『バーブル・ナーマ』 文武両道のムガル帝国初代皇帝による人間らしい回想録
ムガル帝国に造詣が深いわけではないが,時々関心が向く。
数年前には本ブログでジョン・ブルックス『楽園のデザイン イスラムの庭園文化』という本を取り上げた(2011年1月17日記事)が,その記事の中で,とくにムガル朝の歴代皇帝たちが庭園造りに励んでいたという話を紹介した。
また,ゲームの話になるが,この冬,「EU3」で遊んでいた。このゲームの中でムガル帝国(イベント成立前はティムール帝国)をプレイし,西はウクライナから東は中国沿岸部にまで至る大帝国を築くのに成功した。
そして今回,ムガル帝国に目を向けたのは,平凡社「東洋文庫」から『バーブル・ナーマ』の日本語訳第2巻が上梓されたからである。
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訳したのは『バーブル・ナーマ』研究の第一人者,間野英二先生。
本記事ではバーブルについてあれこれ長く書くつもりはないが,中央アジア・サマルカンドからアフガニスタン,アフガニスタンから北インド(ヒンドゥスターン)へと拠点を移しつつ,ついに16世紀初めに「インドにおけるティムール王朝(「ムガル」は他称である)」を開いた人物である。
始祖といえば,1世紀後の日本で江戸幕府を開いた徳川家康が思い浮かぶのだが,バーブルの生涯ときたら,家康公が涙を流さんばかりの苦難の連続である。故郷サマルカンドから追われたり,せっかく得たヘラートを失陥したり。その半生を自ら著述したのが『バーブル・ナーマ』である。
記述は簡明で,最初の出だしはこんな感じである:
In the name of God, the Merciful, the Compassionate.
In the month of Ramzan of the year 899 (June 1494) and in the twelfth year of my age, I became ruler in the country of Farghana. (The Babur-nama in English, Memoir of Babur, translated by Annette Susannah Beveridge, Vol.1, p. 1, Luzac & Co., 1922)
慈悲深く,慈愛あまねき,アッラーの御名において
ヒジュラ暦899年ラマザーン月(1494年6月),私は12歳にしてフェルガナ地域で支配者となった。
このあと,フェルガナの描写,父ウマル・シャイフ・ミールシャーのこと,サマルカンドを支配してきた者たちに関する記述が続き,やがてサマルカンド支配をめぐる攻防戦へと話が展開していく。
『バーブル・ナーマ』は多くの人を魅了しているようだ。ライフネット生命保険代表取締役会長兼CEOの出口治明氏もその一人。
この人は大変な読書家(とくに歴史書の)として知られているが,先月初旬(2014年10月8日)「誠ブログ」で『バーブル・ナーマ』を取り上げていた(参考)。
出口氏の書評の最後の段落がとても良い。少し長くなるが引用しよう。
「バーブル(1483~1530)は、フランス王フランソワ1世(1494~1547)、イングランド王ヘンリー8世(1491~1547)やローマ皇帝カール5世(1500~1558)とほぼ同時代人であった。しかし、他の3人の君主が、このように率直で鋭い観察眼を持つ優れて近代的な自伝を書く能力を有していたかどうかは極めて疑わしい。誰よりも勇猛な軍人であったバーブルの肖像はそのほとんどが書物を手にして描かれている。この時代、経済力のみならず、人間個人の文化的洗練度(成熟度)の面でも実は東風が西風を圧していたのだ。」(書評:『バーブル・ナーマ 1』,ライフネット生命会長兼CEO出口治明の「旅と書評」,2014年10月8日)
『バーブル・ナーマ』は英訳版であれば,トロント大の電子図書館で読むことができる:
"The Babur-nama in English (Memoirs of Babur) Vol.1"
"The Babur-nama in English (Memoirs of Babur) Vol.2"
上下巻いずれも500頁を超える大著だ。
日本語による部分訳は,京都大学学術情報リポジトリ(KURENAI)から間野英二先生の業績を調べれば見つけることができる。
しかし,手許に置いてゆっくり読もうと思えば,やはり平凡社「東洋文庫」版だろう。
蛇足。
ジョン・ブルックス『楽園のデザイン イスラムの庭園文化』を紹介したときに作ったバーブルからアウラングゼーブに至るムガル帝国皇帝の系図を再掲しておく:
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