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2014.07.30

イェスペルセン『文法の原理』(上)を読む

高校の三年間,担任だった松永先生は学究肌の英語の教師だった。英語だけでなく,フランス語とドイツ語もこなしていた。あるときデンマーク語にも興味があるという話を聞いた。なぜかと尋ねると,イェスペルセンという言語学者の著書を読んでみたいのだと言った。そのとき,イェスペルセンという名前を初めて聞いた。

それから幾星霜。そのイェスペルセンの『文法の原理』上中下3巻が小生の本棚に鎮座している。2006年に岩波書店から刊行されたものである。訳者は英語・英文学者の安藤貞雄先生

文法の原理〈上〉 (岩波文庫)文法の原理〈上〉 (岩波文庫)
イェスペルセン 安藤 貞雄

岩波書店 2006-05-16
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解説によれば,デンマーク語では「イェスパスン」のような感じで発音されるそうだが,日本での通例に従って,本書ではイェスペルセンと記述されている。

言語学者というとチョムスキーがまず挙げられるだろうが,第二次世界大戦前は少なくとも英語の領域ではイェスペルセンが最高の権威だったという。

権威というと権威を振りかざしているような良くない印象を受けるが,イェスペルセンに関してはそういう話は聞かない。イェスペルセンの研究スタイルは,言語を何か独立した有機体と見るのではなく,人間の活動として見て,言語の使われ方(言語事実)に即して研究を行うという,篤実かつ堅実なものである。演繹的ではなく,帰納的というべきか。

イェスペルセンの研究スタイルは古臭く見えるが,チョムスキーはイェスペルセンを高く評価している。言語研究の基本として,つまり古典として,この文法の原理は現代的な価値があるのだ。そのわりにはWikipediaの記述が少ないのはいかがなものか。


◆   ◆   ◆


ここ2,3週間,断続的にイェスペルセンの『文法の原理』上巻を読んでみたのだが,悪い意味でなく,良い意味で面喰うような内容だった。

我々が中学高校で学ぶ「5文型」とか,あれは形容詞・これは副詞というような品詞の種別とか,そういった固定され出来上がった英文法などは書かれてはいない。本書では,言語事実を踏まえて,文法の根底にある原理を浮かび上がらせようという意図の下,ラディカルでダイナミックな思索が展開されている。

で,あるから,通常の英文法の枠組みを破壊するような新しい見方が次々に登場する。

そもそも本書の英文タイトルは"The Philosophy of Grammar"であり,文法の「哲学」を語ろうという意思が看取される。


◆   ◆   ◆


イェスペルセンは言語の本質を人間の活動として捉えている。特に,会話が重要であって,読み書きは二次的なものとしている。

言語とは,「ある個人の側では,自分の考えを相手に理解させるための活動であり,べつの個人の側では,相手が考えていることを理解するための活動」である(上巻27ページ)。言語研究を行う時にはこのことを忘れてはいけないとイェスペルセンは強調する。

「自分の考えを相手に理解させるための活動」というのは,概念を言語に直して伝達していく作業で,言ってみればエンコードの作業である。

これに対して「相手が考えていることを理解するための活動」というのは,受け取った言語を概念に置き換えていく作業であり,言ってみればデコードの作業である。

こうした言語に関する2つの活動に対応して,言語研究のアプローチとして2つの方法が生まれる。一つは内部の意味(inner meaning, I)から外部の形式(outer form, O)に向かうもの(I -> O)であり,統語論(統辞論,Syntax)と呼ばれるものである。もう一つは,外部の型式から内部の意味に向かうもの(O -> I)であり,形態論(Morphology)と呼ばれるものである。

人工言語の場合は,"O -> I"だろうが"I -> O"だろうが,同じ文法規則が見出されることだろう。しかし,自然言語の場合はそうはいかない。同じ文法的事実を,"O -> I"と"I -> O"の2種類の方法によって研究することによって,はじめて,言語活動を理解できるというのがイェスペルセンの主張である。

言語学の専門家にとってはイェスペルセンの主張は当たり前なのだろうが,門外漢の小生にとっては新鮮でである。


◆   ◆   ◆


ここら辺までが第3章までの内容で,以後,品詞,ランク,ネクサスについての議論が展開される。

本書の文章は難解ではないものの,記述内容は多岐にわたっているため,読んでいると迷子になりそうである。

だが,訳者の安藤貞雄先生が解説の中で,注目するべきイェスペルセンの見解として,本書の見どころを教えてくれる(上巻393~399頁)ので,非常に助かる。安藤貞雄先生の解説とイェスペルセンによる本文を往復して読むと理解が進む。


◆   ◆   ◆


イェスペルセンの独自の見解にはいろいろなものがあるが,一例として品詞の分類がある。

通常,名詞,形容詞,動詞,前置詞,…などという分類が行われるが,これらは必ずしも明確に定義されていない,とイェスペルセンは言う。

イェスペルセンは,型式上の基準を適用することによって,語類を,

  • 実詞 (substantive)
  • 形容詞
  • 代名詞
  • 動詞
  • 不変化詞 (particle)

の5つに分類する。実詞というのは,通常は名詞(naun)と呼ばれているものである。

副詞,前置詞,接続詞,間投詞はどこに行ったのかというと,不変化詞にまとめられている。

副詞,前置詞,接続詞,間投詞。これらは互いに違うものだろうと思うかもしれないが,イェスペルセンは次のような例を示して(上巻209頁),従来の分類法を批判している:

  1. Put your cap on. (帽子をかぶりなさい)
  2. Put your cap on your head. (帽子を(頭に)かぶりなさい)

従来の分類法では1番目の例の"on"は副詞であり,2番目の例の"on"は前置詞とされる。だが,見かけの上で区別のつかない(しかも"Put your cap on"まで全く同じ形式の)"on"を副詞と前置詞にわざわざ分ける必要があるだろうか。

"on"を一つの品詞にまとめて,「あるときにはそれだけで完全であり,あるときには補足語(あるいは目的語)を伴う,と言うほうが自然ではないだろうか」(上巻209頁)

言われてみれば,ごもっとも。


◆   ◆   ◆


品詞についてはさらに面白いことを言っている。安藤貞雄先生が解説の中で「品詞は,語について用いられる用語だが,語群になると品詞の区別は役に立たない」(395頁)と要約している主張である。

