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2013.09.29

中川曠人『相聞 折口信夫のおもかげびと』を読む

明治四十一年 1908年 二十一歳
七月,進級し,特待生となる。十二月,国学院大学同窓会誌『同窓』を『新国学』と改称し,その編集に当る。この年か,上野ひで(遠縁)との縁談起こる。
(『文芸読本 折口信夫』(河出書房新社,1976年)所収,長谷川政春「折口信夫年譜」より)

折口信夫には上野ひで,という許嫁がいた。

折口信夫に関しては,とかく女性嫌い・同性愛者であったことが強調され,近年は藤無染(男性)という恋人の存在がクローズアップされている。

だが,女性嫌い・同性愛者といった単純な枠組みではとらえられないことを教えてくれるのが,許嫁・上野ひでの息子,中川曠人(上原曠人)の労作『相聞 折口信夫のおもかげびと』(花曜社,1985年)である。

相聞―折口信夫のおもかげびと相聞―折口信夫のおもかげびと
中川 曠人

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この本の存在を知ったのは,鳥居哲男『清らの人 折口信夫・釈迢空』(沖積舎,2000年)の第8章「秘められた女性への愛」を読んだときのことだった。

清らの人―折口信夫・釈迢空 「緑色のインク」の幻想
清らの人―折口信夫・釈迢空 「緑色のインク」の幻想
鳥居 哲男

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同書では家族以外で折口信夫に影響を与えた女性として二人を挙げている。一人は女弟子の穂積生萩,そしてもう一人は上野ひでである。

『海やまのあひだ』に収められたいくつかの歌は折口信夫の愛弟子・伊勢清志のことを読んだものと解釈されている。

しかし,中川曠人が『相聞 折口信夫のおもかげびと』の中で綿密に検討した結果は違っている。「ふるき人」とは,上野ひでだったのではないかという結論に至っている。

折口信夫は晩年に至っても上野ひでのことを思い出していたふしがある。昭和23年に詠んだ歌,

幾百の咳病(しはぶきやみ)の中に見る 老いさらぼへる 古き恋人
いとほのかに 思ひすぎにしをみな子のうへを聞きけり。よろこびて聞く

など,「古き恋人」や「思ひすぎにしをみな子」に上野ひでを当てはめるとしっくりくるという。

鳥居哲男はこの本のことを

「精密に資料を掲げ,細やかな配慮で推理が進められていて,情愛深い,見事なサスペンスのような内容」(『清らの人 折口信夫・釈迢空』,212頁)

と評しているが,まさにその通りの本である。

鳥居哲男も言っているが,このサスペンスのクライマックスは折口信夫の日記の謎の空白を発見するところにある。

大正四年四月三十日。この日の日記は日付以外,空白として残されている。

この日は上野ひでの誕生日であった。上野ひではこの空白を発見した時,折口信夫の上野ひでに対する思いを確信した。

本ブログで書いてしまうと味気ないが,本書を冒頭からじっくり読むと,上野ひでの確信は間違いのないもののように思われてくる。

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