研究不正を個人の問題に帰するだけではダメ
某小保方博士(暫定)の記者会見の視聴率はすごかったんでしょうね。
さて,研究評価・研究不正の専門家と言えば山崎茂明先生である。その著書『ブリッシュ・オア・ペリッシュ』(みすず書房)を再読しているのだが,第3章の冒頭にいいことが書いてある。
科学の不正行為は,ねつ造,偽造(改ざん),盗用といった明確なものから,マイナスデータの意図的な除外や改変,貢献のない研究組織のトップを著者に入れる「ギフト・オーサーシップ」まで含めれば,より広く存在している。欧米では,科学研究の公正さをめぐる国際会議が開催され,何冊かの単行本も刊行されている。そして、米国では専門の査察機関も組織されている。しかし日本では,政府機関,学会,大学,助成団体も,この問題への対応を欠いている。研究者も,不正行為は一部の精神のおかしな人間による個人的な問題としか考えていない。(山崎茂明『パブリッシュオアペリッシュ』, p.28)
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この文章が暗に言おうとしているのは,研究不正を個人の問題に帰するだけでは研究不正を防止(抑制)できないということである。
以前,紹介したように『背信の科学者たち』にも研究組織の責任に触れた部分がある(参考:「(続)『背信の科学者たち』は予言の書か?」)。(ちなみに,『背信の科学者たち』は絶版になっていて,古書がとんでもない値段で取引されているようである)
もし,どのような小さな欺瞞でも,研究者の社会への仲間入りを熱望するあまり,心の平静さを失ってしまった哀れな人びとの責任に帰するのであれば,科学に自己規制力を与えているとされる種々の機構や制度については,何らの変更の必要はないことになる。(『背信の科学者たち』,94ページ)
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ということで研究不正に関しては組織的に対処する仕組みを作らないといけないというわけである。
『パブリッシュ・オア・ペリッシュ』によれば,研究不正に関する関心が高まったのは1980年代の米国の生命医療の分野からだということである。
これを受けて,米国の保健福祉省 (U.S. Department of Health & Human Services)には研究公正局 (The Office of Research Integrity, 略称ORI)が設立されている。日本にはこんな官庁は無い。
研究公正局は研究不正を明確に定義している(参考)。それはねつ造,改ざん,盗用 (fabrication, falsification, or plagiarism, 略称:FFP) の3つである。
「ねつ造 (Fabrication)」とは,データや結果をでっち上げたり,報告したりすることである。
「改ざん (Falsification)」とは,研究者にとって都合の良いように,実験材料や装置や手順をいじりまわしたり,データを変えたり省略したりすることである。
「盗用 (Plagiarism)」とは,出典を明らかにせず他人のアイディアや結果や言葉を横取りすることである。
このように研究不正を明確に定義した上で,ORIはアメリカ公衆衛生局 (Public Health Service) およびその支援を受けた組織における研究が公正に行われているかどうかを監視している。
日本の研究機関や官庁にこういう常設機関を設けたらどうか……とも思ったが,(1)性善説の立場から,こういう機関は不要という意見が出る,あるいは(2)こういう機関を設置しても形骸化するだけ,という結論になるのだろうと思う。
◆ ◆ ◆
あと,言い残したが,研究公正局は「誠実な誤り (honest error)」は不正行為には含まれないと定義している。ここは気を付けないと抜け道になる。
『パブリッシュ・オア・ペリッシュ』ではベル研の「シェーン事件」の例を取り上げているが,シェーンは不正行為を認めず,「誠実な誤り」であると主張した。まあ,調査報告が出た後,ベル研はシェーンを解雇したわけであるが,某理研が同じように毅然とふるまえるかどうかはよくわからない。
シェーン事件については村松秀『論文捏造』を。
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