藤原重雄『史料としての猫絵』を読む
5月16日から山口県立美術館で開催されていた「大浮世絵展」は,昨日7月13日に幕を閉じた。
先日の記事「山口県立美術館「大浮世絵展」がすごかった」(2014年7月11日)では来場者が8万人を超えたということを報告したが,その後さらに来場者が伸びて,7月11日には9万人,そして最終日には10万55人に達したという。駐車場のスペースが足りなくて県庁の駐車場まで動員されるという有様。
日本人はやはり浮世絵が大好き。
この浮世絵展で人気があった作品群としては,歌川国芳(1798年1月1日(寛政9年11月15日)~1861年4月14日(文久元年3月5日))が描いた猫たちが挙げられる。
国芳は無類の猫好きとして知られ,自画像にも猫たちが配されている。
"Self-portrait of the shunga album". Licensed under Public domain via ウィキメディア・コモンズ.
「東海道五十三次」を踏まえて描いた「猫飼好五十三疋(みょうかいこうごじゅうさんびき)」は国芳の猫好きと遊び心が結合した傑作だと言えるだろう。
"Cats suggested as the fifty-three stations of the Tokaido". Licensed under Public domain via ウィキメディア・コモンズ.
国芳の猫絵はかわいらしさとポップさとで現代的な価値を帯び,現在,大変な評価を受けている。しかし,国芳の猫絵を純粋に猫好きが書いた絵としてのみとらえるのではなく,歴史的な文脈でとらえようとしているのが,藤原重雄『史料としての猫絵』(山川出版社)である。
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この本では,絵画鑑賞の姿勢を大きく二つに分けている。一つは「印象派的絵画鑑賞」であり,もう一つは歴史的文脈を踏まえた鑑賞である。
「印象派的絵画鑑賞」とは,芸術作品を「さからしらな知識は必要なく,素直な心でみつめてみましょう」とする姿勢である。
だが,前近代の作品を鑑賞する場合には,その作品が制作されるにいたった背景や,描かれたものの周囲に広がる文脈にも目を向ける必要がある,といのが本書の主張である。国芳の猫絵も歴史的文脈から逃れることはできないというわけである。
本書では表紙に国芳の「鼠除けの猫」を掲げ,この絵に流れ込む猫絵の伝統について語っている。
たとえば,「鼠除けの猫」は左上方を見つめているが,その視線の先には何があるのか。「鼠除け」というからには鼠なのだろうが,徽宗皇帝の頃から中国画・日本画の伝統では猫の視線の先には蝶が描かれ,吉祥画として喜ばれていたという。
また,江戸時代には高家の一つである岩松のお殿様が描いた猫絵が鼠除けのまじないとして広く受容されていたという。
国芳の「鼠除けの猫」を見るときには,こうした経緯,とくに何らかの機能(吉祥画として,あるいはまじないとして)があることを踏まえて鑑賞する必要があるのではないかというのが本書の主張である。ましてや「鼠除けの猫」は印刷物として生産・販売されたものである。プロデューサーからの指示がある,ということを忘れてはならない。
というように前近代の絵画鑑賞における歴史的文脈の大切さを著者は主張するわけだが,国芳作品については,著者の主張に揺らぎが見られる。
とはいえ,この絵をことのほか喜んだ愛猫家や国芳猫絵ファンにとっては,これまで分析してきた図像伝統や機能・メディア性はどうでもよいことであったかもしれない。国芳錦絵の前提となっている<鼠除けの護符>という枠組みは,猫の姿を絵に描くための口実,ないしは卓抜な猫のスケッチを版画として商品・景品化する仕立て,それを享受する方便でもあったのだろう。個別事象に流れ込んでいる歴史的な水脈と,個別具体的な局面との距離感は,歴史学の研究における想像力の領域に属する問題である。(『史料としての猫絵』58頁)
小生はこのように思う。
国芳のほぼ同時代人として葛飾北斎がいるが,この人は伝統的な絵を描く一方で,伝統の枠内に収められない,自由な作品群,『北斎漫画』を世に送り出している。前近代と近代以降とで絵の描き方に明確な線引きができるものではなく,江戸後期に至っては,図像学的な伝統はときとして無視されるようになったのではないかと思われる。江戸後期の人々の間には「印象派的絵画鑑賞」が始まっていたのではないかと。
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