例えば,辞書を見ると"poor"は形容詞であり,"poor people"というように用いられる。しかし,"the poor"と言った時には名詞のような役割をする。

「"poor"は形容詞であるが,名詞的にも使われる」などと説明すると,実詞 とか形容詞とか品詞の分類をした意義が無くなる。

イェスペルセンは,品詞の分類上,"poor"は形容詞であるとする。そして,"poor people"と言った場合には"people"という「一次語 (Primary)」に結び付いた「二次語 (Secondary)」であり,"the poor"と言った場合には「一次語 (Primary)」であるというように,使われ方によって一次語,二次語という「ランク」付けを行う説明をしている。

一次語は主要な概念を表し,二次語は一次語を規定(制限,修飾)する。二次語は付加詞(Adjunct)とも呼ばれる。二次語を規定する単語が付属する場合には,その単語は三次語(Tertiary)あるいは従接詞(Sub-adjunct)と呼ばれる。三次語を規定する四次語(Quarternary),四次語を規定する五次語(Quinary),…というようにどんどん規定する単語が登場する場合もありうるが,いずれにしても,ある単語を規定する語が現れた場合には,品詞に関わらず,今述べたようなランク(規定関係)を定めることができる。

こういうランクを導入することによって,ある場合には形容詞が実詞になるとか,ある場合には実詞が形容詞になるとか苦しい説明をしないで済むようになる。

例えば,小生が読んでいるチャーチルの"マラカンド野戦軍物語"(参考)のタイトルの一部は

The Malakand Field Force (マラカンド野戦軍)

で,"Malakand"も"Field"も"Force"も名詞だが,"Force"が一次語,"Field"が二次語,"Malakand"が三次語,というようにランクを用いて説明することができる。


◆   ◆   ◆


こうしたランク概念の導入によって,単語同士の規定関係が整理できるようになったが,このあと,その規定関係にも複数の種類があるということをイェスペルセンは述べている。そこで新たに出てくるのが,連接(Junction)とネクサス(Nexus)という概念だが,それについては稿を改めて書くことにしたい。

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2014.07.29

岩波書店からブックカバーをもらった件

岩波書店が,五月下旬から2014年岩波文庫フェア『はじめよう,極上の読書』というのをやっているわけである(参照)。

フェアのリストに載せられている本の帯の内袖に印刷してある応募マーク3枚を岩波書店に送ると特製ブックカバーがもらえるという。

それにまんまと乗せられて,先日ご紹介したエイモス・チュツオーラ『やし酒飲み』参考)の他,ブッツァーテ『タタール人の砂漠』アウエハント『鯰絵―民俗的想像力の世界』など3冊を買い,応募マークを集めて送ったわけである。

やし酒飲み (岩波文庫)やし酒飲み (岩波文庫)
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果たして,ブックカバーは届いた。

Iwanamicover02

岩波書店のウェブページの写真では布っぽく見えたのだが,実際にはポリウレタンか何か合成樹脂でできている感じのものだった。

Iwanamicover01

フェアの本とは別に買った『ツアンポー峡谷の謎』(これも岩波文庫)にかぶせてみたところ。

デザイン的には渋くて良いと思う。販促用としてはいいんじゃないでしょうか。愛用させていただきます。

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2014.07.28

宇部の花火大会に行ってきた

この前の土曜日(7月26日)に,宇部の花火大会を見てきた。臨時バスに乗って宇部港近くまで移動した。夏の風物詩ですもんね。乗るしかない,このビッグウェーブに。

いつもは閑散としている新天町名店街が,この晩は大賑わいである(他にも宇部祭りのときには混むのだが)。

Ubefireworks20142

花火は午後8時から始まり,9時に終了した。今年は開催60回目だそうで,1万3000発の花火が打ち上げられた。

携帯ではうまく撮れないので,下の写真では侘しく見えるが,実際には大音響大迫力だった。

Ubefireworks2014_2

宇部の花火大会はそれほどメジャーではない(昨年の人出:12万2000人)が,山口県内では最大級である。この辺りでは「関門海峡花火大会」が有名で,門司,下関あわせて1万3000発が打ち上げられる。そちらは115万人が集まるというが,打ち上げ数で言えば,宇部も同じ規模である。宇部の方がいまいちメジャーにならないのは交通事情や観光スポットに乏しいということだろう。

そういえば,「清水みなと祭り」の花火大会もそろそろである。そちらは1万発で宇部の花火大会とだいたい同規模。

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2014.07.24

イギリスでも鶏肉の問題が持ち上がっている件→3分の2の鶏肉はカンピロバクターに汚染されている

中国の「上海福喜食品」で使用期限切れの鶏肉(青く変色したものもあり)が,マクドナルドやファミマ等,ファストフード向けの加工に回されていたという衝撃的なニュースがここ連日流れているが,イギリスでも鶏肉の安全性の問題が持ち上がっている。

Revealed: the dirty secret of the UK’s poultry industry (by Felicity Lawrence, Andrew Wasley and Radu Ciorniciuc, the guardian, Wednesday 23 July 2014 15.47 BST)
  • Two-thirds of fresh retail chicken in UK contaminated with campylobacter
  • Guardian findings prompt investigations at three major supermarkets
  • Government shelves plans to name and shame suppliers

要するに,食肉業者の衛生管理がいい加減で,加工場の床にも,養鶏場にもカンピロバクターが広がっていて,スーパーで売っている鶏肉の3分の2が汚染されているという話である。

やり玉に挙がっているのはイギリスの2大加工業者,"2 Sisters Food Group"と"Faccenda"。

ガーディアン紙の記事には"2 Sisters Food Group"の工場の床に鶏の内臓だの血だのが広がっている写真が掲載されている。

洋の東西で同時に鶏肉の問題が持ち上がるとは,単なる偶然ではないような気がする。

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アルジェリア航空機,行方不明の件

昨日は澎湖島で旅客機が墜落したが,今日はアルジェリア航空AH5017便が行方不明との情報。

Flightradar24の情報。

ブルキナファソのワガドゥグーを出たのち,連絡を絶ったとの話。

機体はボーイング737-600だという話も出ているが,MD86だという話も出ている。

よくわからないが,アルジェリア航空がスペインのSwift Airから借りたMD86だという話が出ている。

最新の情報では行方を絶ったAH5017便は,乗客110名,乗員6名とのこと。

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2014.07.22

黒田硫黄が『アップルシード』を描くんだそうです

マンガ好きの人ならすでにご存知だろうとおもうが,短めの情報。

あの黒田硫黄が士郎正宗御大の『アップルシード』を描くそうです。

黒田硫黄版アップルシード始動、カノカメ完結」(コミックナタリー,2014年7月22日14:16)

