宮本常一の父から息子への十か条――佐野眞一『旅する巨人』を読む
ずいぶん前に出た本だが,佐野眞一『旅する巨人―宮本常一と渋沢敬三』を読んでいる。
宮本常一については本ブログでもたびたび取り上げた(例えば「調査地被害」とか「宮本常一『塩の道』と『絵巻物に見る日本庶民生活誌』を読む」とか)。だが,その生涯をまとめて調べたことは無い。また宮本常一を支えた渋沢敬三についても無知だった。
宮本常一の生い立ちは面白い。
宮本常一は素晴らしい祖父と父に恵まれ,彼らの薫陶を受けたことが宮本常一の研究活動の基盤となっている。
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宮本常一が故郷・周防大島を離れ,大阪に向かう時,父・善十郎は宮本常一に十か条のメモを取らせたという。
『旅する巨人』の32~33頁には,その内容が記されているが,その内容が実によい。
小生なりに書き直してみると次のようなものである。
- 汽車に乗ったら窓から外をよく見よ
- 初めて訪ねた町や村では,高いところに上って周りを見よ
- 金があったらその土地の名物を食べておけ
- 時間があったらできるだけ歩け
- 金は稼ぐよりも使うのが難しいということを忘れるな
- 30歳までは好きなようにやれ
- ただし,病気や自分で解決できないことに遭ったら故郷に戻れ
- これからは親が子に孝行する時代だ
- 良いと思ったことはやってみよ。失敗を責めはしない
- 他人の見残したものを見よ
宮本常一が生まれ育った周防大島は移民の島として知られ,明治時代には3913人ものハワイ移民を輩出した。善十郎はハワイにこそ行かなかったが,若いころは塩の行商をしたり,甘藷栽培のためにフィジーに渡ったりと,世間を広く渡り歩いた経験を持つ。
善十郎は小学校こそ出ていなかったものの,世間を見て回った経験や人から聞いた話を総合して,一つの知識体系を獲得していた。その経験的知識体系を踏まえて常一に語ったのが上述の十か条である。
第8条は教えとは言い難いが,残りの各条にはなるほどと感心するような含蓄がある。
例えば,第1条の「汽車に乗ったら窓から外をよく見よ」というのは,単に景色を眺めろと言うことではなく,家々の大きさ,つくり,田畑の作物の成長具合をよく観察して,それぞれの地域に住む人々の生活状況を把握せよ,という意味である。宮本常一のその後の活躍を考えれば,これは研究者の目を養え,ということだったというように思えてくる。
また例えば,第2条の「高いところに上って周りを見よ」というのは,道に迷わないように,そして町や村全体の様子を把握できるように俯瞰せよ,という意味である。しかし深読みすれば,単に旅の心構えとしてだけでなく,人生の様々な局面において俯瞰するということの重要性を伝えているようにも思えてくる。
残りの各条について知りたければ本書を読んでいただきたい。
父・善十郎から息子・宮本常一への十か条は,宮本常一だけでなく,あらゆる人に指針を与えてくれるようなものだと思うが,いかがだろう?
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