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2014.01.27

宮本常一『塩の道』と『絵巻物に見る 日本庶民生活誌』を読む

前記事で紹介した10冊の中に宮本常一『塩の道』がある。

これは民俗学の巨人が最晩年に行った講演録であり,宮本常一自身が平易な言葉によって,思想の全体像を展開している。

塩の道 (講談社学術文庫 (677))塩の道 (講談社学術文庫 (677))
宮本 常一

講談社 1985-03-06
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この本には3つの講演録が収められている:

  • 塩の道 『道の文化』(講談社・昭和54年9月)
  • 日本人と食べもの 『食の文化』(講談社・昭和55年9月)
  • 暮らしの形と美 『日本の知恵と伝統』(講談社・昭和56年4月)

宮本常一は昭和56年1月30日,胃癌によって亡くなったのだから,上述の「暮らしの形と美」は死後にまとめられ公表された講演録ということになる。

宮本常一はその最晩年まで講演・執筆に熱心で,中央公論社から『絵巻物に見る 日本庶民生活誌』という新書も刊行している。

絵巻物に見る日本庶民生活誌 (中公新書 (605))絵巻物に見る日本庶民生活誌 (中公新書 (605))
宮本 常一

中央公論新社 1981-01
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巻末の「あとがき」の日付は昭和55年10月28日であり,初版は翌年3月25日に刊行されている。書き上げて間もなく著者は無くなり,そして死後間もなく出版された。つまり,本書は遺著である。

最晩年にまとめられたということもあって,『塩の道』所収の「日本人と食べもの」や「暮らしの形と美」と『絵巻物に見る 日本庶民生活誌』とでは同じ話題がいくつか取り上げられている。

例えば竪穴住居と高床式住居との対比。『塩の道』では「暮らしの形と美」173~176頁で,『日本庶民生活誌』では152~154頁で取り上げられている。

竪穴住居は縄文時代以来,日本に住んでいた人々の住まいで,高床式住居は日本に稲作と稲作に伴う祭祀をもたらした外来の人々,後の支配階級のものであろうと推測している。この外来の人々はどこから来たか,ということについて,宮本常一は,中国の越人が秦帝国成立時に国を滅ぼされ,海を越えて朝鮮南部(任那)や西日本にたどり着いたものだろうと推測している。

この推測には中尾佐助らの照葉樹林文化論などが影響しているようであるが,小生などは土井ヶ浜遺跡の人々のこと(参考)を思い出す。

土井ヶ浜で大量に見つかった弥生人の骨は中国山東省で発掘された漢代の人骨との間に類似性が見られるという。これを根拠に中国の戦国時代末期の騒乱から逃れた人々が土井ヶ浜にたどり着いたのではないかという説があるが,『塩の道』によれば山東省の付け根,琅邪のあたりまで越人が住んでいたというから,土井ヶ浜弥生人もまた越人の後裔なのかもしれない。

土井ヶ浜遺跡の最大の謎として,ほぼ全ての人骨が顔を西北の海に向けて葬られていることが知られているが,これは祖先の土地を思って,海に顔を向けているのかもしれない。


話しがやや脱線したが,高床式住居に関連した話として,南方由来の高床式住居に暮らしているがゆえに平安貴族は冬の寒さに耐えるため着ぶくれをせざるを得なかったという話が『塩の道』と『日本庶民生活誌』の両方に出ている。

他にも,桶や樽の利用は今から600年ぐらい前のことで,『福富草子』という絵巻にその最初の姿が見える,ということも両書に記されている。

このように両書では重複する話題がいくつか取り上げられているが,『塩の道』と『日本庶民生活誌』とは互いに補完し合う本であり,読み比べる(シントピカル読書)ことによって宮本常一が語ろうとしていたことをより深く理解することができるだろう。

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地域・環境・エネルギーについて考えるための10冊

東日本大震災をきっかけとして,日本全体でも,個人的にも地域と環境・エネルギー問題とを関連させて考えることが多くなった。

目下(都知事選含め),大きな議論を読んでいるのが,原発問題だが,小生としては勉強不足なので,この問題には立ち入らない。

小生が興味を持っているのは,「地域に根差したライフスタイルとエネルギーの需給態勢はどうあるべきか」ということである。

この問題を考える上で重要な情報や考え方を教えてくれるのが,次の4つの新書である:


エネルギーを選びなおす (岩波新書)エネルギーを選びなおす (岩波新書)
小澤 祥司

岩波書店 2013-10-19
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里山資本主義  日本経済は「安心の原理」で動く (角川oneテーマ21)里山資本主義 日本経済は「安心の原理」で動く (角川oneテーマ21)
藻谷 浩介 NHK広島取材班

角川書店 2013-07-10
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適正技術と代替社会――インドネシアでの実践から (岩波新書)適正技術と代替社会――インドネシアでの実践から (岩波新書)
田中 直

岩波書店 2012-08-22
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グリーン・エコノミー - 脱原発と温暖化対策の経済学 (中公新書 2115)グリーン・エコノミー - 脱原発と温暖化対策の経済学 (中公新書 2115)
吉田 文和

中央公論新社 2011-06-24
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それぞれの本についてはすでに記事を書いたのでここでは繰り返さないが,コミュニティの再生と適正規模・適正技術レベルのエネルギー生産・消費活動を同時に進めていこう,という考え方である。

経済性ということを前面に出して考えれば,コミュニティ再生も再生可能エネルギー導入も非効率的に見えることだろう。ただ,一つの思考実験として経済性追求が何を生み出すか,考えてみると凄まじいことになる。

ICTの急激な発達によって労働力としての人間はどんどんいらなくなっている。経済的に非効率的だから。まずはブルーカラーが駆逐され,現在はホワイトカラーが駆逐されつつある。必要なのはクリエイティブクラスだと言われるが,それすら人工知能の発達で駆逐されるかもしれない。究極的には人間はいらなくなる。そうすると何のための経済性追求だったのか,よくわからなくなるだろう。