タイトルは『アップルシードα』。
7月22日(今日だ)発売のモーニング・ツー9月号にてスタートとのこと。

モーニング・ツーの公式ページでも情報提供中。

黒田硫黄が画くと,なんか異様に艶めかしく見える。


『アップルシード』……高校生の時に戸田書店本店二階のまんがコーナーで青心社版のやつを買ったことを思い出す。欄外の注釈が理系の学生の心を熱くしたもんです。

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2014.07.18

MH17便関連:ウクライナ上空を飛んでいた飛行機,避けた飛行機

マレーシア航空MH17便が墜落した(撃墜された?!)ニュースに関連して,New York Timesが興味深い情報を提供している。

"Before Crash, Some Airlines Avoided Ukraine" (18 July, New York Times)

この記事ではFlightRadar24からのデータを利用して各航空会社の旅客機の経路をマッピングしたものが掲載されているが,

  • マレーシア航空
  • KLM
  • ルフトハンザ
  • タイ航空

といった各社の旅客機はウクライナ領空を通過してヨーロッパからクアラルンプールまたはバンコクへ飛んでいるのに対し

  • ブリティッシュ・エアウェイズ
  • エール・フランス

の2社はウクライナ領空を避けてフライトを運航していることがわかる。

各国の用心の度合いの違いか? 諜報機関の力の違いか? それともリスクとコスト(燃料代)の考え方の違いか?

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アムステルダム発クアラルンプール行きMH17便(ボーイング777),ウクライナ上空で撃墜?!

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穏やかな週末を,と思っていたが,大きなニュースが入ってきた。

"Malaysia Airlines flight MH17 crashes in east Ukraine" (the guardian, Thursday 17 July 2014 17.27 BST)

アムステルダム発クアラルンプール行きマレーシア航空MH17便(ボーイング777)がウクライナ東部ドネツク州上空で消息を絶った。そして,ロシア国境から25マイル離れた,ウクライナ領グラボヴォ(Grabovo)村近辺で機体と乗客の遺体が確認されたという。残骸と遺体は直径9マイルの範囲に散らばっているという。乗員乗客合わせて295名全員死亡との情報が流れている。

下のツイートはマレーシア航空のもの。

この件についてプーチン大統領はオバマ大統領と電話会談したというが詳しい話は分からない。


現地ではウクライナ政府軍と親ロシア武装勢力が戦闘を繰り広げており,どちらかがマレーシア航空機を撃墜したのではないかとの情報が出回っている。

以前から紹介している,FlightRadar24は公式サイトで「撃墜」されたと報じている:


ガーディアン紙によれば,ウクライナ内務省アドバイザーのグラシチェンコ(Gerashchenko)氏は,親ロシア武装勢力が地対空ミサイルBUKでマレーシア機を撃ち落としたと述べている。しかし,これに対し,親ロシア武装勢力は,1万メートル上空の航空機を撃墜するような兵器はもっていないと表明している。


また,ガーディアン紙によれば,マレーシアのナジブ首相はツイッターでショックを受けたことを表明し,また直ちに調査を開始することを宣言している。

マレーシア航空は今年3月にMH370便を失ったが,これで今年2機目を失うという悲劇に見舞われたわけである(参考)。

ちょうど岸田外相がウクライナを訪問しているところだが,外相はどう受け止めているか?


◆   ◆   ◆


今回のマレーシア機墜落は欧米の市場では大きな衝撃として受け取られている。

ニューヨーク株式市場の株価は,マレーシア機墜落の報道をきっかけに地政学的リスクへの懸念が高まり,午後から下げ幅を拡大。一時は100ドル超下落したという(参考

ロンドン市場でもFT100が大幅下落(参考),ドイツやフランスの国債利回りも大幅に下落している(参考)。

この朝の日本市場にも影響があることだろう。

経営難に見舞われているマレーシア航空にとっては大事件で,経営再建が上手くいかなくなる可能性がある。おそらく,マレーシア政府が支援をするはずだが,そうすると国家予算がひっ迫し,他の部門にしわ寄せが来るだろう。マレーシアの景気にも悪影響があるかもしれない。

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2014.07.17

京山×国芳×ねこ「朧月猫の草紙(おぼろづきねこのそうし)」全編全頁が読める『おこまの大冒険』

わが家の中だけだろうが,国芳ブームが続いております。

江戸後期に山東京山と歌川国芳の2巨匠がコラボして書き上げた長編戯作『朧月猫の草紙』にまで興味の範囲が広がり始めた。

『朧月猫の草紙』は鎌倉の鰹節問屋「またたび屋」の飼い猫,こま(メス)の一代記である。全七編なのだが,原本を読もうと思えば,当然のことながら,国会図書館などに直接足を運ばなければ見ることができない。

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この長編戯作の全編全頁の画像を収録し,解説と抄訳を付したのが,この「おこまの大冒険〜朧月猫の草紙〜」である。小生のように江戸時代のグニャグニャしたくずし字を読むのが困難な人でも楽しんで読むことができる。

おこまは,恋しいとら(オス)と駆け落ちしたり,別れ別れになったり,名家の娘,撫子姫のペットになったり,あれやこれやの大冒険を繰り広げる。

今でこそ,猫は放し飼い,犬はチェーン/綱でつなぐ,という飼い方が普通になっているが,猫の放し飼いが始まったのは桃山時代末期~江戸初期である。

それ以前は現在とは逆で,犬は放し飼い,猫は綱でつながれて飼われていた。猫が放し飼いになった理由は,桃山時代末期~江戸初期に大都市が誕生し,ネズミの害がひどくなったため。猫にネズミを自由に捕らせるために放し飼いのお触れが出たのである。

その辺の事情は先日から紹介している『資料としての猫絵』に書かれている。

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それにしても『猫の草紙』の中で,犬が凶悪な面相に画かれているのは気の毒である。

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2014.07.15

やはり国芳ブームか

7月13日に幕を閉じた「大浮世絵展」の来場者数のグラフを更新してみた。

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やはり,閉展が近づくにつれて加速的に来場者が増えている。ちなみに↓公式図録は売り切れたそうである。買っといてよかった。

