相関と因果
「社員が元気に挨拶する企業は景気が良い」という俗説がある。
この説,「社員が元気に挨拶すること」と,「企業の景気の良さ」との相関関係を述べているだけである。
「社員が元気に挨拶していると企業の景気が良くなる」のか,「企業の景気が良いと社員が元気に挨拶する」のか,因果関係について述べているわけではない。
まさかそんな経営者はいないと思うが,この俗説を「社員が元気に挨拶していると企業の景気が良くなる」ものだと解釈してしまうと,挨拶運動(小学校では「オアシス運動」とか言う)を推進すれば会社の経営状況が良くなるものだという短絡的な発想に行き着いてしまう。
相関関係と異なり,因果関係というのはそう簡単には同定できない。
ジョン・スチュアート・ミル(John Stuart Mill)は因果関係を同定するための4つ 5つの方法を提案した。この考え方は今も有効である。宮川雅巳『統計的因果推論』という本をもとに,ミルの方法のうちの4つを示すと次のようになる:
(1) 一致の方法 (The method of agreement)
ある現象が発生するという事例が2つ以上あるとする。それらの事例が一つの状況を共有しており,その状況のみが事例間で一致するとき,その状況は与えられた現象の原因である。
例: (事例1)α,βという状況でAという現象が発生。(事例2)α,γという状況でAという現象が発生。 → 事例1と2から,αがAの原因であると推測される。
(2) 付随変動の方法 (The method of concomitant variation)
ある現象が変動するとき,常に他の現象が変動している場合,一方は他方の原因もしくは結果である。
例: (事例1)αが上昇するとき,かならずAが下降する。(事例2)αが下降するとき,かならずAが上昇する。 → αはAの原因あるいは結果であると推測される。
(3) 差の方法 (The method of difference)
特定現象が発生した事例と,その現象が発生しない事例とがあり,一つの状況を除いて両者が共通していて,その状況が特定現象の発生時にのみ存在するとき,その状況は特定現象の結果もしくは原因の不可欠な部分である。
例: (事例1)α,βという状況ではAという現象が発生。(事例2)βという状況ではAという現象は発生しない。 → αはAの結果または原因の不可欠な部分であると推測される。
(4) 残余の方法 (The method of residues)
特定の現象からその現象の原因として知られている先行事象によって引き起こされる部分を取り除いたとき,その残余の部分は他の先行事象による結果である。
例: αという原因によってAという結果が引き起こされることが知られている。α,β,γという状況でA,Bという現象が発生した。 → Bはβおよび/またはγなどによる結果である。
ただまあ,社会科学分野では実験室科学と違って環境条件を制御しにくく,状況というのが複数の状況の重ね合わせだったりするので,なかなか因果関係を示すことは難しい。
ミルの提案した方法については,英文だが,これらのサイトの記事を読むと事例が載っているのでわかりやすい:
- "Causal Reasoning"
- "Mill's methods" (Critical thinking web)
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