これは,経済性は重要な指標の一つだが,それだけではおかしなことになるという思考実験である。

コミュニティ再生も再生可能エネルギー導入も手間がかかり,非効率的に見える。しかし,経済性一本槍ではなく,「手間の効用」というものを考えてみようというのが上に並べた4冊の新書の示唆するところである。そして手間というものが意外にコミュニティの再生や環境・エネルギー問題の解決に結びつそうだということがこれらの本の中で示されている。


  ◆   ◆   ◆


地域に根差す,ということはどういうことかと考えさせてくれるのが,これから紹介する3冊である。

まずは松本健一による本が2冊ある。

海岸線の歴史海岸線の歴史
松本 健一

ミシマ社 2009-05-01
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海岸線は語る 東日本大震災のあとで海岸線は語る 東日本大震災のあとで
松本健一

ミシマ社 2012-03-10
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これら2冊については既に過去記事の中で記述の難点も含めていろいろ述べてみた:

松本健一は折口信夫の「海やまのあひだ」という言葉を用いて,われわれ日本人は海と山に囲まれた場所に住む民であるということを再認識するべきだと述べている。

松本健一は『海岸線の歴史』において,海沿いに住む人々の生活の多様性と,日本人が海に対して抱いている認識が時代とともに変容している状況とを描き出している。

そして東日本大震災後に書かれた『海岸線の歴史』においては,日本人は海への畏怖を思い出すべきだということ,そして海沿いに住む人々の生活の多様性を踏まえた上で,画一的ではないコミュニティ再生を図るべきだということを述べている。


松本健一は「海やまのあひだ」と言いつつ,専ら海沿いの生活に着目して論述しているが,かつて,民俗学の巨人が海と山との交流を詳しく語っていた。それが,宮本常一『塩の道』である:

塩の道 (講談社学術文庫 (677))塩の道 (講談社学術文庫 (677))
宮本 常一

講談社 1985-03-06
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かつて,海沿いの主要な産業として製塩があった。製塩には莫大なエネルギーが投入されたが,それは山から薪として供給された。山中では塩が取れないため,海沿いから塩を購入する。こうして海のコミュニティと山のコミュニティとの交流が生じるわけである。

『塩の道』によれば昭和18年ごろの岐阜の山中で,薪を伐ることを「塩木をなめる(塩を焼くための薪を伐る)」と言っていたという。薪が製塩の燃料として重要だったこと,海と山との結びつきの強さを思わせる言葉である。


  ◆   ◆   ◆


宮本常一『塩の道』は,エネルギー供給源としての里山の重要性を教えてくれる本だが,そもそも里山とは何のことか,そしてそれは日本の歴史の中でどのように発展してきたのか,さらにどのように衰亡してきたのか,里山の役割と歴史について詳しく教えてくれるのが,次の2冊である:

里山〈1〉 (ものと人間の文化史)
里山〈1〉 (ものと人間の文化史)有岡 利幸

法政大学出版局 2004-03
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里山〈2〉 (ものと人間の文化史)里山〈2〉 (ものと人間の文化史)
有岡 利幸

法政大学出版局 2004-03
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著者は岡山県出身の林業の専門家。1956年から1993年まで大阪営林局に勤めていた。

『里山〈1〉』の方は縄文時代から江戸時代までの里山の歴史を,『里山〈2〉』の方は近世以降の里山の歴史を描いている。著者の業務経験がベースになっているので,中国地方の里山に関する記述が詳しい。

藻谷浩介+NHK広島取材班『里山資本主義』では里山の利用に日本の未来を見ているが,ちょっとバラ色過ぎる面がある。そもそも里山はなぜ,どのようにして衰退していったのか,そのことを認識しないと,バイオマスに過剰な期待を抱いてしまうことになる。やはり,『里山〈2〉』の第七章で描かれている,高度経済成長期に始まった里山衰退のプロセスをしっかり理解した上で里山の再生について考えていく必要があるだろう。


  ◆   ◆   ◆


さて,最後に一冊。地域に根差すということを文化的というよりもより根本的なレベル,地形,地質,土木のレベルで理解させてくれる本が最近出た。

「流域地図」の作り方: 川から地球を考える (ちくまプリマー新書)「流域地図」の作り方: 川から地球を考える (ちくまプリマー新書)
岸 由二

筑摩書房 2013-11-05
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地域と言ったとき,我々は地図上の地域で考えてしまう。しかし,川,つまり人間にとって生命にかかわる最も重要な物質である水の流れという根本的なものによって,自分のいる場所を認識してみようという試みがここに記されている。

地域・環境・エネルギーに関する問題を,最も基本の物理的レイヤーで見直すことを考えさせてくれる本である。

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2014.01.24

「ワールドビジネスサテライト」,大幅リニューアルとのあくまでも噂

出張先の東京で聞いた話。

某経済人曰く:

テレ東の看板番組ともいうべき「ワールドビジネスサテライト」が1988年4月に始まって以来,25年が経過した。

小谷真生子のキャスター歴もすでに15年。

4月に大幅リニューアルがあるかも。あるいはないかも。

25年=四半世紀というのは区切りがいい。

小池百合子,野中ともよなど,様々なキャスターを経て,「財界のマドンナ」小谷真生子の超長期政権により安定,悪い言い方ではマンネリ化してきたこの番組。

いよいよ大規模に変わる時が来たか?4月からは番組自体が変わるか,人が変わるか。

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日本のグリューワイン,保命酒(ほうめいしゅ)を福山駅で買ってきた

昨日は某会議のため新倉敷まで出張。

「さくら」から「こだま」に乗り換えるため,福山駅に降りたところ,待合室にこんなディスプレーが:

