林知己夫『調査の科学』を読む
数学の中で難しいのは確率・統計ではないかと思っている。微分・積分,代数・幾何など,難しいようだが,計算結果などを巡って意見が対立することは無い。
ところが確率・統計では計算結果を巡ってもめることが多々ある。計算結果の何を巡ってもめているかというと,解釈を巡ってもめているのである。
例えば,小生は統計言語"R"を使っているわけだが,これを使えば,様々な統計的検定が簡単にできる。しかし,その検定結果に対しては,ネイマン・ピアソン流かフィッシャー流かで,解釈の仕方ががらりと変わるわけである。
結局,確率・統計分野では,数学の他の分野に比べて常々勉強しなくてはいけないことが山のようにあると思う。
というわけで,時折勉強のために確率や統計の本を読んでいるのだが,最近,質的データを量的に扱うという統計的手法「数量化理論」を生み出した偉大な統計学者である林知己夫の『調査の科学』を読んでいる。
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この本で凄いと思ったのは統計用語のユニバースと母集団(population)を厳密に分けていることである。
この辺が詳しく書いてあるのが本書の第2章である。以下,主要部分を引用する。
「定義がはっきりし,しかもその構成要素が具体的にとらえられるような調査対象集団を,統計学ではユニバース universe と呼んでいる。」(42ページ)
「母集団とはユニバースに確率的な概念を加えたものである」(43ページ)
「ユニバースと母集団が同じではないか,と思われるかもしれない。<中略> しかし,厳密な考え方としては,ユニバースと母集団はまったく別のものであることを認識していただきたい。」(43ページ)
「ユニバースに,要素を取り出すという考え方を加えたのが,「母集団」である。」(44ページ)
「日本人という調査集団では,ユニバースであった住民登録簿から機会均等に,つまり公平なくじ引きで,むずかしくいうと同じ抽出確率でつぎつぎと人を抽出すると決めたのが母集団ということになる」(44ページ)
さて,こうした説明を聞いたのち,ウェブ上でユニバースと母集団について解説している文章を読むと,なんか違う。
例えばこういう説明:
「統計学上の population と universe の違いは、前者が、検定や推定の対象であるところの個体から観測される値(小学校6年生のお小遣い) の集まりであるのに対して、後者は個体(小学校6年生)の集まりという点です。」(コラム『統計備忘録』バックナンバー第34話「sample, population, universe」,統計WEB,2008年1月15日)
『調査の科学』の解説を書いた吉野諒三によれば,ユニバースと母集団の区別について厳密に取り扱っているのは,本書を除くと林文ほか『統計学の基本』(朝倉書店,1991)や杉山明子編『社会調査の基本』(朝倉書店,2011)ぐらいしか存在しないようである。
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通常はユニバースと母集団の対応関係が固定しているために,両者を区別する意義があまりないようだが,アンケートの回収率の低下などの問題が生じている現在では,ユニバースと母集団について,厳密な定義にまでさかのぼって慎重に検討する必要がある,ということを吉野諒三は述べている。
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コメント
この点に関しては、マスメディアによる電話世論調査が固定電話使用者に限られることの是非など様々な議論がありますね。しかし、そうした議論の基礎になるべき概念が曖昧に流通しているとしたら大きな問題であると言わざるを得ません。
投稿: 拾伍谷 | 2013.10.07 19:33