏来たるらし 白たへの 衣干したり 天の香久山
についての新解釈(「香久山自身が衣を干しているのだ」とする鉄野昌弘説)など面白い話が本書には満載である。
記紀を対象,あるいは天照大神や素戔嗚尊など特定の神々を対象とする書籍は多いが,この本は山や森などに宿る小さな神々を対象としている。その点では谷川健一『日本の神々』(岩波新書)が類書といえるだろう。また,古代思考(宗教観・世界観)に焦点を当てているという点では">西郷信綱『古事記の世界』(岩波新書)が思い出される。併せて読むと理解が深まる。
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