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2014.12.23

小路田泰直『卑弥呼と天皇制』を読む

久々に古代史と日本神話の話を書く。

8月に上梓された小路田泰直『卑弥呼と天皇制』を読んだが,刺激的で面白かった。近代史の専門家が古代史のタブーにチャレンジしている。

卑弥呼と天皇制 (歴史新書y)卑弥呼と天皇制 (歴史新書y)
小路田 泰直

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日本の古代史,特に卑弥呼が居たとされる3世紀ごろを専門とする人びとの間では『古事記』『日本書紀』を史料として扱うのを避けているふしがある。戦前・戦中に「記紀」があまりにも称揚され,古代史学がイデオロギッシュになってしまった反動だろう。

おかげ様で,今,学校で習う日本の歴史では,邪馬台国と大和朝廷の間のミッシングリンクが埋められないままとなっている。

しかし,日本人が自分たちのアイデンティティの拠り所として古代史に興味を持つのは当然のことである。2013年の古事記ブームはその一例である。

敗戦後の歴史学の呪縛を解き放ち,「記紀」を史料として読み直し,紀元前から8世紀までの日本史を構築しなおそうという野心的な試みが,この『卑弥呼と天皇制』という新書に高密度に詰まっている。

煮詰まりすぎて,本記事で全貌を紹介するのは無理である。一部だけ紹介することとする。


◆   ◆   ◆


邪馬台国の所在(笠井新也説)

この本のメインテーマは日本における世襲王制確立過程を示すことである。卑弥呼もそのプロセスの一部となっている。

邪馬台国の所在については延々と「邪馬台国論争」が繰り広げられているが,著者が依拠するのは笠井新也説(1922年)である。畿内説の一つであるが,魏の使節が瀬戸内海ではなく日本海を経由して大和に至ったとしているところに特色がある。

著者は交易ということに着目して,笠井新也説を補強している。古代から日本では日本海ルートと太平洋ルートという重要な海上交通ルートが存在する。この2つのルートが接点を持ちやすいのは畿内である。陸海の交通の要所だからこそ邪馬台国≒大和朝廷が畿内に根拠地を置いたわけである。

魏の使節が笠井新也説の通りに移動したとすると,日本海側から大和に抜けるのは大変なことのように思われる。しかし,著者によれば,丹後半島の付け根から由良川を遡上し,兵庫県丹波市氷上町石生(海抜95m)を経由して加古川を下れば,瀬戸内側に容易に到達できるという。そこから先は大和までは遠くない。そういえば松本健一『海岸線の歴史』でも,河川によって山中と海はつながっているという話が出ていた。

では,吉野ヶ里遺跡を初めとする,九州に存在する遺跡群はどう扱えばいいのか? これらについて著者は,邪馬台国のライバルである「狗奴国」の跡ではないかと考えている。詳しい根拠などについては本書を読んでいただくこととして,狗奴国の後継が熊襲だとすれば,畿内の邪馬台国(大和朝廷) vs 九州の狗奴国(熊襲)というすっきりした構図が完成する。こんなにわかりやすくていいのか?という疑問については後で述べる。


◆   ◆   ◆


卑弥呼は祖先崇拝の始祖

卑弥呼は鬼道によって人心を掌握したという。鬼道とは何かについては諸説あり,シャーマニズムだとする意見が多いが,本書では祖先崇拝だとしている。鬼とは中国語では亡霊を意味するからだ。

鬼道(祖先崇拝)以前の信仰は何かと言うと,自然崇拝である。自然崇拝から祖先崇拝への切り替えについて,著者は日本書紀の倭迹迹日百襲姫命(やまとととひももそひめのみこと)のエピソードを示している。なお,倭迹迹日百襲姫は卑弥呼であるとする説がある(卑弥呼・倭迹迹日百襲媛命説)。

そのエピソードは簡単に言えば次の通りである:

崇神5年,疫病が蔓延した際,崇神天皇はそれまで信仰していた自然神である天照大神や倭大国魂ではなく,別の神に救いを求めた。そして皇女・倭迹迹日百襲姫に憑りついた大物主(おおものぬし)神を信仰することとした。大物主神の求めに応じ,大物主神の子孫である三輪氏が祭祀を執り行うこととなった。

