【幕末の鬼才・狩野一信】五百羅漢図を山口県立美術館で見てきた件【極彩色・細密描写・スペクタクル】
江戸芸術の評価は低い。
広重や北斎は高評価だが,それはモネやゴッホなどへの影響,いわゆるジャポニスムという文脈の中で語られることが多い。西洋に影響を与えたから偉いという西洋芸術を中心に据えた価値観の中での評価である。
近年,江戸中期の若冲や江戸初期の岩佐又兵衛が再評価を受けつつあるが,これは辻惟雄らによる努力のたまものである。
そして今,新たに評価が始まりつつあるのが,幕末の鬼才・狩野一信(かのう・かずのぶ)である。
その畢生の大作:五百羅漢図が,今,山口県立美術館で公開されているので,日曜日(10月20日)にツマとともに見てきた。
江戸芸術,舐めてました・・・。
極彩色! 大迫力!
頭髪・体毛の一本一本,簾の葦の一本一本まで書き込まれた細密描写も凄い。
そしてその圧倒的な分量。全100幅揃って展示されているのには圧倒される。
これらの画面からは気迫を感じた。後で触れるが「五百羅漢図」制作への執念が狩野一信の命を縮めたことは間違いない。
仏に帰依しかねないほどの衝撃を受けた。
一通り見たあとは,迷わず図録を購入した。
↑山口県立美術館の気迫を感じる図録。そしてトークイベントと展覧会のチケット
上の写真に「トークイベント」のチケットがあるが,実は,10月20日の午後2時から評論家・山田五郎先生と本展監修者の山下裕二先生によるトークショーがあった。これはツマが予約していたので見に行くことができた。
山下裕二先生はこの「五百羅漢図」の再発見者であり,狩野一信の再評価の推進者である。山田五郎先生との掛け合いの中で狩野一信の生涯や五百羅漢図が描かれた経緯などが明らかにされていった。また,会話の中で,山田五郎先生の口からは「羅漢ウィンド」,「羅漢ビーム」,「羅漢動物園」など,「五百羅漢図」の見どころをうまく捉えたオリジナル・キーワードが飛び出した。
トークイベントが終わってからは,再び「五百羅漢図」の下に戻った。一日に二度も同じ展覧会を見るのは小生史上初のことである。トークイベントで得た知識があるので,より深く鑑賞することができた。
「五百羅漢図」全100幅の中でも「羅漢たちの六道めぐり」を描いた第21~40幅は最もノリにノって書いたであろうと思われる作品で,細部に至るまで見所がたくさんある。
第41~50幅には羅漢たちによる修行,十二頭陀が描かれている。狩野一信は西洋画の陰影表現をやってみたかったらしく,第45,49,50幅でそれを試みている……が,成功しているかどうかは見てください,としか言いようがない。
第51~60幅には羅漢たちの神通力が描かれているのだが,狩野一信が真剣にやりすぎてかえって笑いを誘うような奇想天外な場面が多くみられ楽しい。
第61~70幅には羅漢たちが霊獣その他の動物たちを手なずけている姿が描かれている。山田五郎先生の言うように「羅漢動物園」とでもいうべき作品群である。
ここまではいい作品が続くのだが,以後の30幅では徐々に狩野一信の筆の衰えが見られ始める。
狩野一信は30歳代の終わりから五百羅漢図の制作にとりかかったのだが,終わりに近づくに従って,病に侵され始めたらしい。山下裕二先生によると鬱病になっていたという話もある。
70幅あたりまでは羅漢たちが前面に出ていて迫力のある描写が続いていたのが,第81幅以降は,人物像が小さくなり,着物の描写も粗くなる。
狩野一信は最後の四幅を残して無念の死を遂げたらしい。最後の四幅は弟子たちと妻の妙安(逸見<へんみ>やす)が完成させたという。山下裕二先生が指摘していたのだが,城壁の描写なんか,妻の妙安が手を入れたらしく,稚拙な出来である。「五百羅漢図」の終幕が狩野一信の人生の終焉とシンクロしているところが,なんだかもの悲しさを感じさせる。
とにもかくにも,「五百羅漢図」の凄さは見て初めてわかるものなので,山口県内および近隣の方々は是非見ていただきたいと思う。
公式ホームページはこちら:http://www.500rakan.com
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