ピジン語とその仲間:ビーチラマール語
(Photo by jdurham, morguefile.com)
この秋,何回か『文法の原理』を取り上げた(参照)が,その著者オットー・イェスペルセンは『言語―その本質・発達・起源』(原題:"Language; its nature, development, and origin")という本を書いている。
日本では三宅鴻(故人)による翻訳書が岩波書店から出ているのだが,実は上下巻のうち下巻は未刊行のままである。
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この本の中で小生が興味があるのは「ピジン言語」に関するイェスペルセンの見解である。しかし,その部分は下巻に含まれており,三宅訳で読むことができない。
なので,やむを得ず,原書で読むことにした。
幸いにも原書は電子図書館(California Digital Library)に収められている:
Language; its nature, development and origin ([1922])
ピジン語とその仲間について書かれているのは第12章(原著216~236頁)である。今日はバヌアツやパプア・ニューギニアで用いられている「ビーチラマール語 (Beach-la-Mar)」,別名「サンダルウッド英語」について取り上げてみる。
ビーチラマール語の語彙
この言語は様々な土地から集められ,プランテーションで働かされた奴隷たちがコミュニケーションを図るために英語をベースに作った言葉である。
語彙は英語,あるいは英語だと思いこまれている言葉から成る。
英語だと思いこまれている言葉としては,「トマホーク(小さい斧,ネイティブアメリカンの言葉)」,「タブー(禁忌をあらわすマオリ族の言葉,タプに由来)」,「カイカイ(食べ物や食事をあらわすマオリ族の言葉)」などがある。
英語に由来する言葉だが意味が変わってしまったものとしてはこんなものがある:
- nusipepa: newspaperに由来。手紙や印刷物など,文書一般のこと
- pisupo: pea soupに由来。缶詰食材のこと
- mary: 女性の名前に由来。女性一般を指す
- bullamacaw, pulumakau: bull and cowに由来。家畜,牛肉,缶詰の牛肉を指す
ビーチラマール語の描写的表現
語彙が限られているので西洋人が一言で済ませるような事物をぎこちない言い方で表現する。
例えば,楽器のピアノをどう表現するかというとこんな感じである:
big fellow bokus you fight him he cry (叩くと叫ぶ大きい箱)
ちなみにbokusはboxのことである。
妊婦はこのように表現される:
woman he got faminil inside (家族を体内に得た女性)ここでfaminilはfamilyのこと。
ビーチラマール語では精神的な働きをinsideという言葉で表現する。
- be statled (英語:びっくりする) → jump inside (ビーチラマール語)
- know (英語:知る) → feel inside (ビーチラマール語)
- consider (英語:よく考える) → inside tell himself (ビーチラマール語)
ビーチラマール語の文法
印欧語に見られる屈折はこの言語では見られない。また複数形は無い。例外的にmenという表現は使われるが。
複数を表現するためにallを使う。
all he talk (ビーチラマール語) → they say (英語)
印欧語の属格(所有格)はbelongで表現される。
that woman he brother belong me (ビーチラマール語) → she is my sister (英語)
womanに対してheを使っていることからわかるように,性別は無視(そういえば,ラオスやインドネシアでも女性を指してheという言い方をする人たちがいたなぁ)。
大工道具の「のこぎり」なんか,belongを使ってこんな風に表現される:
brother belong tomahawk, he come he go (ビーチラマール語:トマホークの兄弟,行ったり来たりする)
動詞に時制がないので,未来形や現在進行形は"by and by"もしくは"bymby"で表す。
brother belong-a-me by and by he dead (ビーチラマール語) → my brother is dying (英語)
過去形は"been"や"finish"で表す。
ここまでの文法を用いて「彼は禿げている」というのをビーチラマール語で表すとこうなる:
grass belong head belong him all he die finish (彼の頭の草は死んだ)
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