Tomonoura

そうそう。福山は福山城も有名だが,今は鞆の浦の方がより有名かもしれない。

五月には勇壮な「鯛網」が見られるよ,ということ。

写真の右下を見ると分かると思うが,AKB48の岩佐美咲が歌う「鞆の浦慕情」のプロモーションビデオも一緒に展示されていた(参考)。


さて,「こだま」が来るまでだいぶ時間が余っていたので,売店を散策すると,鞆の浦の名物,「保命酒(ほうめいしゅ)」があった。「岡本亀太郎本店」製の500ml,1000円のものを購入。

Houmeishu


養命酒などと並ぶ薬味酒,日本のグリューワインである(グリューワインについてはこの記事参照)。

とか言って,購入したのは今回が初。出張から帰って家で飲んでみた。さて,どんなお味でしょう。

本みりん(ご存じだろうが,みりんは酒の一種)なのですごく甘い。そして漢方薬らしい香り。ガブガブ飲むようなタイプではないが,小生は嫌いじゃない。

幕末,ペリーやハリスをもてなした際には保命酒が食前酒(アペリティフ)として供されたという。まあ,そういう使い方はアリだと思う。


アマゾンで調べたら,「入江豊三郎本店」製の保命酒もあった。

保命酒 500ml保命酒 500ml

岡本亀太郎本店
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十六味保命酒 1800ml十六味保命酒 1800ml

十六味保命酒
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2014.01.21

今,どこにどんな旅客機が飛んでいるのかわかるサイト:Flightradar24

今,どこにどんな旅客機が飛んでいるのかわかるサイトがある。

ご存知かもしれないが,Flightradar24.comというサイトである:

Flightradar24
↑Flightradar24.comの画像

世界中の旅客機の運行状況がわかる。

旅客機に乗っている最中にこういうのがインタラクティブに見られたらよいのだが。

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2014.01.19

松本健一『海岸線は語る 東日本大震災のあとで』を読む

先日紹介した『海岸線の歴史』(参考)の著者が,東日本大震災後,福島,宮城,岩手の海岸線を自ら歩き,思索した結果をまとめたのが本書である。

海岸線は語る 東日本大震災のあとで海岸線は語る 東日本大震災のあとで
松本健一

ミシマ社 2012-03-10
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東日本大震災当時,著者は内閣官房参与だった。

震災直後の混乱と喧騒の中,2011年3月22日に著者は菅直人首相(当時)に『復興ビジョン(案)』を提出したという。

後に著者は産経新聞に対し「復興ビジョン,首相に握りつぶされた」(産経新聞,2011年8月19日朝刊)と激白したわけだが,その『復興ビジョン(案)』に込められていた思いは次のようなものだったと本書の中で著者は語る:

西洋近代の文明観は,自然に蓋をして抑え付け,征服しようという発想が根底にある。海岸線をコンクリートで覆い,海岸線にテトラポットを敷き詰め,自然を人間の「向こう側」へと追いやった。それにより,日本人の自然観が変わり,ひいては精神風土,意識空間までもが変容してしまった。そのことに対する反省と危機感が,わたしに前著『海岸線の歴史』を書かせることになった,といってもいい。

海岸線の異常に長い日本の復興を考えるにあたっては,日本人の意識が遠ざかりつつあった海岸線との距離を,もう一度捉え直すことからはじめなければならない。近代の文明観をもう一度考え直し,海辺を「わが日本の畏<おそ>るべき自然=ふるさと」として取り戻す必要がある。東日本大震災後の復興は,海辺に暮らしてきた民族そのものの再考を意味するのである。(『海岸線は語る』187頁~188頁)

これらの文章に続けて『復興ビジョン(案)』の基本方針は次のようなものだったと著者は語る:

基本的な方針として,津波の被害を受けた地域は暮らしの手段としては海辺を利用するべきだが,そこには人は住まないようにするべきだ,と考えた。当然,それには移住や移転をともなうことになるが,いまある集落の単位を維持することが重要である。「ふるさと」とは何かといえば,風土に合わせて住む人々の共同体であり,いまふうにいえばコミュニティであるからだ。(『海岸線は語る』188頁)

ふるさと」=「風土に合わせて住む人々の共同体」というのが,本書の最重要キーワードの一つである。

著者は福島,宮城,岩手の海岸線各所を巡り,それぞれの「ふるさと」の本来の姿を探求し,復興はその「ふるさと」の姿に応じたものにするべきだと結論付けている。本書はいわば握りつぶされた『復興ビジョン(案)』の解説書・補足資料である。


  ◆   ◆   ◆


小生は茨城県に住んだことはあるが,それ以北の海岸線の様子に関しては全く無知であった。本書で知ったのは,福島,宮城,岩手の海岸線の姿がまったく異なっていることだった。

大まかに見て,宮城県の海岸線は仙台平野を中心に平野が続き,岩手県の海岸線はリアス式海岸が続き,福島県の海岸線は断崖が続く。こうした海岸線の様子,そして被害の状況を著者は「第1章 宮城編」,「第2章 岩手編」,「第3章 福島編」の3章で詳細に描いている。

東北の太平洋岸に住まう人々にとっては当たり前のことなのだろうが,小生にとっては東北の海岸線がかくも多様な姿かたちを持っており,また被害の状況も様々であったということは驚きであった。

海岸線各地に住まう人々にとって「ふるさと」の姿は多様である。それを無視して一辺倒の復興ビジョンを立案しようとすること,例えば,どこにも同じように震災前よりも高い防波堤を建設しようと考えたり,シンガポールを真似た商業/サービス/娯楽特区を建設しようと考えたりすることには,著者は厳しく批判を加えている。