Ukiyoe02
「大浮世絵展」図録

岩佐又兵衛から歌麿,写楽,北斎,広重を経て川瀬巴水に至る長い浮世絵の歴史をまとめて見られるということも魅力の一つだが,最近,人気が高まっている歌川国芳の作品群があったこともこの展覧会成功の一因だったのではないかと思っている。

なにしろ,ミュージアムショップに行くと,国芳の猫絵をモチーフにしたグッズだらけだったし,またそれらが良く売れていた。

昨日,国芳の猫絵を中心に据えて,日本画の伝統について解説した本,藤原重雄『史料としての猫絵』(山川出版社)を紹介したが,偶然というか,その日の晩,BS-TBSの「江戸のススメ」という番組で「浮世絵師 歌川国芳」というテーマで国芳のことが紹介されていた。

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国芳の弟子として,月岡芳年や川鍋暁斎がいることは有名だが,他にも70名ばかりの弟子がいるという話は初めて知った。まことに面倒見のいい絵師である。

月岡芳年から先,水野年方,鏑木清方,伊東深水,川瀬巴水というように版画の伝統は受け継がれていく。そういうことを踏まえると,「大浮世絵展」の後ろ4分の1ぐらいは国芳一門によるものだと考えてもいいだろう。

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2014.07.14

藤原重雄『史料としての猫絵』を読む

5月16日から山口県立美術館で開催されていた「大浮世絵展」は,昨日7月13日に幕を閉じた。

先日の記事「山口県立美術館「大浮世絵展」がすごかった」(2014年7月11日)では来場者が8万人を超えたということを報告したが,その後さらに来場者が伸びて,7月11日には9万人,そして最終日には10万55人に達したという。駐車場のスペースが足りなくて県庁の駐車場まで動員されるという有様。

日本人はやはり浮世絵が大好き。

Ukiyoe01

この浮世絵展で人気があった作品群としては,歌川国芳(1798年1月1日(寛政9年11月15日)~1861年4月14日(文久元年3月5日))が描いた猫たちが挙げられる。

国芳は無類の猫好きとして知られ,自画像にも猫たちが配されている。

Selfportrait_of_the_shunga_album_54
"Self-portrait of the shunga album". Licensed under Public domain via ウィキメディア・コモンズ.


「東海道五十三次」を踏まえて描いた「猫飼好五十三疋(みょうかいこうごじゅうさんびき)」は国芳の猫好きと遊び心が結合した傑作だと言えるだろう。

Cats_suggested_as_the_fiftythree_st
"Cats suggested as the fifty-three stations of the Tokaido". Licensed under Public domain via ウィキメディア・コモンズ.


国芳の猫絵はかわいらしさとポップさとで現代的な価値を帯び,現在,大変な評価を受けている。しかし,国芳の猫絵を純粋に猫好きが書いた絵としてのみとらえるのではなく,歴史的な文脈でとらえようとしているのが,藤原重雄『史料としての猫絵』(山川出版社)である。

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この本では,絵画鑑賞の姿勢を大きく二つに分けている。一つは「印象派的絵画鑑賞」であり,もう一つは歴史的文脈を踏まえた鑑賞である。

「印象派的絵画鑑賞」とは,芸術作品を「さからしらな知識は必要なく,素直な心でみつめてみましょう」とする姿勢である。

だが,前近代の作品を鑑賞する場合には,その作品が制作されるにいたった背景や,描かれたものの周囲に広がる文脈にも目を向ける必要がある,といのが本書の主張である。国芳の猫絵も歴史的文脈から逃れることはできないというわけである。

本書では表紙に国芳の「鼠除けの猫」を掲げ,この絵に流れ込む猫絵の伝統について語っている。

たとえば,「鼠除けの猫」は左上方を見つめているが,その視線の先には何があるのか。「鼠除け」というからには鼠なのだろうが,徽宗皇帝の頃から中国画・日本画の伝統では猫の視線の先には蝶が描かれ,吉祥画として喜ばれていたという。

また,江戸時代には高家の一つである岩松のお殿様が描いた猫絵が鼠除けのまじないとして広く受容されていたという。

国芳の「鼠除けの猫」を見るときには,こうした経緯,とくに何らかの機能(吉祥画として,あるいはまじないとして)があることを踏まえて鑑賞する必要があるのではないかというのが本書の主張である。ましてや「鼠除けの猫」は印刷物として生産・販売されたものである。プロデューサーからの指示がある,ということを忘れてはならない。

というように前近代の絵画鑑賞における歴史的文脈の大切さを著者は主張するわけだが,国芳作品については,著者の主張に揺らぎが見られる。

とはいえ,この絵をことのほか喜んだ愛猫家や国芳猫絵ファンにとっては,これまで分析してきた図像伝統や機能・メディア性はどうでもよいことであったかもしれない。国芳錦絵の前提となっている<鼠除けの護符>という枠組みは,猫の姿を絵に描くための口実,ないしは卓抜な猫のスケッチを版画として商品・景品化する仕立て,それを享受する方便でもあったのだろう。個別事象に流れ込んでいる歴史的な水脈と,個別具体的な局面との距離感は,歴史学の研究における想像力の領域に属する問題である。(『史料としての猫絵』58頁)

小生はこのように思う。

国芳のほぼ同時代人として葛飾北斎がいるが,この人は伝統的な絵を描く一方で,伝統の枠内に収められない,自由な作品群,『北斎漫画』を世に送り出している。前近代と近代以降とで絵の描き方に明確な線引きができるものではなく,江戸後期に至っては,図像学的な伝統はときとして無視されるようになったのではないかと思われる。江戸後期の人々の間には「印象派的絵画鑑賞」が始まっていたのではないかと。

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2014.07.11

山口県立美術館「大浮世絵展」がすごかった

2014年5月16日から山口県立美術館で「大浮世絵展」というのをやっているわけです。国際浮世絵学会創立50周年記念だそうで。

Ukiyoe01

田舎で開催されているのにもかかわらず,連日大量の来場者があり,7月8日には8万人を突破するという破竹の勢い。

下に示すのが来場者数の推移だが,徐々に加速しているのがわかる。

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これだけのコレクションを集めるのは「もうムリ」という宣伝まで流れていて,それがさらに来場者を呼び寄せているのかもしれない。土日は入館するための列が出来て,整理券が配布される程の混雑ぶりだとか,7月13日(日)が最終日だが,ものすごいことになるかもしれない。

