根本敬『物語 ビルマの歴史-王朝時代から現代まで』を読んだ件
ラオス滞在中の読み物として根本敬『物語 ビルマの歴史-王朝時代から現代まで』(中公新書)を買ったのだが,あまりの分厚さに中断を繰り返しながら読んでしまい,結局,昨日読み終わった。
物語 ビルマの歴史 - 王朝時代から現代まで (中公新書) 根本 敬 中央公論新社 2014-01-24 売り上げランキング : 1053 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
どのくらい分厚いかというと,柿崎一郎『物語 タイの歴史』が310頁(本文+年表),岩崎育夫『物語 シンガポールの歴史』が262頁(本文+年表)であるのに対し,この『物語 ビルマの歴史』はなんと458頁(本文+年表)もある。下手すりゃ新書2冊分である。
著者も分厚さを気にしているらしく,
「関心を持ってこの本を手にとられた読者も,この分厚さに読む気をそがれるかもしれない。そのときは,本書の中に計20編ちりばめたコラムから読んでいただければ,ビルマの『歴史の香り』を少しは感じ取ってもらえると思う」(437頁)
と「あとがき」に記している。まあ,執筆依頼から出版までに17年費やした力作だから仕方あるまいと思う。
◆ ◆ ◆
本書は,国民国家としての現在のビルマ(ミャンマー)の存立基盤を描き出すため,古代史・中世史の部分はバッサリと潔く切り捨て,英国による支配以降の近現代史を詳しくわかりやすく記述している。
本書については,KINOKUNIYA書評空間BOOKLOGで早稲田の早瀬晋三先生が書評を書いているが,そこでは「あとがき」と「終章」に焦点があてられている。
「終章」では「民政移管(2011年3月)」後のビルマ(ミャンマー)が抱える3つの課題,「民族問題」「教育改革」,「経済改革」が取り上げられており,JETROやJICAの関係者,そしてミャンマー進出を企てる日本企業各位にとっては,第10章407~410頁とともに,この章は必読の章と言えるだろう。ちなみに第10章407頁に出てくる「人材育成センター開設プロジェクト」は小生の知り合いが担当してます。
ということで経済人には終章(と第10章)が最重要パートだと思うが,本ブログでは別のところに焦点を当てたいと思う。
◆ ◆ ◆
本書はアウンサンスーチーの半生や思想に紙数を割いているが,これは本書でも重要な部分だと思う。
アウンサンスーチーについての一般の認識は「独立の父,アウンサン将軍の娘」だとか「ミャンマー民主化運動の指導者」だとか,ニュース番組上で聞かれるレッテル以上のものはあまりないと思う。本書を読むまでの小生の認識もその程度。
だが,本書を読むとその生い立ちから思想形成過程までを概観することができる。アウンサンスーチーが「独立の父,アウンサン将軍の娘」であることは間違いない。しかし,1988年の民主化運動に巻き込まれるまでは,彼女は,ビルマのナショナリズム形成過程とその特質を思想史の枠組みの中で明らかにしようと務める一学究であった。父アウンサンと日本との関係について学ぶために日本でも研究生活を送っている。彼女は三島由紀夫の小説を原書で読めるほどの語学力を持っている。
本書の著者はアウンサンスーチーの思想を「恐怖からの自由」,「思想と行動の一致」,「正しい目的と正しい手段」,「真理の追究」という4つの言葉でまとめている。これらの言葉一つ一つの解説は本書372~379頁をお読みいただくことにして,本書の著者はアウンサンスーチーの思想を「強烈なまでの自力救済的な生き方を象徴している」と評している。また,「上部仏教(テーラヴァーダ仏教)的」とも評している。
「ミャンマー民主化運動の指導者」であることは間違いないが,アウンサンスーチーは「何も考えずについてこい」的な指導者ではない。彼女は,ミャンマー国民に対して「一人ひとりが恐怖に打ち勝つ努力を行うべきである」(373頁)と義務を課し,「何よりも,まずは各人が自分のなかの『恐怖』を克服して,不当な命令にはけっして服従しないという生き方を軍政に対して示すべきである」(374頁)と諭す思想家なのである。
自分で考え,行動せよ,とアウンサンスーチーは主張しているわけだが,民主化運動家たちが,こういう思想を理解して行動しているかというとどうも怪しい。次世代の指導者が育っていないことがそれを如実に表しているようである。
◆ ◆ ◆
この本,分厚いだけあって,いろいろと紹介したい話題がある。例えば,「ミャンマーとビルマという呼称の違い」とか「ビルマ人には苗字は無い」とか「タイの近代化成功とビルマの近代化失敗」とか「英国による支配を支えたビルマ人官僚BCS-I」とか。だが,今回はこの程度にしておこう。
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