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2014.10.05

『物語 ベルギーの歴史-ヨーロッパの十字路』を読んだ

インドネシアとは何の関係もないが,ジャカルタ滞在中に松尾秀哉『物語 ベルギーの歴史-ヨーロッパの十字路』(中公新書)を読んだ。

物語 ベルギーの歴史 - ヨーロッパの十字路 (中公新書)物語 ベルギーの歴史 - ヨーロッパの十字路 (中公新書)
松尾 秀哉

中央公論新社 2014-08-22
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小生の視点で内容をあっさりまとめるとこういうことになる:

  • ベルギーは1830年に独立した新興国
  • ベルギーはフランデレン(北部・オランダ語)とワロン(南部・フランス語)という地域・言語に根差した2大勢力がせめぎ合う国
  • 両者の争いをなだめながら一つの国にまとめているのが国王
  • 他の立憲君主制国家と大きく違うのが,国王の政治主導権が強いこと
  • 従って国王のパーソナリティが国政を左右する

正確に言うと,ベルギーにはドイツ語圏もあるし,ブリュッセル(外資系の連中はブラッセルと言う)は両語圏なので,もっと複雑な政治状況だが,基本的にはフランデレン vs ワロンという構図でこの国の政治は揺り動かされている。

かつてはCVP・PSC(キリスト教人民党/キリスト教社会党,これで一つの政党)のような全国をカバーする政党が存在したのだが,1999年の選挙で地域主義が台頭し,政党の多くがフランデレンかワロンに基盤を置く,地域政党となった。

地域主義が過激になってくると,分離独立主義に発展する。それを代表するのがフラームス・べラング(VB)のようなフランデレン独立を掲げる政党である。

フランデレンとワロンの争いをなだめながら国家としての一体性を維持しようと努力しているのが,歴代国王である。

国王は組閣担当者を指名する権限を持つ。このような仕組みは初代のレオポルド1世の頃から始まっており,ベルギーは他国よりも君主が政治に関わる度合が強い。

国王はこの権限を用いて分離独立主義者を排除しつつ,各政党を説得し,妥協させ,組閣を促し,国家分裂の危機を乗り切ってきた。著者はこの状況を「『合意の政治』と国王」(216頁)と総括している。

国王の存在は,ベルギーがベルギーであり続けるための重要な要素なのである。しかし,それにしては歴代の国王のオランダ語学力が必ずしも高くないのはいかがなものか。レオポルド2世しかり,現国王フィリップしかり。(ちなみに,本書では「フィリップ1世」と書いているが,それは今後,フィリップ2世が即位した場合に付く名称である)


◆   ◆   ◆


本書に手を出した理由の一つに,先日のスコットランド独立騒動がある。一応,独立しないということで収まったが,他のヨーロッパの国々では分離主義が台頭しており,今回の独立騒動はスコットランド独立には至らなかったものの,各地の分離主義者を煽り立てることとなった。

有名どころではスペインのカタロニア,バスク両自治州の独立の話が持ち上がっている。しかし,もっとリアリティーがあるのが,ベルギーにおける分離独立の可能性である。本書を読んだ限り(2014年選挙結果までフォローされている)では「合意の政治」の伝統はまだ崩れておらず,当分はベルギーはベルギーのままであると思われる。しかし,チェコとスロバキアが分かれたように,ベルギーもフランデレンとワロンに分かれる可能性は常にある。


◆   ◆   ◆


本書を読みながら湧き起こったのが,なぜ,ベルギーはバイリンガル政策をとらないのだろうか,という疑問。まあ学習の苦労はわかるが,国家の統一性のためには必要なのではないかと思う。

同じ多言語国家であるスイスの場合,フランス語圏やイタリア語圏など,ドイツ語圏以外では標準ドイツ語を習っている(とはいえ,スイス風ドイツ語は標準ドイツ語と異なるのでフランス語圏の人が標準ドイツ語を使うと,今度はドイツ語圏の人が会話に困るという現象があるらしいが)。とにかくスイスでは違う言語圏とコミュニケーションをとろうという努力がなされている。

今,インドネシアにいるので思い出したが,インドネシアは多民族国家なので,人々はそれぞれの民族の言葉を使っている。しかし同時に共通語であるインドネシア語も話す。これによって,インドネシアという広大な国の統一性が保たれているわけである。

やっぱりフランデレンとワロンが歩み寄るためには,バイリンガル政策は必要だろうと思うが,やらないのだろうか?


◆   ◆   ◆


著者の松尾秀哉先生は1965年愛知県生まれ。一橋大学社会学部卒業後,東邦ガス(株)や(株)東海メディカルプロダクツに勤務していた。「あとがき」から推定すると,東海メディアプロダクツ時代に業務の関係でベルギーの医療行政や福祉行政を調べているうちにベルギーに興味を持ったらしい。

「あとがき」の話が本当だとすると,最初は「ベルギー語ってあるのか?」と部下に訪ねる程度の知識だったらしい。そこからスタートしてベルギー現代政治の専門家になるんだから大したものです。

その後,会社を辞して,1997年に東京大学大学院総合文化研究科に入る。2007年に同大学院の国際社会科学専攻博士課程を修了し,博士(学術)の学位を取得した。

以後,聖学院大学政治経済学部政治経済学科准教授を経て,現在は北海学園大学法学部教授となっている。

科研のデータを見ると,研究者になりたての2007年度には「政治制度と市民的自己決定の間の齟齬-ベルギー型連邦制の脆弱性-」という課題名で「若手研究(スタートアップ)」に採択され,その後は途切れることなく科研費を獲得しているのだから,かなり優秀な研究者である。


◆   ◆   ◆


最後に隴を得て蜀を望むような事を述べる。

本書ではもうちょっと図版が欲しかったと思う。

序章の扉の前,2ページに付されたベルギー王国の略図は主要都市名が記載されているものの,州名が書かれていない。そのため,例えば97~98頁の「大ベルギー構想」の件で出てくる「リンブルフ州」がどこなのかよくわからない。よく読むと「州都ハッセルト」と書いてあるので,多分ここだろうと推測ができる。州名は実は後になって195頁の「ベルギーの連邦構成体」に記載されているのでわかるのだが,できれば,最初の方のページで示すべきだろうと思う。

あと,総選挙後の政党別議席数の状況も知りたかった。2014年の選挙結果については215頁に表が示されているが,他の主要な選挙の結果については余り情報が無い。○○党が台頭…,○○党が議席を失う…という記述だけではなく,議席数の円グラフ(パイチャート)があった方が分かりやすい。

同じ中公新書で言えば,林健太郎『ワイマル共和国』は事細かに議席数のデータを示していた。読者が政党間の争いや民意の動向を追跡するためにはそういった図表もいるのではないかと思う。

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