著者から見れば,そういった一辺倒の復興ビジョンは「天国」のようなものである。理想的なソリューションのように見えて,現地には実際には根付かないものだということである。著者はエセーニンの言葉を借りてこのように言う:

「天国はいらない,ふるさとがほしい」


  ◆   ◆   ◆


小生は『海岸線の歴史』(参考)に続く本書『海岸線は語る』にもまた敬意と共感を覚えたのだが,同時に前著にも似て,本書の記述にも少々難点があることを指摘しておく。

例えば,「序章 海岸線が動いた」の冒頭,著者はこのように記している:

多賀城の麓にあるという,「末<すえ>の松山」を見に行かねばならない,とおもった。貞観大地震(869年)でも波をかぶらなかった,宮城県仙台市の北にある「末の松山」は,今回の東日本大震災でも津波に襲われなかったのだろうか,と。(『海岸線は語る』13頁)

こういう出だしならば,著者が「末の松山」にたどり着き,そこで何を見,どう考えたか詳しく述べるだろうと期待するものである。

ところが,「末の松山」に関する記述は64頁から65頁にかけて短く記述されているだけ。しかも百人一首の引用だとか,「末の松山」の所在には諸説あるとか,そういった話がほとんどである。肝心の問題については「今回の津波でも,この『末の松山』までは押し寄せていない」と一行足らずの文が記されているだけである。

なんか,『奥の細道』で,松尾芭蕉が「松島の月まず心にかかりて」などと松島の情景に憧れて旅立ったにもかかわらず,実際には松島には2泊だけして,すぐほかの土地に移動してしまったという,オチのようなズッコケのようなことを思い出す。

ほかの例としては「第2章 岩手編」で

「リアス」とは,スペイン語で「潮入川」を意味する。(『海岸線は語る』87頁)

と書いた後,数ページ後にもまた

「リアス」はスペイン語で「潮入川」を意味するが,(『海岸線は語る』94頁)

と書いており,記述が重複している。前著でも同じようなことがあったが,この辺は編集者が指摘して整理した方がいいだろう。

意図するところは良くても構成や記述で評価を下げてしまう惜しい本だと思う。「神は細部に宿る」(ウィトルウィウス)という言葉を意識していただきたい。

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2014.01.15

『太秦ライムライト』見た

「世界一の斬られ役」,「五万回斬られた男」,福本清三先生(70)の初主演作『太秦ライムライト』のテレビ編集版をNHK BSプレミアムシネマでやってたので見た。

福本先生演じる切られ役専門の時代劇俳優・香美山清一(かみやま・せいいち)と新人女優・伊賀さつき(山本千尋)との師弟関係を軸に,衰退しつつある時代劇の舞台裏を描いている。殺陣の稽古風景や時代劇撮影の現場が存分に見られる。大部屋俳優である香美山が売れっ子女優への道を歩む伊賀に対して敬語で接しているのがなんともいい感じ。

福本先生の渋さ・凄さは,「ラスト・サムライ」にも出演していたということでご存知の方もおられると思うので省略。

山本千尋という人はよく知らないが,眼力のある女優さんである。殺陣というか擬斗も華麗にこなしている。オフィシャルウェブを見たら,武術太極拳の達人であることがわかって納得。

萬田久子や松方弘樹といった豪華な出演者がピンポイントで重要な役を演じており,画面を引き締めてくれている。

この夏,劇場公開されるらしいので時代劇ファンはぜひ。

どこかで誰かが見ていてくれる 日本一の斬られ役・福本清三 (集英社文庫)どこかで誰かが見ていてくれる 日本一の斬られ役・福本清三 (集英社文庫)
小田 豊二 福本 清三

集英社 2003-12-16
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『太秦ライムライト』関連情報

(1) 太秦の撮影所で台詞の無いエキストラのことを「仕出し」というが,「仕出し」の出演料などについて,この映画の脚本と演出を手がけた大野裕之氏が面白い話を書いている:

京都の「おねだん」vol. 20

(2) 切られ役・香美山清一が引退後,故郷で農業をやっているが,このあたりの話は淡路島で撮影したらしい(参考:淡路島フィルムオフィス【事務局ブログ】)。ちなみに福本清三先生の故郷,兵庫県旧城崎郡香住町は兵庫県の北部に位置する。日本海に面し,松葉ガニとズワイガニが水揚げされている。日本海と瀬戸内海とでは違うが,海に面した風景は福本先生の故郷を髣髴とさせるのかもしれない。

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2014.01.14

「いいとも!」「とんねるず」29年ぶり出演でスポニチアネックス記事慌てすぎ

仕事中だったので,当然見ていないわけだが,「いいとも!」に「とんねるず」が出たそうだ。

「いいとも!」にも「とんねるず」にもほとんど興味はないが,「とんねるず」が29年ぶり出演で,さらにレギュラーを獲得したということを伝えるスポニチアネックスの記事の慌てぶりが興味深い。

2014
↑Yahoo!ニュースに引用されたスポニチアネックス記事

上の記事の部分はいいが,文末で文章が乱れている:

20142
↑Yahoo!ニュースに引用されたスポニチアネックス記事(つづき)

「中居『もう50分になってる…』最後まで恨み節」
「電話をしたら『出れられる』」

小生も慌てて文章を書いたらこうなるだろう。他山の石としよう。

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ダンセイニ『ぺガーナの神々』再読:酒場詩人・吉田類も読んでいた

2年前に読み,本ブログでも紹介した(参照)ことがあるダンセイニ『ぺガーナの神々』(荒俣宏訳・ハヤカワ文庫FT)。

今回また再読した。

ペガーナの神々 (ハヤカワ文庫 FT 5)ペガーナの神々 (ハヤカワ文庫 FT 5)
ロード・ダンセイニ 荒俣 宏

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きっかけは2014年1月12日付の朝日新聞読書欄「思い出す本 忘れない本」で,吉田類が紹介していたからだ。

