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2014.06.16

『アクト・オブ・キリング』を見てきた

先週末,YCAMでジョシュア・オッペンハイマー監督『アクト・オブ・キリング』(2012)を見てきた。

話題作なのでご覧になった諸兄も多いかと思われる。

1965年,インドネシアのスカルノ大統領が左派将校によるクーデター未遂事件とそれに続くスハルトのカウンター・クーデターにより失脚した。その後,右派勢力による「共産党員狩り」が行われ、100万~250万人が殺害された。この一連の騒動をインドネシアでは9月30日事件と呼ぶ。

この騒動で虐殺に加わった人びとに,虐殺の光景を再現させるという特殊な手法で撮影されたのがこの『アクト・オブ・キリング』である。

"Act of Killing"を直訳すれば「殺人行為」だが,町山智浩の言うように「虐殺の再演」の方がふさわしいかもしれない。

舞台はスマトラの大都市メダン。1965年の虐殺の担い手となったのは「プレマン」と呼ばれるギャングたちである。ちなみに「プレマン」はfreeman,すなわち自由人が語源である。

プレマンたちはスハルト政権下で地域の権力を掌握し,民主化が進みつつあると言われる現在でも地元の顔役として堂々とふるまっている。

プレマンたちは「パンチャシラ青年団」(会員300万人)という組織を構成し,圧力団体として政治に影響を与えている。映画の中では,プレマンたちが今もなお華僑たち(1965年の虐殺では華僑たちが主に狙われた)を脅かし,中央・地方政府に影響を与えている様子が看取される。


この映画ではメダンの虐殺で1000人以上を殺害したと言われる大物,アンワル・コンゴに焦点を当てている。

虐殺の再現の際,アンワルも周りのプレマンたちもノリノリで演技をしている。笑い,踊り,歌ってインタビューに答える。殺害手法はアメリカ映画から学んだと,嬉々として言う。今もなおプレマンたちは勝者の立場なので,悪びれる様子はない。

しかし,ロールプレイングで殺す側だけでなく殺される側の演技などを重ねるにつれ,彼らも事件に正面から向き合うようになる。アンワルなんか最後の方では強烈な嘔吐感に襲われている。

よくあるドキュメンタリーのように善悪二元論で,ジャーナリストが事件の首謀者たちを追求するようなスタイルになっていないのが良い。

ジョシュア・オッペンハイマーもこう言っている:

「アンワルに共感するとき,あなたは直感的にこの世界は良い人間と悪い人間に分かれているのではないと感じるはずです。より厄介なことを言えば,我々は自分が信じているよりも加害者に近い存在だと感じるでしょう。」(パンフレット 6ページより)

ちなみに,この映画,を見たヘルツォーク (Werner Herzog)とエロール・モリス (Errol Morris)は編集前の本作を見て衝撃を受け,制作総指揮を買って出たとのこと。

「私は少なくともこの10年間,これほどにパワフルで,超現実的で,恐ろしい映画を観たことがない。映画史上に類を見ない作品である」(ヘルツォーク)


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コメント

重い話題ですね…

殺人者たちが自身の行為をことさらに笑顔で語る様子は、あるいは強いトラウマから逃れるために演じている振る舞いなのではないかと思いました。つまり、この映画には二重の演技が記録されていると。

架空の映画のために虐殺の再現を演技することと、(無)意識下の罪責感から逃れるために虚勢を張り続ける演技と。前者からは撮影が終われば解放されますが後者からは生きている限り解放されることは無い…

前者はファルスですが後者は救いのない悪夢です。この映画がもたらす恐ろしく居心地の悪い笑いは、このことによると思いました。

デーヴ・グロスマン「『人殺し』の心理学」を思い出させる内容でした。

投稿: 拾伍谷 | 2014.06.19 03:02

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