こんなに人が集まるのは,「日本人と言いうのはやはり浮世絵が好きなんですね」ということかもしれない。自分たちのご先祖が自ら生み出した芸術だし。


かく言う小生も先日,休暇を取ってツマと一緒に平日に見に行ってきた。

展示は全体で6章に分かれていて,浮世絵数百年の歴史を時代順に眺めることができるようになっている。

  • 1章 浮世絵前夜 Part I: The Eve of Ukiyo-e
    • 国宝 婦女遊楽図屏風
    • 岩佐又兵衛など
  • 2章 浮世絵のあけぼの Part II: The Dawn of Ukiyo-e
    • 菱川師宣など
  • 3章 錦絵の誕生 Part III: Birth of the Brocade Print
    • 鈴木春信
    • 勝川春章など
  • 4章 浮世絵の黄金期 Part IV: The Golden Age of Ukiyo-e
    • 鳥居清長
    • 喜多川歌麿
    • 東洲斎写楽など
  • 5章 さらなる展開 Part V: Further Development
    • 渓斎英泉
    • 葛飾北斎
    • 歌川広重
    • 歌川国芳など
  • 6章 新たなるステージへ Part VI: Toward a New Stage
    • 月岡芳年
    • 小林清親
    • 伊藤深水
    • 川瀬巴水など

異論はあると思うが,歌麿は美人の進化の頂点のように思える。そのあとは遊び心が強くなる。遊び心が頂点に達するのは国芳あたりではないだろうか。「猫飼好五十三疋(みょうかいこうごじゅうさんびき)」とか。

こんなにまとめて浮世絵を見たのは初めてである。浮世絵から放出される莫大な情報量はとても吸収しきれない。あとで復習しようと思ってものすごく分厚い図録を買った。

Ukiyoe02

ミュージアムショップも大盛況ですごかった。

一連の浮世絵を見て思ったのは,渡辺京二『逝きし世の面影』のセリフだが,江戸というのは世界でも希な,「人間の生存をできうる限り気持のよいものにしようとする」,一回限りの文明だったのだなぁということである。

逝きし世の面影 (平凡社ライブラリー)逝きし世の面影 (平凡社ライブラリー)
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大浮世絵展,あと2日を残すのみです。

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2014.07.10

最後のハングマン,アルバート・ピアポイント没後22年

イングランドで「最後のハングマン」と呼ばれた,絞首刑執行人,アルバート・ピアポイント (Albert Pierrepoint) は1905年3月30日に生まれ,1992年の今日,7月10日に87歳で亡くなった。

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(Albert Pierrepoint, Source: Wikipedia)

生涯に処刑した数は400人を超えるという。600を超えるという説もあるが,433人という説が最も有力である。

アルバート・ピアポイントの父も叔父も死刑執行人だったので,近代史では珍しい死刑執行人一家ということになる。

以下,英語版wikipediaからの情報。

1932年に死刑執行助手 (Assistant Executioner) として登録され,同年12月29日,死刑執行主任 (Chief Executioner ) だった叔父トマスの助手として,ダブリンの刑務所で初めての絞首刑を執行した。そのときに処刑されたのはパトリック・マクダモット (Patrick McDermott)という,兄弟殺しの若いアイルランド農夫だった。

死刑執行助手の給与は,一回の処刑につき1.5ギニー,現在の価値で92ポンド。さらに,処刑から2週間後,処刑が適切であったと認められた場合にはさらに1.5ギニーを与えられた。

正式な死刑執行人になったのは1944年以降のことだったが,1941年10月17日に執行したアントニオ・「ベイブ」・マンチーニ (Antonio "Babe" Mancini)というギャングの処刑が,アルバート・ピアポイントの第一号の処刑として公式に記録されている。


アルバート・ピアポイントが活躍するのは第2次世界大戦後,戦争犯罪者の処刑においてである。イギリスのファシストで,ナチスドイツに協力し,大戦中,ドイツからイギリス向のプロパガンダ放送を行っていた,ウィリアム・ジョイス,通称「ホーホー卿」の処刑をはじめ,多数の戦争犯罪者を処刑した。1946年から4年間,アルバート・ピアポイントはドイツとオーストリアに25回出張し,200名を処刑した。マスコミは,戦争犯罪者を処刑し続ける彼を英雄/セレブとして讃えた。

ピアポイントはその後,内務省と給与の問題でもめ,1956年に職を辞する。そしてイングランド北西部のサウスポートという港町で引退生活を送り,1992年に亡くなった。

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2014.07.09

第一次世界大戦から100年,「エルガイム」TV放送から30年

今年は第一次世界大戦開戦から100年の年である。

と同時に,70年代生まれの一部の男性にとっては一種の歴史的事件とでも言うべきアニメーション「重戦機エルガイム」がTV放送されてから30年という年でもある。

この両方についての小ネタを紹介する。


<先にエルガイム30周年記念>

バンダイからは記念としてエルガイムMk-IIの1/100スケールモデルが発売されるという(参考)。これは凄い。約10,000円。

富野作品の中で「エルガイム」が一番残酷なエンディングではないか,という説がある(参考:「重戦機エルガイム考察」)。

「エルガイム」最終話「ドリーマーズ アゲン」は,全員死亡のようなエンディングにはならず,主要人物たちが勝利し生き残るという結果になっている。

しかしながら,主人公ダバ・マイロードは故郷に戻り,精神崩壊したクワサン・オリビーの介護をすることになる。
主人公ダバを愛するファンネリア・アムとガウ・ハ・レッシィはダバと一緒になることはできない。
ギャブレット・ギャブレーもまた愛するオリビーとは一緒になれない。
キャオとリリスは苦楽を共にしたダバと別離することとなる。

主人公たちが失意を抱えながらこれからも生きていきます,という終わり方はリアリティがあるが,同時に残酷である。

小生も「重戦機エルガイム考察」の意見には同意。この考察を書いた著者は小生よりも7つも下だが,よく書けている。

ところで皆さんは,アム派でしょうか,レッシィ派でしょうか?