BS-TBS「酒場放浪記」でおなじみの吉田類だが,ただの酔っ払いのおじさんではない。俳人でもあるし,画家でもある。

上述の朝日新聞読書欄で,吉田類は「ペガーナの神々」の世界と生まれ故郷の高知の山村での体験とを重ね合わせた面白い話をしている。

この人も読んでいたということで少しだけ再読したのだが,やはり面白いファンタジーである。

以前のブログ(参照)に書いた内容と重複するが,『ぺガーナの神々』の世界構造についてちょっと書いてみる。


  ◆   ◆   ◆


いつだかわからない大昔,<宿命 Fate>と<機会 Chance>とがサイコロ勝負をし,勝者が創造主マアナ=ユウド=スウシャイ MANA-YOOD-SUSHAIに,遊び道具として神々を作るよう依頼する。

マアナ=ユウド=スウシャイは神々と鼓手スカアル Skarlを作った。マアナ=ユウド=スウシャイと神々とスカアルとが居るのがぺガーナという場所。

マアナ=ユウド=スウシャイは神々を作った後疲れてしまい,スカアルの敲く太鼓の音を聞きながら寝入ってしまう。

創造主の寝ている間,神々は手慰みとして世界を創造する。キブ Kibという神によって人間は作られたが,キブをねたむムング Mungという神によって死ぬ運命となる。

マアナ=ユウド=スウシャイはいずれ目を覚ます。そして神々と世界とを一掃する。つまり神々も世界も人間もいずれ滅びるはかない存在に過ぎない。


  ◆   ◆   ◆


以前のブログにも書いたが,この世界も神々もいずれ滅びるはかない存在だという話はヒンドゥー教の世界観に似ている。

先月紹介した J.ゴンダ『インド思想史』によれば,人類の歴史は「世期」という単位で計られる(ゴンダの言う「世期」は神々のユガ,マハーユガのことだろう)。その長さは432万年である。そしてその1000倍,43億2000万年が宇宙の根本原理であり創造主である梵(Brahman)の半日(kalpa,劫,昼)にあたる。

マアナ=ユウド=スウシャイと梵とは非常に似ていると思う。

インド思想史 (岩波文庫)インド思想史 (岩波文庫)
J. ゴンダ J. Gonda

岩波書店 2002-12-13
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ちなみに梵も永遠ではない。梵の劫=昼(kalpa)と夜とが36000回繰り返される,つまり梵にとっての百年が経過すると,梵も生涯を終える。

『インド思想史』とは別の本によれば,梵が生涯を終えるとき,梵は自身の夢の中に溶け込むのだという。


  ◆   ◆   ◆


吉田類の記事で面白かったのが,『ぺガーナの神々』の冒頭で神々が次々に登場する所について,

『古事記』上巻で,ビッグ・バンみたいに次々と神々が誕生する「神生み」のシーンと似ていなくもない。(吉田類,2014年1月12日,朝日新聞読書欄)

と述べているところである。たしかに。

この吉田類の指摘で思い出したのが,キブによって作られた人間が,ムングの妬みによって死ぬ運命となるところ。構図がだいぶ違うが,死んだイザナミによって人間が死ぬ運命を背負ったのと似ている気がする。

古事記・ミーツ・ヒンドゥーイズムという感じ?


  ◆   ◆   ◆


ハヤカワ文庫から出ている荒俣宏訳『ぺガーナの神々』は実は『ぺガーナの神々』と『時と神々』の2部構成となっている。

原文(英語)はグーテンベルクプロジェクトで公開されているので,英語で味わいたい人は読んでみたらどうでしょう?:

『ぺガーナの神々』:"The Gods of Pegana"
『時と神々』:"Time and the Gods"

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2014.01.11

人工の星も「宗谷」も智識とし先づ生きん人を深く愛して

人工の星も「宗谷」も智識とし先づ生きん人を深く愛して

この歌は宮柊二(1912~1986年)が昭和33(1958)年年始に読んだもの。

この前年昭和32(1957)年10月4日にはソ連が世界初の人工衛星スプートニク1号の打ち上げに成功した。また同年1月29日には日本の南極越冬隊が南極大陸に初上陸した。この時使用されたのが初代南極観測船「宗谷」である。

歌の冒頭の人工の星と「宗谷」はこれらの出来事を指している。科学の時代が来た,という作者の感慨が感じられる。

宮柊二は若いころ,一兵士として日中戦争に行き,戦後は富士製鉄のサラリーマンとして過ごした。昭和の一市民としての側面と優れた歌人としての側面の双方を兼ね備えた人である。

宮柊二歌集 (岩波文庫)宮柊二歌集 (岩波文庫)
宮 柊二 宮 英子

岩波書店 1992-11-16
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ちなみに,1957年は原子力史上の大事件が相次いでいた年でもある:

5月15日 クリスマス(キリスィマスィ)島でイギリスが初の水爆実験
8月27日 原子力研究所(茨城県東海村)で原子炉が臨界点に到達
9月29日 ソ連ウラル地方でウラル核惨事が発生
10月10日 イギリスでウィンズケール原子炉火災事故

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2014.01.10

南スーダン紛争のキーパーソンはジョゼフ・コニーか?