大物主神は三輪氏の祖先神であった。これに倣う形で天皇家の祖先崇拝が始まるということである。ただし,この時点では天皇家に相応しい祖先神が居ない。そこで,倭迹迹日百襲姫=卑弥呼が何らかの名誉ある形で死を遂げ,祖先神となった。その祖先神・倭迹迹日百襲姫=卑弥呼の偉大さを示すのが,箸墓古墳だという。


◆   ◆   ◆


紀元前の大和国家

日本の古代史学者たちは,神武天皇の実在性について否定的である。神武天皇は紀元前660年に即位したとされているが,まさか縄文晩期か弥生時代に国家が存在するとは…ということであろう。

だが,著者は奈良盆地中央部にある唐古・鍵遺跡に注目している。ここは弥生時代前期(紀元前3世紀)から古墳時代後期(紀元後3世紀)まで数百年間営まれていた大集落である。

著者が引用する北條芳隆氏の説では,唐古・鍵遺跡では太陽信仰が行われていたようである。なおかつ唐古・鍵遺跡は大和盆地を日時計に見立てたときの中心に位置する。いわば宇宙の中心である。

日本書紀によれば,神武天皇は「六合の中心」に国家を建設することを意図して東征したという。「六合の中心」とは天地東西南北の6方向の中心であり,つまりは宇宙の中心である。紀元前に建設された唐古・鍵遺跡こそ神武天皇の都ではないのか,そして,太陽信仰という自然信仰が最初の王たちの信仰ではないか,というのが著者の指摘である。


◆   ◆   ◆


神武以来/紀元前から続く自然崇拝は倭迹迹日百襲姫=卑弥呼によって祖先崇拝に変わった。その後,垂仁天皇による祖先神と太陽神・天照大神の一体化,神功皇后・応神天皇母子による世襲王制確立,雄略天皇による神の内面化(高皇産霊神の登場),欽明天皇による仏教導入…というように天皇制を強化する努力が続く。そして天皇制強化の一連の動きの仕上げが8世紀の『古事記』『日本書紀』編纂である。

8世紀と言えば西ヨーロッパではカール大帝(シャルルマーニュ)によるフランク王国のキリスト教化,地中海世界ではウマイヤ朝によるイスラム教世界の拡大が行われていた時代である。ヨーロッパや中東と時をほぼ同じくして,近代につながる国家の基盤が形成されたという指摘は近代史家である著者ならではのものである。

初めに述べたように刺激的で面白い本だったが2点ほど難点がある。

一つはささいな話だが,著者撮影の神社や遺跡の写真の構図がイマイチだということ。社殿の屋根が途切れていたり,左右のバランスが崩れていたり。編集者がトリミングなどの後処理をしっかりやれば良かったのにと思った。小生もあまり偉そうなことが言えないが。

もう一つは古代のことを推測するのに,あまりにも合理的・論理的に推論を展開しているのではないかということ。著者は旧約聖書を引いて古代社会の論理を検討したりするのだが,この方法は適切だろうか?

以前(2011年5月13日),本ブログで「西郷信綱『古事記の世界』(岩波新書)を読む」という記事を書いたが,そこで紹介した西郷信綱のアプローチ手法はこのようなものだった(再掲):

現在の社会学や人類学ではフィールドワークを重んじ,対象とする社会に住み込んで観察することにより研究を進める。このフィールドワークの手法に影響を受けた著者(西郷信綱)は,いわば古事記の中に分け入って,古代人と感覚を共有することによって,古事記の世界を理解しようとする。

ギリシャや聖書に由来する神話概念を持ってきて古事記を解釈したり,考古学・歴史学の知識を以って合理的に解釈(これを著者(西郷信綱)は「自然主義」と呼んでいる)したりはしない,というのである。

著者(西郷信綱)は言う:

私の目ざすのは,古事記のなかに住みこむこと,そしてその本質を本文のふところにおいて読み解くことである(14ページ)


今述べたような西郷信綱のアプローチの仕方から見ると,本書のわかりやすすぎる論理展開はあまりにも合理的・現代的であるように思う。

というように2点ほど気になったとこはあったものの,本書の中で展開された,戦後古代史学の呪縛から離れ,「記紀」を史料として読み直そうとする試みは大いに評価できるものである。

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