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<第一次世界大戦>

第一次世界大戦は,鉄道による兵員の大量輸送,機関銃による塹壕戦といった兵站・戦術面に関しては,南北戦争や日露戦争の延長にすぎないという意見もあるが,ほぼ全世界が巻き込まれたという点では,それ以前の戦争とは一線を画した大戦争である。

第二次世界大戦は第一次世界大戦の延長であるという意見もあるし,帝国主義崩壊のきっかけとなったという意見もあるし,また,なによりもソ連という社会主義国家を生み出し,20世紀の流れを作ったという点では第一次世界大戦は第二次世界大戦よりも大きな意義を持っているとも言える。

第一次世界大戦については別宮暖朗先生が浩瀚な資料と考察をweb上で公開している(参考)のだが,サイト引っ越し後,アクセスできないページが多々あるのが残念である。

第一次世界大戦から100年ということで,英国政府は第一次世界大戦当時の外務省資料をもとに,リアルタイムで当時の世界情勢をtweetするという試みを行っている(WW1 Foreign Office)。

たとえば,こんな:

我が国の政府はこういうことをできるだろうか?

できないとすれば,その理由はなんだろうか? イギリスは二度の大戦で勝利しているからできるのに対し,我が国は先の大戦で敗れたからできないのだ,という意見があるだろうが,おそらくそれは本質的な理由ではないだろう。

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2014.07.08

『消えた画 クメール・ルージュの真実』という映画が公開されるとのこと

以前,「ボパナはS21で処刑された」(2011年8月24日)という記事を書いた。

クメール・ルージュによって処刑されたある女性の話である。

当時(1975~79年)のカンボジアはクメール・ルージュ(ポル・ポト派)の支配下にあり,文化の徹底的な破壊が行われれ,無計画な原始共産制が敷かれていた。少しでも知識のある者,クメール・ルージュに抵抗する者,役に立たないと見なされた者はことごとく殺された。

この恐怖政治の時代を,土人形によるアニメーションとクメール・ルージュのプロパガンダ映像とによって描き出した作品がこの7月に公開されるとの話である。

映画のタイトルは『消えた画』という。

監督はリティ・パニュ (Rithy Panh)というプノンペン出身のカンボジア人。1964年生まれ。

パニュなど,プノンペン市民はクメール・ルージュがプノンペンを陥落させた後,「新人民」に分類され,強制労働に従事させられていた。パニュは1979年にタイへ亡命し,その後フランスに移住。1989年にドキュメンタリー映画の監督としてデビューし,1990年にカンボジアに帰国した。

この映画が作られた背景,内容,手法等についてはWiredが詳しく伝えているが,小生もぜひ見たいと思っている。


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昨年8月の記事「カンボジア2013年中間年人口調査の暫定結果:カンボジアの人口は14,676,591人」に書いたように,2013年3月に実施された国勢調査によれば,現在のカンボジアの人口は1470万人。そのうち,ポル・ポト政権崩壊後に生まれた0~34歳の人口は1005万人である。人口の3分の2以上は,恐怖政治の時代を直接には知らない,ということになる(もちろん1991年のパリ和平合意まで内戦の時代が続くわけだが)。

3分の2のカンボジア人(クメール人)にとっては,クメール・ルージュによる恐怖の時代は「歴史」と化しているかもしれない。しかし,その時代を生き残った3分の1の人々にとっては,今もなお,眼前に浮かび上がり再生される「記憶」であり続けている。


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2014.07.07

エイモス・チュツオーラ『やし酒飲み』を読んだ件

VOAの一分間米語講座で"cut to the chase"という言い回しを知った。ずばり本論に入れ,ということだ。

今回読んだエイモス・チュツオーラ『やし酒飲み』(岩波文庫)は,"cut to the chase"と先を急ぐ人には全く不向きな小説である。だらだらと,どこに話が進むのか,先が読めず,要約もできない小説だからだ。

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エイモス・チュツオーラ( Amos Tutuola, 1920年6月20日~1997年6月8日)はナイジェリアのヨルバ族出身の作家である。詳細はWikipediaを見ていただくとして,本人は作家であるよりも鍛冶屋として成功したかったようである。解説によれば,アフリカでは,鍛冶屋は生活と芸術が一体化した社会的地位の高い仕事なのだそうだ。手慰みのように書いた小説が,西欧で注目される作品となったというのが面白い。


◆   ◆   ◆


<まず,訳文の文体について>

この小説の出だしはこんな感じである:

わたしは,十になった子供の頃から,やし酒飲みだった。わたしの生活は,やし酒を飲むこと以外には何もすることのない毎日でした。当時は,タカラ貝だけが貨幣として通用していたので,どんなものでも安く手に入り,おまけに父は町一番の大金持ちでした。

父は,八人の子をもち,わたしは総領息子だった。他の兄弟は皆働き者だったが,わたしだけは大のやし酒飲みで,夜となく昼となくやし酒を飲んでいたので,なま水はのどを通らぬようになってしまっていた。

父は,わたしにやし酒を飲むことだけしか能のないのに気がついて,わたしのため専属のやし酒造りの名人を雇ってくれた。彼の仕事は,わたしのため毎日やし酒を造ってくれることであった。

「でした」と「だった」が入り混じる,奇妙な凸凹文体。もとの文章(ヨルバ風英文)が持つ独特の味わいを訳者の土屋哲が日本語として再現したという。

ちなみに,元の文章はこの通りである:

"I was a palm-wine drinkard since I was a boy of ten years of age. I had no other work more than to drink palm-wine in my life.

......

But when my father noticed that I could not do any work more than to drink, he engaged an expert palm-wine-tapster for me; he had no other work more than to tap palm-wine every day."