昨晩,NHKで「地球イチバン 地球で一番新しい国~南スーダン~」というのをやっていた。この国で初めてのミスコンに参加する女性たちが自国の現状と未来について熱く語る,というような内容だった。

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この番組の終わりに昨年末に始まった南スーダンでの武力衝突の話が出てきた。番組に出てきたミスコン参加者のシーダという女性はこの事件により一時は行方がわからなくなっていたが,その後電話で連絡できるようになった。最後に彼女からのメッセージが伝えられて番組終了,という流れだった。

南スーダン情勢について"the guardian"等,英字紙を見ながら勉強しているところだが,休戦の話し合いは停滞したままのようである。

"South Sudan peace talks falter as Uganda sends in troops" (the guradian, Associated Press in Addis Ababa, Jan. 8, 2014)

今現在は,南スーダン政府のキール (Kiir)大統領を支持するウガンダ軍が首都ジュバに展開して,守りを固めており,これを反政府勢力の指導者リエク・マチャル (Riek Machar),が非難している情況である。


民族対立,資源争奪など,武力衝突の背景には様々な要因があると思われるが,上述のガーディアン紙の記事は"Joseph Kony"という名前に触れている。

ジョゼフ・コニーとはウガンダの反政府勢力・神の抵抗軍(LRA)の指導者である。現在,国際司法裁判所(ICC)から人道に反する罪で訴追されている。

神の抵抗軍(LRA)はかつて南スーダンの領域で活動を展開してきたことがあり,ウガンダ政府はジョゼフ・コニーと南スーダン反政府勢力のマチャルがつるんでいるのではないかと疑っている。さらに,ウガンダ政府はスーダン政府がジョゼフ・コニーを密かにサポートしているのではないかとも疑っている。

つまり,南スーダンの武力衝突の当事者はディンカ族出身のキール大統領とヌエル族出身のマチャル氏だが,キール大統領のバックにはウガンダ大統領のムセヴェニ (Museveni)が,マチャル氏にはスーダン政府とジョゼフ・コニーが連携している,という構図が見える。

ウガンダ政府はこの機にジョゼフ・コニーを捕まえたいのではないかという気もする。

これはこのまま長期化するんじゃないかと懸念される。「地球イチバン」に出てきたミスコン参加者の願いもむなしく。

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2014.01.08

たかじん逝去に際して: 関東「たかじんって誰?」,関西「『ちい散歩』って何?」

小生は関西方面に住んでいたこともあるし,関東方面に住んでいたこともあるし,18で清水を出て以来,長らくデラシネ人生が続いていた。

そのおかげで多少は関東・関西のローカル番組についての知識はある。

関西在住時は「晴れときどきたかじん」を連日見ていた。他の番組も含めてテレビでたかじんを見ない日はなかった。

この度,たかじんが逝去したわけで,"相棒"の辛坊治郎や橋下徹市長から惜しむ声が寄せられている。

だが,関東の人からすると,「たかじん,who?」という感じだと思う。上田正樹やBOROと間違えている人もいるようだ。

それはそのまま関西の人たちにもあてはまることがかつてあった。

"相棒"の辛坊治郎が2012年7月,地井武男逝去に際してこういうことを言っている:

関東の人が「東京で当たり前のことは、日本中で当たり前」と思ってるんだなと感じたのは、地井武男さん逝去のニュースでした。地井さんが名優なのは言うまでもありません。昔のドラマの1シーンを見ただけでも、いかに素晴らしい俳優さんだったかは一目で分かります。

でもね、逝去を報じた全国紙が一斉に「『ちい散歩』で愛された」なんて書くのは配慮がなさすぎです。朝日新聞の天声人語などは、この番組だけをメーンに一文書いてきました。

関西の多くの人にとっては「『ちい散歩』って何?」って感じでしょう。だってこの番組、基本的に関東ローカルですからね。それなのに「東京で有名な番組は、全国でも当然有名なはずだ」という前提で話をするのは、傲慢だと思うんです。

(「東京初は日本初? パンダ騒動で感じた地方への無関心――辛坊治郎」スポーツ報知,2012年7月11日(水)配信)

こういうことを書いているにもかかわらず,ひょっとしたら辛坊治郎は関東の人々に対して,「なんでたかじんを知らないんだ?」と思っているかもしれない(思っていないかもしれない)。

危機的状況において日本は一つだ,という意識が生まれることはたびたびある。

しかし,日常では日本というのはバラバラで,人びとはそれぞれの郷土=パトリアに属して,他の文化圏のことなんか知らないのだ――と思う。

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2014.01.07

山本繁太郎山口県知事(65),辞職へ

とうとう決意したようである。

山口県知事が辞職へ 体調崩し、入院中」 (産経新聞1月7日)

先日,イノセント知事の話を書いた時にチラッと文末で触れていたが(参考),昨年10月末から入院していて,11月の定例議会にも今年初めの県庁公務始め式にも出席しなかった。

2012年7月の山口県知事選では,飯田哲也や高邑勉といった強烈な候補者たちからの追い上げを,自民・公明両党からの支援によってしのぎ,勝利をおさめたわけだが,就任したとたんに一か月以上の病気療養に入るなど,健康不安が最初から付きまとっていた。

就任当初から次第に容貌が変化。ここ一年ほどのテレビで知事の動静が伝えられる際には,知事の姿を映した映像のみで音声が伝えられることがほとんどなくなっていた。

詳しい病状は全く伏せられているが,県民の多くは口に出さずともアレだろうと察している。

元建設官僚ということもあって,昨年2013年7月28日に発生した山口島根豪雨の際は,中央とのネットワークの強さが発揮され,災害後に政府から迅速な支援を受けることができた。

いろいろとやりたかったことがあって残念だろうが,とりあえずお疲れ様でした,ということで。


【1月9日追記】
山本繁太郎知事の後任として,自民山口県連は40代の宇部市出身の総務省官僚を押す方向で調整中との情報。さて,飯田哲也氏は再登場するだろうか?

