« 国家緊急権――国家のクライシス・マネジメント | トップページ | 【キュレーション】今週の注目記事(2014年6月第2週) »

2014.06.06

さよなら人類――ソフトバンクによるロボット開発と2045年問題

昨日,ソフトバンクモバイルが感情認識ロボットをお披露目したわけである。価格は19万8000円(税別)だそうだが,初代AIBOが25万円だったことを考えると,そう高くない。ハイシーズンに海外旅行に行くより安い。

「ソフトバンクが感情認識ロボットを19.8万円で発売へ」(2014年6月5日,ロイター)

だいぶ前に「癒し系ロボット・パロ,海外デビューの件」(2008年11月21日,本ブログ)という記事を書いたが,「パロ」同様,ソフトバンクの「ペッパー」も老人ホームなどでの需要がありそう。

話し相手程度のロボットの普及はもうアウトブレーク寸前だろうと思う。これからヤバいのは知的労働も含めた人間の仕事のほとんどをロボットがカバーしてしまうだろうという可能性だ。


  ◆   ◆   ◆


日本語版"WIRED"が,ジョニー・デップ主演の映画「トランセンデンス」の公開に合わせて人工知能の未来についての特集を組んでいる。インタビューに答えているのは「2045年問題 コンピュータが人類を超える日」の著者・松田卓也先生である。

「2045年,人類はトランセンデンスする?」(WIRED)

この記事で紹介されているレイ・カーツワイルの予想によれば,人工知能の性能が全人類の知性の総和を超える「シンギュラリティ=技術的特異点」が2045年に来るという。

2045年問題 コンピュータが人類を超える日 (廣済堂新書)2045年問題 コンピュータが人類を超える日 (廣済堂新書)
松田 卓也

廣済堂出版 2012-12-22
売り上げランキング : 1853

Amazonで詳しく見る
by G-Tools
シンギュラリティは近い―人類が生命を超越するときシンギュラリティは近い―人類が生命を超越するとき
レイ・カーツワイル 小野木 明恵

NHK出版
売り上げランキング : 1267

Amazonで詳しく見る
by G-Tools


そうなった場合,我々人類がやるべき仕事は残っているのか?

すでにものづくりの分野はロボットに代替されつつある。近年「リショアリング」と言って,中国に工場を置いていた(「オフショア」していた)米国系のメーカーが米国本土に引き上げつつあるという。賃上げ要求をする労働者たちよりも,米国本土でロボットを使った方が安上がりになるという計算が裏にある。

「鴻海(ホンハイ)」が100万台のロボットを入れるという噂もあった。それが本当であれば,鴻海もまた,人よりもロボットの方が採算性が良いという判断をしたということだろう。

現時点では,超微細加工などはまだ職人の手に頼らざるを得ないが,それもいずれはロボットの仕事になる可能性がある。

技能以外なら人間の仕事が多く残されている……と思うのは早計だ。すでにインターネット検索には人工知能がフルに活用されており,Siriやiコンシェルのように,音声であれこれ応えてくれる仕組みが普及している。莫大な知識を基にした商売,例えば,教員,弁護士,弁理士,医師のような仕事なら人工知能がかなりの部分を担うことができるようになっている。

よりクリエイティブな領域,つまり芸術分野も危ない。作曲に関しては「○○風の曲を」と依頼すれば,自動的に作曲するシステムができている。

全ての職が人工知能によってカバーされた時,人類は何をするべきか? あそびぐらいしか残っていないのではないだろうか? だとしてもあそぶためのお金はどのように稼げばよいのか?

人工知能に早く投資してきた人々は超富裕層として「エリジウム」で繁栄を享受するかもしれない。

しかし,そうでない人々はどうなるか? スラムでロボットからお恵みをもらって生きのびるのか? そうなる前段階として,近い将来,人工知能に仕事を奪われた人々によるデジタル・ラッダイト運動が吹き荒れる可能性もある。


  ◆   ◆   ◆


現在の資本主義パラダイムに頼ったままだと,人工知能の普及によって窮地に陥る可能性があるような気がしてきた。

早めに農業大学校(参照:全国の農業大学校)で勉強して,里山資本主義化して(参照),自給体制を整えた方が良いかも。

|

« 国家緊急権――国家のクライシス・マネジメント | トップページ | 【キュレーション】今週の注目記事(2014年6月第2週) »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

すべての労働から解放された人類の明日に残されたテーマですか。哲学と戦争でしょうかね。これじゃ古代ギリシア…いや、ギリシアの民主主義と文化は奴隷労働の上に立脚していたわけですから、似るのは当然かもしれません。
ところでカントが言う「ア・プリオリな総合的判断」ってどう思われます?さまざまに議論されている概念ですが、これを人工知能がやりだしたら、その時は人類もお払い箱かなと思ったりします。

投稿: 拾伍谷 | 2014.06.07 03:08

カントが「ア・プリオリな総合的判断」として例示していたものが,その後,分析的な判断だということが示されたり,非ユークリッド幾何学の登場で否定されたり,という有様を見ると,「ア・プリオリな総合的判断」ってあるのかどうか怪しいと思います。

ある個人にとっては「ア・プリオリな総合的判断」だと感じられるものも,結局は遺伝子だの文化だのによってプリセットされたものなのではないでしょうか。

とすると,人工知能も適切に初期設定すると,人間並み(平均人よりは高度ではあると思います。処理・判断スピードは人間以上)の仕事をこなせるのではないかと思います。

投稿: fukunan | 2014.06.09 11:21

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: さよなら人類――ソフトバンクによるロボット開発と2045年問題:

« 国家緊急権――国家のクライシス・マネジメント | トップページ | 【キュレーション】今週の注目記事(2014年6月第2週) »