"drinkard"というのは「酒飲み」を表すチュツオーラの造語である。"no other work more than"とか"not do any work more than"とか似た表現が3回も登場している。訳者は,この冗長性というか洗練されていない原文の感じを凸凹文体の訳文で表したのだろう。

『やし酒飲み』の訳文のような文体,どこかで見たぞ,と思って,思い出したのが,猫田道子『うわさのベーコン』

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猫田 道子

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ここで改めて私は兄の死を知らされた。私は泣いてしまいました。わんわん泣いていても,母親は私をなぐさめず,自分の音楽にふけっています。それでもまだ泣いていた自分が,ふと泣くのをやめて辺りを見回すと,皆んな笑っている。(猫田道子『うわさのベーコン』より)

こういう作文・小論文ではいい点数を取れなさそうな文体を見ると,この小説には何かあるぞ,という期待が高まってくる。実際,『やし酒飲み』はそういう小説だった。


◆   ◆   ◆


<ストーリーについて>

『やし酒飲み』の解説として,多和田葉子が書いた「異質な言語の面白さ」という文章が巻末に収められている。多和田葉子は冒頭の文章を読むたびに笑ってしまうという。なにしろ,冒頭の文章を昭和の日本に置き換えてみれば,

「お父さんは,息子がマンガばかり読んでいて勉強しないので,マンガが不足しないように専属のマンガ家を雇って毎日息子のためにマンガを描かせました」(多和田葉子「異質な言語の面白さ」,本書232頁)

ということになるからである。父親が息子にやし酒を飲むのを禁じたり,教訓を垂れたりしないあたりで,すでにこの小説がおかしな展開をするだろうということが予感される。

やがて父が死に,そして,やし酒造りの名人が死んでしまって,主人公が十分な量のやし酒を得られなくなったところから,話が冒険譚というかファンタジーというか神話の世界へと急展開する。

死んだやし酒造りの名人はすぐに天国に行ってしまっているわけではなく,しばらくはこの地上のどこかを彷徨っている筈だというのである。死んだやし酒造りの名人を探すため,主人公の旅が始まる。

主人公は森の中を移動しながら,町々を訪ねていく。町によっては一年以上も滞在する長い旅である。

旅の経緯をメモ的に表すと次の通りとなる:

  • 故郷を出発
  • → 死神の家から死神を連れ出す
  • → 「頭ガイ骨」の一族から娘を救出し,妻とする
  • → 妻の親指から不死身で食いしん坊の息子・ズルジルが生まれる
  • → ズルジルによって夫婦ともにひどい目に合うが,ズルジルをドラム・ソング・ダンスの3者の許に置いて行くことで難を逃れる
  • → カヌーに変身し,渡し船の仕事をし,56ポンド11シリング9ペニー稼ぐ
  • → 6フィートを超える長身の白い生物たちに囲まれる
  • → 笑いの神に会う
  • → 幽霊島で快適に18か月過ごす
  • → 食いしん坊の森を抜ける
  • → えじきの精霊や,まぼろしから逃れる
  • → 不帰の天の町で迫害されるが,仕返しにこの町を滅ぼす
  • → 巨大な白い木の中の町に入り,誠実な母の世話になり,1年と2週間を過ごす
  • → 赤い王様と赤い住民が住む赤い町に至り,人々を脅かす赤い魚と赤い鳥を退治する
  • → 赤い町の住民の移住先・新しい町で暮らすが,揉め事により,この街を滅ぼす
  • → ある町で王子殺害の冤罪を被るが,真犯人が愚かだったため,難を逃れる
  • → 死者の町に至り,やし酒造りの名人に再会するが,連れ戻しには失敗
  • → やし酒造りの名人から不思議な卵をもらう
  • → 死者の町から故郷への帰路に就く
  • → 帰路で赤ん坊の死者に襲撃される
  • → 大きな生物の持つ大きな袋の中に異様な生物たちと共に閉じ込められる
  • → 主人公夫婦が飢えた生物に食べられてしまうが,お腹の中から飢えた生物を殺し外に出る
  • → 混血の町に至り,裁判員の仕事を引き受けるが,判決を出さずに逃げ出す
  • → 未知の山に至り,100万を超える山の生物たちと踊り,疲れ果てる
  • → 故郷に戻るが,天の神が雨を降らせないせいで飢饉が発生中
  • → 不思議な卵に祈ることによって食料を得,故郷の住民たちが救われる
  • → 住民が卵を壊してしまったことにより食料供給が途絶える。飢饉続く。
  • → 天の神に供物を捧げる
  • → 天の神が雨を降らせ,飢饉が終わる

旅の途上では様々な事件が起こるが,主人公は知恵と呪術(ジュジュ)を駆使して困難を乗り越えていく。

場合によっては,森の中の怪物を殺したり,町を滅ぼしたりと,主人公は結構残虐なことをやっているのだが,そうした模様が例の凸凹文体で描かれているので,おおらかな感じすら漂っている。


◆   ◆   ◆


<「古事記・日本書紀」との類似性>

残虐なのにおおらか,というあたり,日本の「記紀神話」を思い出させる。本書訳者・土屋哲による解説でも,

  • 「死者の町に住むやし酒造りの名人が,生者の町には帰れないこと」と「死んだイザナミが黄泉から帰れないこと」との類似性(生死の明確な区別)
  • 「主人公による赤い魚・赤い鳥退治」と「スサノヲによる八岐大蛇退治」との類似性

が指摘されている。もちろん『やし酒飲み』と「記紀神話」の両者の間には関係は無いわけだが,人類が共通して太古から持っている精神性が,両者に保存されているのかな,という気はする。

文体もまた,記紀神話を思い起こさせるようなところがある。訳者の解説によれば,オグンディペという人がチュツオーラの文体の特徴の一つとして

日本の祝詞や経文を連想させる,段落の少ない,息の長い句や文と,句読法を用いることによって,チュツオーラは,呪文的効果をあげることに成功していること(本書200頁)

を挙げているという。


◆   ◆   ◆


誰にでも薦められる小説ではない。だが,御用とお急ぎの方以外は,『やし酒飲み』を読んでみてはいかがかと。


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↑やしの樹液を採取する様子, Source: Wikipedia, Louis van Houtte - Flore des serres et des jardins de l'Europe volume 6 (1850-1851)

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2014.07.06

カフェ・ディ・マエストロのコーヒーが届いた

先月,「コーヒー・チョコレート革命:ブルーボトル,サイトグラス,ダンデライオン,チョー,ブロッサム,パーフェクト…」(2014年6月11日)という長いタイトルの記事を書いた。

それ以前から少しばかり,コーヒーに凝っていて,インドネシアで買った「コピルアック」だの,某コーヒー店で買ったインドの「モンスーン」だのを飲んでいたのだが,この記事を書いて以来,さらにコーヒーに興味がわいて,とうとう通販に手を出してしまった。

先日,通販サイト「カフェ・ディ・マエストロ」から届いたのが,これである:

Cafedimaestro

後ろの白・黒の袋の中にコーヒーの粉が入っている。手前の缶は保存用の密封缶である。

白い袋の中身は月替わりのコーヒー豆で,今回はオーストラリア・サウスウェールズ州「マウンテントップ農園」のもの。K7という品種だそうだ。素人なのでよくわかりません。