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ピエール・バイヤール『読んでいない本について堂々と語る方法』を読む

これはだいぶ前(2008年末)に買った本であり,今回再読しているところだ。
買ったきっかけは,昔、NHKBSプレミアムで放送されていた書評番組(教養番組)「週刊ブックレビュー」で紹介されていたからである。

読書に関わる本はこれまでにいろいろと読んできたが,これは最高に面白い本である。

読んでいない本について堂々と語る方法読んでいない本について堂々と語る方法
ピエール・バイヤール 大浦 康介

筑摩書房 2008-11-27
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そもそも,本を読むとはどういうことだろうか? 本書はそれが非常にあいまいな行為であることを明らかにする。

本を読むことと読まないことの間には広いグレーゾーンが広がっており,もしも,あなたがある本に関心を持っているのならば,あなたはすでにそのグレーゾーンのどこかに立っているのであり,その本について語ることが可能である……そういうことを本書は伝えている。

ピエール・バイヤールは「読んでいない」という状態を次の4つに分類している:

  • 全然読んだことが無い
  • ざっと読んだ(流し読みをした)
  • 人から聞いた
  • 読んだことはあるが忘れてしまった

全然読んだことが無い本についてすらあなたは適切にコメントできる,とバイヤールは断言する。その本が置かれた位置についての「全体の見通し」が立っているのならば…。

わたしたちが一生の間に読むことができる本の冊数は限られている。どんなに速読の技術が向上しても,読んでいない本の数の方が読んだ本の数よりも多い。では,読書が徒労かというとそんなことは無い。ある本を読んだときに,その本が他の本との関連でどんな位置づけになっているのかということを知っていれば,読んだ本のみならず関連本までを我が物とし,適切にコメントできるようになるのである。

それどころか,「全体の見通し」が立っているのならば「全然読んだことが無い」本についてすらコメントできるようになる。

本書は「全然読んだことが無い」以外の3つの状態についても考察を加えているが,いずれの場合においても本について適切に語ることができるとバイヤールは述べている。

本書で面白いのは,バイヤールの意見が彼の偏見ではなく,高名な知識人,ヴァレリーやエーコやモンテーニュの言説・事例に依拠しているということである。

例えば,ヴァレリーはプルーストの作品をまともに読んだことが無かったにもかかわらず,プルースト追悼の文を書き,しかもその中でプルーストの仕事について正鵠を射た批評をした。これはざっと読んだ(流し読みをした)本についてきちんとしたコメントができるという事例である。

こうした事例紹介はトリビアとして読者を楽しませると同時に,バイヤールの意見に強い根拠を与えている。


  ◆   ◆   ◆


本書では,全く読んだことのない本についてコメントしても,うまく乗り切っている例をいくつか紹介している。

例えば,『第三の男』の登場人物ロロ・マーティンズが読書人の集まる講演会で講演するというエピソードや,アフリカ西海岸ティブ族の人々がシェークスピア作品「ハムレット」を聞かされた時の反応などである。

これらのエピソードはとても面白いのだが,長くなるので省略。興味のある方は是非,本書を手にとって読んでいただきたい。


「読んでいる」と思っていたら実は「読んでいない」のかもしれない。逆に「読んでいない」と思っていたら実は「読んでいる」のかもしれない。そういう読書行為の危うさ/あいまいさを浮き彫りにしてくれるのが本書『読んでいない本について堂々と語る方法』である。

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2014.01.05

松本健一『海岸線の歴史』を読む:好著だが誤記の修正や文章の整理が必要

先日,東京出張の折,文教堂浜松町店で買ったのがこの本:松本健一『海岸線の歴史』である。ミシマ社という「自由が丘のほがらかな出版社」を名乗る,だが野心的な書肆から出ている。

海岸線の歴史海岸線の歴史
松本 健一

ミシマ社 2009-05-01
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日本の海岸線は自然的条件と人為的条件によってどのように変わってきたのか。また日本人は海とどう向き合ってきたのか。そういった著者の関心のもとに書かれた本である。

ある物や現象の歴史的変遷を記述している,ということでは藤原書店原書房作品社などから出ている,アナール学派っぽい書籍(アリエス『「教育」の誕生』,アラン・コルバン『レジャーの誕生』,ロジャ・ダブ『 香水の歴史』,ロミ『おなら大全』)の系列に入ると思う。


  ◆   ◆   ◆


本書で描かれる日本の海岸線の歴史は,端的に言えば「日本人の精神から海岸線が失われていく歴史」である。

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     (清水・三保の海岸から伊豆半島を望む)

古代から近代にいたるまで日本人は沿岸の海の幸によって育まれてきた。遠洋に出るわけではないから底の浅い船(著者の言い方では「お椀型の船」)で漁が行われてきた。江戸時代に海上交通が発達するが,これも海岸沿いに移動するので喫水の浅い「お椀型」の船で十分。結局,「水深が浅く,円形の小さな入り江が,潮待ち,風待ちの港として,かつては大いに役立ったのである」(『海岸線の歴史』23ページ)。本書でよく取り上げられる「鞆の浦」はその代表例である。

海はいわゆる海岸を介してのみ人とつながっていたわけではない。底の浅い船は引き綱によって川を遡上し,山中にまで登ってきた。例えば岡山県の高梁川では昭和の初めまで曳き船があり,瀬戸内海と中国山地の山あいとの間の物流を支えていた。かつて精神的な海岸線は山中まで伸びていたのである。

しかし,近世・近代に海外との貿易が盛んになってくると,喫水の深い大型船(著者の言い方では「樽型の船」)が接岸できるような,水深の深い港が栄えてくる。たとえば,開国まで見向きもされなかった横浜が注目され,大都会へと変貌を遂げる。引き換えにかつての遠浅の港町が寂れてくるわけである。

貿易や産業拠点としての港が発達してくると,今度は港湾施設を保護するためにコンクリートで護岸工事が行われるようになる。これによって,海は人家から遠ざけられる。

港ではなく,一般の海岸でも人と海との距離は遠のいて行った。

白砂青松」の風景は江戸時代の水田開拓の結果としてできあがったものだと著者は述べている。江戸時代,諸藩は米の増産のため,海辺を干拓し,水田を広げた。そして水田を保護するために海岸に松を植えた。こうして日本人の原風景ともいえる「白砂青松」の風景が誕生したわけである。

