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2014.12.29

【第二次逆オイルショック】2015年の原油価格見通し/まだまだ値下がりする?

だいぶ前,2009年6月に本ブログで米エネルギー省の原油価格の見通しを紹介した(「【世界エネルギー見通し】2015年には1バレル110ドルに【米国エネルギー省】」)。

諸行無常というか,昨今の原油価格下落によって,この見通しは見事に外れることになった模様である。

2014年6月までは原油1バレルあたり100ドル超(WTI価格)だったことから,そのまま順調にいけば2015年に1バレル110ドルというのは妥当な予測だった。

しかし,その後,石油価格はみるみる下落し,2014年12月19日には55.89ドル/バレルに達している。

おかげさまで,というか,宇部のガソリンスタンドでは現在レギュラーガソリンが130円/リッターまで下がっており,スタグフレーションに苦しんでいる生活者への助け舟となっている。

とはいえ,石油価格の下落は省エネ・再エネ機運を損ない,エコカーや再生可能エネルギーの開発・普及に対しては悪影響を及ぼす。

結局のところ,石油価格下落というのは功罪両面を持つ「逆オイルショック」である。


◆   ◆   ◆


1986年の「逆オイルショック」

逆オイルショック」は今回が初ではなく,今から28年前にも起こっていた。1986年1月から始まった「逆オイルショック」がそれである。ここでは1986年のものを「第一次逆オイルショック」と呼ぼうと思う。そして今回の石油価格下落を「第二次逆オイルショック」と呼ぶことにしたい。

下に示すのが,1960年から現在にいたる国際原油価格の推移である。なお,途中までアラビアンライト(サウジアラビア産の軽質原油)の価格を表示しているが,途中からWTI(ウエスト・テキサス・インターミディエート)に切り替えている。両者の間には差があるが,おおまかな国際原油価格の推移を把握するためにはこの切り替えは問題ない。

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1960年から現在にいたる国際原油価格の推移(↑)


1973年および1978~1979年に第1次および第2次オイルショックが発生している。これは読者諸氏もご存じのことと思う。そのあと,1986年から石油価格の大幅な下落が生じている。これが「第1次逆オイルショック」である。

かつて教育社から「コモンセンス」という経済誌が出ていたのだが,同誌1986年7月号では「第3次オイルショック」としてこの「逆オイルショック」を取り上げていた。

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「コモンセンス」1986年7月号の表紙(↑)

1986年以前は原油価格は28ドル前後で推移していた。第2次オイルショック以前は10ドル台だったことからすれば,この価格は比較的高い水準である。原油価格が高いので,米国内の油田や海底油田(イギリス・ノルウェーの共同開発による北海油田)のようなコスト高の油田でも商売としてやっていけた。

しかし,原油価格が10ドル台に下落するという「逆オイルショック」が発生したことにより,これらのコスト高油田は打撃を被った。打撃を被ったのは米英だけではない。石油輸出を数少ない外貨獲得としていたソ連やメキシコも打撃を受けた。

逆オイルショック」を仕掛けたのは誰かと言うと,OPECの盟主,サウジアラビアである。サウジアラビアをはじめとする中東諸国ももちろん原油安によって損失を被る。しかし,先に,コスト高油田が壊滅すれば,先進国の中東への石油依存度が高まる。いったんOPEC側が主導権を握れば,そのあとはOPECが石油市場を自由にコントロールできる,というわけである。


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2014年の「第二次逆オイルショック」

さて,今回の「第二次逆オイルショック」もまたサウジアラビアが仕掛けたものであると報道されている。巷間に伝えられている「第二次逆オイルショック」の主目的は「米国のシェールガス産業潰し」である。

しかし本当にサウジアラビアが目的としているのは別のことだという説もある。それは,「ロシアとイランの経済に打撃を与える」ことだ,という説である。

サウジアラビアがなぜロシアとイランとを目の敵にするのかというと,ロシアとイランがシリアのアサド政権を支援しているからである。

バッシャール・アル=アサド大統領はイスラム教アラウィー派であり,大まかに言えばイランの国教である十二イマーム派と同じシーア派に属する。

ロシアはソ連時代からシリアと密接な関係を保っている。ロシアが軍事基地をシリアのタルトス港に持っていることは良く知られている。

ロシアとイランとがアサド政権を支援しているのに対し,サウジアラビアはシリアの反体制派の一つ,自由シリア軍(FSA)を支援している。自由シリア軍にはスンニ派勢力が含まれている。サウジアラビアの国教はワッハーブ派であり,宗派としてはスンナ派に属する。シリアに親スンニ派政権を誕生させることがサウジアラビアの悲願である。

原油価格下落がイラン経済にどのような影響を与えているのかについては,寡聞にしてよくわからないが,ロシア経済への影響は明確である。そもそもウクライナ問題以来,欧米の経済制裁によって,ロシアは弱っていたのだが,原油価格下落はさらにロシアを窮地に追い込んだ。サウジアラビアはスイング・プロデューサー(生産調整者)としての影響力をいかんなく発揮し,ロシアに大打撃を与えた。

サウジアラビアにとって米国は仇敵ではないため,米国のシェールガス産業を圧迫しつつも破壊しない程度の価格調整を行い続けるのではないかと言う話もある。


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2015年の原油価格見通し

先に米エネルギー省エネルギー情報局(EIA)のレポート"Short‐Term Energy Outlook December 2014"による2015年の原油価格見通しを述べておこう。

EIAの現時点の見通しによれば,ブレント原油価格は,2015年3月~5月までに63ドル/バレルに下落した後上昇に転じ,2015年第4四半期には73ドル/バレル程度になるだろうということだ。

また,WTIに関して言えば,2015年には63ドル/バレルになるだろうとも,2015年3月には95%信頼区間が51~89ドル/バレルになるだろうとも述べている。


こうした公的機関による予測に対し,小生などは過去との比較,つまり1986年の「第一次逆オイルショック」との比較から単純に予測を立てている。

下の図は1986年1月~12月および2014年1月~12月の毎週のWTIの値の推移を示したものである。

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1986年1月~12月および2014年1月~12月のWTIの推移(↑)

1986年の「第一次逆オイルショック」の際,原油価格は25.99ドル/バレル(1月10日)から11.13ドル/バレル(7月11日)まで下落した。57.2%の下落である。

2014年の「第二次逆オイルショック」の場合,原油価格は107.23ドル/バレル(6月20日)から55.89ドル/バレル(12月19日)まで下落した。47.9%の下落である。

小生が最近凝っている,統計や予測の本から学んだことは,歴史を振り返るということである。「第二次逆オイルショック」でも「第一次逆オイルショック」の規模の原油価格下落が起きてもおかしくない。47.9%の下落ではまだ不十分で,50%台後半まで下落する可能性がある。「第一次逆オイルショック」を踏まえれば,2015年の原油価格は43ドル/バレル(60%下落)~54ドル/バレル(50%下落)といったところではないだろうか? プーチン大統領などは40ドル台まで落ち込むことを覚悟している。

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