黒い袋の中身は毎月同じもので,「マエストロ・プレミアムブレンド」と称される,この通販サイト独自のブレンド。「ブラジル・ショコラ」と「ケニアAB・FAQプラス」という2つのコーヒー豆を混ぜたもの。

とりあえず,「マエストロ・プレミアムブレンド」を飲んでいるが,すっきりした味わい。先日飲んでいた「コピルアック」や「モンスーン」は薫り高く,パンチがきいた味わいだったので,それらに比べるとあっさりした感じである。「ブラジル・ショコラ」には甘味が感じられるというが,そんな気もする。酸味は「ケニアAB・FAQプラス」が担当しているそうです。

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2014.07.04

北大西洋を飛ぶ2524機の旅客機のアニメーション

以前,リアルタイムで旅客機の飛んでいる様子がわかるサイトFlightradar24.comを紹介した(「今,どこにどんな旅客機が飛んでいるのかわかるサイト:Flightradar24」,2014年1月21日)。

今回は,英国ガーディアン紙に取り上げられたアニメーションを紹介する。

北大西洋上空には毎日2000~3000の航空機が飛び交っている。このアニメーションは2013年8月のある一日の状況をアニメーション化したものだという。





(↑クリックしてスタート。by "the guardian")

面白いですね。

See you next week!

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2014.07.02

【シンギュラリティ】6月末・7月初の騰落率は記録更新

Stockexchange
(Photo by dhester

半月ほど前に「【シンギュラリティ】日経の「騰落率カレンダー」雑感」(2014年6月13日)という記事で,日経平均の日付別の上昇確率が高い日を取り上げた。

日経の「騰落率カレンダー」(日経平均プロフィル)という,1949年5月16日から現在まで,日経平均の日付別の上昇確率を計算して,カレンダー形式でまとめたものがある。

6月13日付の記事を書いた時点では

  • 6月30日は36勝16負0分で69.23%の上昇確率
  • 翌7月1日も34勝17負0分で66.67%の上昇確率

となっていた。それが,この月末・月初にどうなったかというと,

  • 2014年6月30日 15162円10銭 67円10銭高
  • 2014年7月1日 15326円20銭 164円10銭高

ということで両日とも記録を更新した。

結果として

  • 6月30日は37勝16負0分で69.81%の上昇確率
  • 7月1日は35勝17負0分で67.31%の上昇確率

と勝率を上げたわけである。

7月1日発表の6月の全国企業短期経済観測調査(日銀短観)が好結果ではなかったにもかかわらず,思いもよらぬ好展開。

月初1日目に大きく買いを入れる投資家が存在するというアノマリーがつとに指摘されていましたが,今月もその『アノマリー』が発生したという考え方もできそうです。」(松川行雄「一日を通じて、予想外に手放し状態の強さ」2014年7月1日,みんなの株式)という見方もあり,小生もそうかなーと思っている。6月30日に関してはいわゆる「ドレッシング買い」「お化粧買い」の可能性もあるのではないだろうか?

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2014.07.01

グノーシス主義が我々に突きつけるもの

今日も大貫隆『グノーシスの神話』の話題。

グノーシスの神話 (講談社学術文庫)グノーシスの神話 (講談社学術文庫)
大貫 隆

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本書の「結び グノーシス主義と現代」では,ニューエイジ運動や「終わりなき日常」とグノーシス主義との関係,つまりグノーシス主義の現代的意義が検討されている。

グノーシス主義では人間は神の一部であると主張しており,70年代以降のニューエイジ運動の人間観との間に類似性が見られる。

しかし,グノーシス主義が世界を悪と見て拒絶するのに対し,ニューエイジ運動では世界と人間が調和するものと見ているという点で,大きな違いがある。著者の見方では,ニューエイジ運動の世界観は,むしろグノーシス主義とは対極にあったストア哲学の世界観に近いということである。

グノーシス主義の「世界拒否」の姿勢は,ニューエイジ運動よりも別のところに見出されるという。それは「終わりなき日常」(by 宮台真司)に生きる,現代女子高生の中に…というのがユング心理学者・入江良平の説である。

売春などに走る現代女子高生たちは「汚れ」てはいても「世界を受容していない」。その意味でイノセントな存在である,というのが入江説である。本書の著者はこの入江説を楽天的過ぎるとして,現代女子高生たちを過去のグノーシス主義者たちと並列することに否定的である。

本書の著者は,グノーシス主義者たちはもっと深刻で真剣だったと主張する。

グノーシス主義者たちは「自分自身の中に一つの破れを垣間見て震撼し,そこに悪の起源を見た」(本書316頁)ことを神話の形式で語っているのである。

グノーシス主義者たちは「悪の存在は他でもない自分自身の中に,自分が意識の主体と客体に分化したことに淵源する」(本書317頁)ことを理解する。

そして,「その分化のゆえに生み出される悪と欠乏の世界に落下し,そこで本来の自己と非本来的な自己の間の分裂にまで沈んだ後,やがてその本来の自己について『我即神也』が成り立つことを『認識』して,その本来の自己に回帰するという一つの大きな円運動」(本書317頁)を通して,自己の回復を行っているのである。

著者は言う:

「終わりなき日常」の荒涼たる原風景の中で心の病に苦しむ現代人に向かってグノーシス主義が発しうる最大かつ最良のメッセージは,おそらくこの辺りに求められるべきであろう。入江が言わんとすることもおそらく同じことだろう(本書318頁)。


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「結び」ではグノーシス主義の限界についても述べられている。

過酷な現実世界から逃避したいと思いながら,同時に超越的な神を信じることもできない現代人にとっては,グノーシス主義の教義は魅力的である。しかし,グノーシス主義の立場を採る限り,世界を良い方向に変革しようという思いは生まれない。これが,現実の世界を前にした時のグノーシス主義の限界である。

著者はこの限界を超える答えを用意していないが,ヒントとしてグノーシス主義の反駁論者,すなわち正統主義キリスト教会の論者たちの意見を聞いてみようということを言っている。グノーシス主義が世界を席巻した時,その脅威に抵抗し,現実の世界の問題に取り組むことを真剣に考えた反駁論者たちの声にも耳を傾けようというのである。


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陳腐な表現になるかもしれないが,グノーシス主義が我々に突きつけるものは2つだと思う。一つは自己をどう認識するかということ。そしてもう一つは,世界とどう向き合うかということ。

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