Hakushaseishou
       (清水・三保の松原)

ところが,近代に入り,沿岸が産業拠点としての役割を担うようになると,近代港の場合と同様に護岸工事が行われ,コンクリートの防潮堤ができ,テトラポットが置かれ,それが逆に砂浜の喪失へとつながっていった。

いまや海と人とは隔てられ,日本人の意識から海岸線が急速に失われていった。

それを象徴するのが安岡章太郎の『海辺の光景』以来,海岸線が印象的に出てくる小説がほとんどなくなってしまったことだと著者は言う。

著者は「海岸線の意味が経済や産業に限定され,極端にいうと人間の精神生活や文化(文学)に及ぼす意味がきわめて低下」(『海岸線の歴史』240頁)していると指摘する。

そして,本書の最後に伊藤静雄の詩「有明海の思ひ出」を引用し,「わたしたち日本人はこの伊藤静雄の『有明海の思ひ出』のような詩を,二度と持つことができないのだろうか」と痛切な思いを吐露している。


  ◆   ◆   ◆


ということで,本書『海岸線の歴史』は海岸線が日本人のアイデンティティ形成に重要な影響を与えてきた歴史を記述し,さらにその海岸線が日本人の意識から急速に失われつつあるという危機感を訴えた好著である。

好著だが記述に少々難点があることを指摘しておく。

文章が整理されていない部分が見られる。

例えば,こういう文章が「はじめに」に出てくる:

日本の海岸線は,四方が海に囲まれた島嶼国家であるうえに,多く曲線によって成り立っている。その長さは,約三万五〇〇〇キロメートルに達しているほどだ。その日本の海岸線がいかに長いかは,国土面積が日本の二五倍近くもある大陸国家アメリカの海岸線の一・五倍に及び,同じく国土面積が日本の二十六倍ちかくもある大陸国家中国の海岸線の二倍以上に達していることでも明らかだろう。(『海岸線の歴史』18~19頁)

そして十数ページ後,第一章の文中にもこういう文章が出てくる:

日本の海岸線をぜんぶ合わせると,アメリカの海岸線よりも長く,一・五倍,中国の海岸線よりもはるかに長く,二倍に達するのである。(『海岸線の歴史』30頁)

さらに百数十ページ後,第五章の文中にもこういう文章が出てくる:

日本の海岸線は総計三万五〇〇〇キロあり,これはアメリカの一・五倍,中国の二倍にあたる。(『海岸線の歴史』164頁)

このあと,あとがきにも「アメリカの一・五倍,中国の二倍」の話は登場するわけで,日本の海岸線の長さに対する著者の驚き,そして思い入れの強さが強調されているのだろうけれど,あまりにもしつこく感じる。こういうのは編集者が整理をするべきではないだろうか? おかげで,「三万五〇〇〇キロ,アメリカの一・五倍,中国の二倍」という数値を暗記してしまいました。ありがとうございました。

このほかにも同じような表現の繰り返しが多くみられ,もうちょっと整理したらどうかと思うところが多々あった。


誤記の可能性がある部分も指摘しておく。

第四章の長崎の平戸港とインドネシアのジャカルタとのつながりを記述した文章(152~154頁)の中で,「じゃがたら文」の話が出てくる。

じゃがたら文」というのは江戸初期にジャカルタに追放された日本人たちが望郷の念に駆られて日本に宛てて出した手紙のことであり,本ブログでも以前取り上げたことがある(参考)。

問題は,その「じゃがたら文」を書いた女性の名前を本書では「こしょう」と記していることである。小生の知っている限りこれは「こしょろ」の間違いではないかと思われる。平戸オランダ館でも「じゃがたら文(コショロ)」として展示している。

崩し字で書いてある「」と「」は似ているので区別がむずかしいが,平戸オランダ館で公開している写真の字体を見る限り「」だろうと思う。このあたり,編集者はよく確認するべきだろう。

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箱根駅伝のゴール付近にいた

1月3日。

有楽町火災による山手線運休・遅れという災難を中央線などの利用によって逃れ東京駅に到着。ツマの家族とともに丸ビルの「東京今井屋本店」で昼食をとった。

昼食後は箱根駅伝の様子を見ようと大手町に移動。

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すっごい人ごみの中,ちらっとだけランナーの姿を見た。走るのが速すぎてカメラではとてもはっきりとは捉えられない。

横を見て気が付いたのだが,箱根駅伝とは関係のないプラカードを掲げた人もいた(左下)。

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「2012年12月16日不正選挙」,「リチャード・コシミズ」・・・。


さて,駅伝の結果はご存じのとおり,東洋大の圧勝。

わが母校(小生は東海大学付属幼稚園卒),東海大学は終盤で力尽き,3年ぶりのシードを逃したということで,残念な雰囲気になっていた:

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有楽町火災の跡

1月2日の晩に静岡の実家から東京に移動した。
そして翌日1月3日。有楽町で火災が発生。

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Uターンラッシュのさなか,運休・遅れのせいでえらい目に遭った人たちが32万人に上るという話だが,うちは災難を逃れた。

1月4日に火災現場を見に行ったのだが,こんな状況だった。

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火災当日,有楽町マルイでは煙が店内に入らないように入口の扉の隙間をテープでふさいだりして大わらわだったという。ルミネ有楽町店は臨時休業したとか。

同じビルに入っているマツキヨは1月4日の朝も午前中は閉まっていた。

Yurakuchokasai03

マツキヨ有楽町店は1月5日からは通常営業に戻るとの話だが,それにしても縦長の字の読みにくいこと:

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