ピジン語とその仲間:ピジン・イングリッシュ
オットー・イェスペルセンの"Language; its nature, development, and origin"(岩波からは三宅鴻による翻訳書が上巻だけ出版されている。英語版の電子版はこちら)の第12章「ピジン語とその仲間 "Pidgin and Congeners"」の続きを読む。今回取り上げるのは「ピジン・イングリッシュ」。
イェスペルセンによると,ピジン・イングリッシュは主として中国において,そしていくらかは日本やカリフォルニアにおいて,英語を話す西洋人とアジア人との間の意思疎通のために使用されているという。まあ,本書が出版されたのは1922年だから,あくまでも当時の話である。
イェスペルセンによれば,「ピジン (pidgin)」というのは"busines"の訛りである。つまり「ビジネス英語」なのである。英国と中国の貿易が始まった頃から形成された。18世紀半ばに書かれた書物の中ですでにピジン・イングリッシュについての記述があるという。
イェスペルセンは,ピジン・イングリッシュについてビーチラマール語ほど十分な情報を持っていないということをことわった上で,簡潔にピジン・イングリッシュの解説を行っている。以下はその概略である。
ピジン・イングリッシュの例
He no cari Chinaman's Joss, hap oter Joss. (ピジン・イングリッシュ) -> He does not worship Chinese god, but has another god. (英語)
"Joss"は"god"の意味だが,語源はポルトガル語の"Deus"あるいは"Deos"らしい。"Joss-house"と言えば「教会」のことを指す。"Joss-pidgin"は「宗教」のこと。そして,"Joss-pidgin man"は「聖職者」のこと。
敬意を示す時には"chin-chin"と言う(「請請<チンチン>」のことだろう)。"Chin-chin Joss"と言えば,「神に祈る」という意味になる。
ピジン・イングリッシュの単語の中には由来不明のものもあり,そういった単語を英国人は中国語由来と考え,中国人は英語由来と考える。
だが,従来由来不明と考えられていたピジン・イングリッシュの単語の中には語源が明らかになったものもある。
"chit"や"chitty"というピジン・イングリッシュの単語は「手紙」や「明細書」を意味するが,語源はヒンドゥスターニー語の"chithi"である。
「倉庫」を意味する"godown"はマレー語の"gadong"であり,さらにその語源はタミル語の"gidangi"である。
「貯蔵品」を意味する"chowchow"は中国語由来だと考えられているが,食料一般の意味にも用いられている。"chowchow shop"と言えば「雑貨屋」のことである。
中国語で個数を表す時,「個<ガ>」を使う必要があるが,ピジン・イングリッシュではこれを"piecee"で表す。本書でははっきり書いていないが,英語の"piece"に由来するだろう。
「2つの煙突と3本のマストを持つ蒸気船 (a three masted screw steamer with two funnels)」をピジン・イングリッシュでは
"thlee piecee bamboo, two piecee puff-puff, walk-along inside, no can see"
と表現する。最後の"no can see"が意味不明だが,"bamboo"が「マスト」を,"puff-puff"が「煙突」を,"walk-along"が「蒸気機関」を表す。
ピジン・イングリッシュの発音
上の文例で"thlee"が"three"を表していることでわかるように,"r"であるべきところに"l"の発音が用いられる。このあたり,日本人を含むアジア人の多くが"r"と"l"の発音の区別を苦手とすることを反映している。
ピジン・イングリッシュで"loom, all light"といえば,"room, all right"の意味である。
ピジン・イングリッシュにおける"belong"
ビーチラマール語では属格(所有格)の代わりに"belong"が使用された。ピジン・イングリッシュにも"belong"が登場するが,使い方は異なる。
- "My belongy Consoo boy." (ピジン・イングリッシュ) → "I am the Consul's servant." (英語)
- "You belong clever inside." (ピジン・イングリッシュ) → "You are intelligent." (英語)
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