2004年の理化学研究所不正事件と名誉毀損訴訟
理研・小保方博士らによるSTAP細胞の騒動が続いているので,久々に『背信の科学者たち』をひも解いている。
訳者の牧野賢治氏が同書に付け加えた解説記事を読むと2004年にも理研で不正事件があったことが記されている。
どういう事件だったかというと
- 2004年8月,理研の研究員2名がかかわった論文3編にデータ改ざんがあったことが指摘された
- 正確には2編に改ざんがあり,1編に改ざんのあった可能性が高いことが示された
- 件の論文は血小板の形成に関わるもの等,以下の3編
- "Proplatelete formation of megakaryocytes is triggered by autocrine-synthesized estradiol", Genes & Development 17, pp. 2864 - 2869 (2003)
- "Regulation of APC Activity by Phosphorylation and Regulatory Factors", Journal of Cell Biology 146, pp. 791 - 800 (1999)
- "PKA and MPF-Activated Polo-like Kinase Regulate Anaphase-Promoting Complex Activity and Mitosis Progression", Molecular Cell 1, pp. 371 - 380 (1998)
- 2004年12月24日,理研は公式ホームページ上で「独立行政法人理化学研究所の研究員による研究論文不正発表について」という文書を公表
- 同文書において,理研は,当該研究論文に改ざんが認められたため,当該研究員2名に対し研究論文の取下げ勧告を行ったことを説明
「不正指摘→調査委員会→取り下げ勧告」という流れで事件は経過した。当該研究員2名は辞職した。
この事件のあと,理研は
- 2005年4月,研究不正の防止に取り組む「監査・コンプライアンス室」(日本の研究機関としては初)を設置
- 同年11月,理研科学者会議が「科学研究における不正行為とその防止に関する声明*」を公表
- 同年12月12月22日付けで「科学研究上の不正行為への基本的対応方針**」を制定
というように不正防止に積極的に取り組んだわけである。
ここまでが牧野氏の解説に書かれいる内容で,牧野氏は「こうした理研の対応は,研究機関のモデルケース」として評価している。
・・・しかし,この事件はこれだけでは終わらなかった。
理研が公式ホームページ上および記者会見において「当該研究員が論文不正に積極的に関わったと受け取られかねない表現」をしたとして,当該研究員による理研を被告とする名誉毀損訴訟が起こったのである。
2010年4月,同名誉毀損訴訟において和解が成立し,上述のホームページ掲載文を削除することとなった。
というわけで,科学研究における不正行為は,不正の有無についての議論も重要だが,その後の公表の仕方,要するにどう表現するのか,というのも重要である。
昨日の理研の記者会見では,野依理事長含め,あまりはっきりしたような物言いではなかった。
記者たちは理研側の回答が不十分だと考えているようだが,それは実は「名誉毀損」を念頭に置いた答弁だったのだろうと思う。
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【参考】
* 「科学研究における不正行為とその防止に関する声明(抜粋)」(理研ニュースNo.297, March 2006, 7ページ)
科学研究の不正は科学者に対して社会から託された夢と希望を自ら踏みにじる行為であることを改めて強く認識し,科学をこよなく愛する理化学研究所の研究者として,以下のことを宣言する。
- 科学の真理を追究するうえで,いつも他を欺くおそれがないよう自らを律する。
- 他者の不正を決して黙認しない。
- 指導的立場に立つ研究者は,研究に不正が入り込む余地のないよう日々心を配る。また,不正のないことを示すための客観的資料・データ等の管理保存を徹底する。
- 研究論文の著者は,その論文の正しさを客観的にいつでも誰にでも説明する責任がある。
** 「科学研究上の不正行為への基本的対応方針(抜粋)4-2 遵守事項」(理研ニュースNo.297, March 2006, 8ページ)
各研究室,研究チームなどの主任研究員,グループディレクター,チームリーダーらは,健全な研究活動を保持し,かつ研究不正が起こらない研究環境を形成するため,次に掲げる事項を遵守するものとする。
- 各研究室及び研究チームなどにおいて,研究レポート,各種計測データ,実験手続きなどに関し,適宜確認すること。
- 研究員,テクニカルスタッフ,学生ら研究に携わる者には,ラボノートブックなどが個人の私的記録ではなく,(中略)各研究室などの所属長が適切に管理するものであって,(中略)研究所に帰属し,(中略)研究所が管理すべきものであるという意識を持たせるとともに,ラボノートブックの記載の方法に関し指導を徹底すること。
- ラボノートブックと各種計測データなどを記録した紙・電子記録媒体などは,論文など成果物の発表後も一定期間(特段の定めがない場合は5年間)保管し,他の研究者らからの問い合わせ,調査照会などにも対応できるようにすること。
- 論文を共同で発表するときには,責任著者と共著者との間で責任の分担を確認すること。
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